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葛藤と苦悩から生まれる世界(ユリカ編)

9話 クラスペディアの花束を持って

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相関関係図


 ユリカがリロイに尋ねた。
「リロイは、ユキコの妊娠を知っていたの?」
 リロイが頷きながら答えた。
「初めてきいた時は、やっぱり驚いたけどね」
「ちなみに、リロイとユキコはどういう関係なの?」
 ユリカはまだ全体像が呑み込めていないので、頭に浮かぶ疑問を片っ端しから口に出した。
「中央管理センターで職場が同じだから」
 リロイが言うと、ユキコが更に付け加える。
「私は人事部門で、仕事上では全く関わらないのですけど」
 ユキコは続ける
「パートナーがパマの訓練中なので私をあなたに紹介したいと、リロイが声をかけてくれたんです」
 ユキコが、ユリカに笑顔を向けた。
「よろしくお願いします」
 ユリカは圧倒されていた。カーラとはまた違う強さがあると思った。カーラとユキコの存在感の前では、自分がとても小さな存在に思えた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 ユリカはほほ笑んで応えた。圧倒されながらも、仲良くなれたらいいなと思ったのだ。

 それ以降。
 リロイとユキコがいっしょに『サザンクロス』を訪れるようになった。待ち合わせの時間に、カーラとユキコのパートナーが迎えに来る。
 ユキコのパートナーはバートという。パマの訓練を受けているというパートナー型アバターのバートも、ユリカには不思議な存在だった。
 ある日、ユキコがユリカに提案してきた。
「お店では、ゆっくり話せないから私の家に来ない?」
 ユリカは戸惑う。家へ誘われるなんて初めての経験だったからだ。
 ユキコは笑う。
「気楽に遊びに来て欲しいな。聞きたいこと、まだたくさんあるんでしょ?」
「訪問してもいいの?」
 ユリカが尋ねると、ユキコはカラカラと笑った。
「人の家に押し掛けたことがある私に、遠慮はいらないってば」
「押し掛けたの?」
 ユリカは驚き絶句する。
「その話も、家でじっくりと」

 約束の日。
 ユリカは悩んだ末、クラスペディアという黄色くて丸い花を入荷し、小さな花束を作った。いまだに売れ残っている『サザンクロス』を持っていくのは、初めから選択枝にいれていなかった。
 アールが
「売れ残っているサザンクロスじゃダメなのか?」
 とたずねた時、ユリカは何げなく答えた。
「うん。だって、サザンクロスはリロイが買った花だから」
 アールはユリカの顔を見つめ返すがユリカは気が付かない。黄色くて丸い花束を可愛くまとめるのに夢中になっていた。
 店を閉じると、シンプルなワンピースに着替えたユリカにクラスペディアの花束がよく生えた。
「可愛い」
 アールがユリカの耳元で囁く。顔を紅潮させながら、ユリカはアールの言葉をさえぎった。
「これ、ユキコさんの花だよ!」
 ユリカとアールは、ユキコの家に向って歩き出した。

 「どうぞ入って」
 出迎えたバートに案内された家の中は、ユリカの家と同じ作りだ。ユリカとアールがリビングに案内されると、ユキコがにこやかに二人を迎え入れた。
「同じ間取りだから、変な気持ちなんでしょ?」
 いたずらっぽい顔でユキコが尋ねた。ユリカが不思議そうな顔をするのを、予想してユキコが続ける。
「私、分散型居住区で人の家に押し掛けたから」
「え、押し掛けたって、コロニーでなく?」
 ユキコの行動はユリカの思考のはるか斜め上だ。
「そう、分散型居住区のお隣さんのカイトの家に押し掛けたんだよね、セックスしようと思って」
 唖然とするユリカにバートが座るように勧めた。
「まぁ、腰掛けたらいいよ、腰抜かす話ばかりだと思うから」
 言われるままに腰掛けると、ユリカは花束をバートに渡す。
「あの、嫌でなければ……」
 今になって気に入ってもらえなかったらどうしようと、ユリカは声が小さくなっていく。
「ありがとう。なんていう花なの?」
 ユキコの笑顔に黄色い花束がとても似合っている。
「クラスペディア、ビリーボタンともいうお花」
 ユリカが答えた。この花束のイメージはまさしくユキコだ、とユリカは思った。

 ユキコはソファに座るとバートから渡された花束を膝の上にのせて、話し出した。
「おなかの子の父親は、そのカイトなの」
 ユリカはやはり訊かないではいられなかった。
「相手の男の人とは、友達って言ってたよね?」
「そう、お互いに愛情でセックスしたわけではないから」
 ユキコも理解が得られにくいことはわかっているようで、うーんと一回うなった。
「結局、こう説明するしかない、私とカイトは友情でセックスした」
「愛情でなく、友情でセックスするってのが、理解できない……」
 申し訳ないとユリカは付け加えた。ユキコは苦笑して首を振る。
「理解されるとは思っていない。私は自分の子宮で胎児を育てたかった。出産したかった。人間のあるがままの営みで子供を産み育てたいと強く願った。それだけなの」
 そういうユキコの顔はとても凛々しかった。毅然とした存在感があると、ユリカは思う。
「私のパートナーは、バート以外ありえない。子供が欲しいこととバートを愛することは、私の中では両立している」
 ユキコはバートを見た。
「バートは私の願いにどこまでも寄り添ってくれている。愛している」
 バートがユキコの横に座って、ユキコの肩を抱く。二人は穏やかにユリカに顔を向けた。二人が同じ方向をしっかり向いて歩んでいるのが、ユリカにも伝わってきた。
 ユキコとバートにクラスペディアの黄色がとても似合っているとユリカは感じた。

 ユキコの家を辞し、ユリカとアールはゆっくり歩いていた。
「意思のある愛情だね」
 ユリカが言うと、アールは握ったユリカの手に力をこめる。
 アールとユリカにも、愛は間違いなく存在している。その愛の強さはどんな愛にも負けない強さがあるのだとアールは思うのだ。

 
 クラスペディア、別名ビリーボタン。花言葉は「永遠の幸福」



(つづく)

 



 


 


 
 


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