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葛藤と苦悩から生まれる世界(ユリカ編)
7話 待ち合わせた公園で
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「え、いっしょに来てくれるんでないの?」
ユリカが声を上げると、さすがのアールもあきれ果てた顔でがっくりと肩を落とさざるを得なかった。
「当然だ。独りで行け」
「えぇー」
ユリカが納得しないので、アールは噛んで含めて繰り返す。
「『君が』喧嘩別れしたんだよな? 『君が』リロイに謝るのに、僕が同伴する必要はどこにある?」
アールはユリカの顔にぐいっと迫ると、もう一度繰り返した。
「ひ・と・り・で・い・け!」
三か月前、リロイに向って「二度と来るな」と吐き捨てたのは他ならぬユリカだ。その言葉を後悔しているのもユリカ自身だ。
とはいえ。トボトボと独りで公園に向かうのは心細い。謝るということも初めての経験なのだ。アールに段取りをしてもらったことに情けなさを感じながら、独りで謝ることに怯えている矛盾。
「ごめんなさい、でいいのかな?」
歩きながら独り言を繰り返す。そもそも、リロイは来るのだろうか? ユリカの足が止まった。相手はアバターでなく「人間」なのだ。すっぽかされる可能性を否定できない。すっぽかされても文句を言える立場でないことは理解はしている。しかし……。
「会う『約束』を破られたら? 私は気持ちが持つのかな?」
ぶわっと涙が溢れそうになったので、ユリカは慌てて、頭を振って思考を切り替え歩き始めた。
「私が悪かったのだから、すっぽかされても、泣くもんか!」
ユリカは歩みを速めた。顔を上げ、涙を抑え込む。段どりをつけるところまで、アールにさせておいて、ここでひき返すわけにはいかないのだ。
公園のベンチに着いた。リロイは来ていない。当然だ。約束の時間より早く着くようにアールに念を押されていたのだから。
ベンチに座り地面を見つめながら、ユリカはアールに言われたことを反芻する。
「謝る相手を待たせるのは、失礼だからな。人間どうしの付き合いにはルールがあるんだ、くれぐれも時間を間違えるなよ」
人間との付き合いがこんなに面倒なものだとは思わなかった、とユリカはため息をついた。リロイはくるのだろうか?
約束の時間までの時間がとてつもなく長く感じそうなのが辛い、とユリカは思う。うなだれたまま、ユリカは地面に向って謝る練習を始めた。
「ごめんなさい。ひどいことを言いました」
んー? 違うかな?
「ごめんなさい。あの言葉は撤回させてください」
これも、しっくりこない……。
「ごめんなさい、勢いで言っちゃいました。本心ではありません」
うん、本心でないけどさ。
「ごめんなさい。また来て欲しい」
ストレートすぎる、これは却下。
「はい、また行っていいですか」
そうか、来るのか……え? ユリカは顔を上げて、そのまま立ち上がった。
「あ、あ、あのっ」
約束の時間までまだあるのに、目の前にリロイがいたのだ。気配を消すのが上手いな、ユリカは出かけた言葉を呑み込んで、気持ちを立て直した。ユリカが反応できないでいた間に
「ごめんなさい」
リロイが頭を下げたのだ。え、ちょっと待って、私が謝る側なのに、とユリカは困惑する。
「あの、順番……」
「え? 順番?」
リロイがポカンとした顔でユリカを見た。
「私が謝ってから、答えて欲しかった」
「謝ってくれてたよね?」
「え、あれは練しゅ……」
気まずい空気が忍び込んでくるのを感じてユリカは焦った。ダメだ、この気まずさは三か月前の時と同じ気配だ。ユリカは、意を決して仕切りなおした。
「あの時はごめんなさい!」
リロイが返事をする隙を与えずユリカは伝えたかった言葉を畳みかけた。
「またお店に来てください。この三か月――」
言葉が詰まった。お願い、全部言わせて!
「この三か月、寂しかった……」
ようやく言えた、言えたけど、この居ても立っても居られないソワソワは何だろう? ユリカは自分の感情に戸惑っていた。ユリカの戸惑いは、リロイにも伝わって、リロイまでソワソワし始めた。
「えっと……僕も寂しかった……」
二人の間の気まずさは更に増幅していく。しかし、三か月前を繰り返すことは二人とも避けたかった。気まずい空気の中で、なんとか打開しようと二人は必死に模索する。
「三か月、楽しみが減った気分だった」
リロイが続けた。
「明日行っていいですか?」
ユリカはリロイに飛びついた。
「待っています! うわっ?」
三か月前と同じ構図で、二人は芝生に共に倒れこんだ。今度は喧嘩はしない。上体を起き上げ座り込んだ状態で改めて向き合うと、二人は同時に頭を下げた。
「「またよろしくお願いします」」
二人の声が重なり合う。びっくりして互いを見つめ、二人は笑った。楽しいね、人と人がいっしょにいると腹が立つこともあるけれど、それ以上に楽しいね。
(つづく)
ユリカが声を上げると、さすがのアールもあきれ果てた顔でがっくりと肩を落とさざるを得なかった。
「当然だ。独りで行け」
「えぇー」
ユリカが納得しないので、アールは噛んで含めて繰り返す。
「『君が』喧嘩別れしたんだよな? 『君が』リロイに謝るのに、僕が同伴する必要はどこにある?」
アールはユリカの顔にぐいっと迫ると、もう一度繰り返した。
「ひ・と・り・で・い・け!」
三か月前、リロイに向って「二度と来るな」と吐き捨てたのは他ならぬユリカだ。その言葉を後悔しているのもユリカ自身だ。
とはいえ。トボトボと独りで公園に向かうのは心細い。謝るということも初めての経験なのだ。アールに段取りをしてもらったことに情けなさを感じながら、独りで謝ることに怯えている矛盾。
「ごめんなさい、でいいのかな?」
歩きながら独り言を繰り返す。そもそも、リロイは来るのだろうか? ユリカの足が止まった。相手はアバターでなく「人間」なのだ。すっぽかされる可能性を否定できない。すっぽかされても文句を言える立場でないことは理解はしている。しかし……。
「会う『約束』を破られたら? 私は気持ちが持つのかな?」
ぶわっと涙が溢れそうになったので、ユリカは慌てて、頭を振って思考を切り替え歩き始めた。
「私が悪かったのだから、すっぽかされても、泣くもんか!」
ユリカは歩みを速めた。顔を上げ、涙を抑え込む。段どりをつけるところまで、アールにさせておいて、ここでひき返すわけにはいかないのだ。
公園のベンチに着いた。リロイは来ていない。当然だ。約束の時間より早く着くようにアールに念を押されていたのだから。
ベンチに座り地面を見つめながら、ユリカはアールに言われたことを反芻する。
「謝る相手を待たせるのは、失礼だからな。人間どうしの付き合いにはルールがあるんだ、くれぐれも時間を間違えるなよ」
人間との付き合いがこんなに面倒なものだとは思わなかった、とユリカはため息をついた。リロイはくるのだろうか?
約束の時間までの時間がとてつもなく長く感じそうなのが辛い、とユリカは思う。うなだれたまま、ユリカは地面に向って謝る練習を始めた。
「ごめんなさい。ひどいことを言いました」
んー? 違うかな?
「ごめんなさい。あの言葉は撤回させてください」
これも、しっくりこない……。
「ごめんなさい、勢いで言っちゃいました。本心ではありません」
うん、本心でないけどさ。
「ごめんなさい。また来て欲しい」
ストレートすぎる、これは却下。
「はい、また行っていいですか」
そうか、来るのか……え? ユリカは顔を上げて、そのまま立ち上がった。
「あ、あ、あのっ」
約束の時間までまだあるのに、目の前にリロイがいたのだ。気配を消すのが上手いな、ユリカは出かけた言葉を呑み込んで、気持ちを立て直した。ユリカが反応できないでいた間に
「ごめんなさい」
リロイが頭を下げたのだ。え、ちょっと待って、私が謝る側なのに、とユリカは困惑する。
「あの、順番……」
「え? 順番?」
リロイがポカンとした顔でユリカを見た。
「私が謝ってから、答えて欲しかった」
「謝ってくれてたよね?」
「え、あれは練しゅ……」
気まずい空気が忍び込んでくるのを感じてユリカは焦った。ダメだ、この気まずさは三か月前の時と同じ気配だ。ユリカは、意を決して仕切りなおした。
「あの時はごめんなさい!」
リロイが返事をする隙を与えずユリカは伝えたかった言葉を畳みかけた。
「またお店に来てください。この三か月――」
言葉が詰まった。お願い、全部言わせて!
「この三か月、寂しかった……」
ようやく言えた、言えたけど、この居ても立っても居られないソワソワは何だろう? ユリカは自分の感情に戸惑っていた。ユリカの戸惑いは、リロイにも伝わって、リロイまでソワソワし始めた。
「えっと……僕も寂しかった……」
二人の間の気まずさは更に増幅していく。しかし、三か月前を繰り返すことは二人とも避けたかった。気まずい空気の中で、なんとか打開しようと二人は必死に模索する。
「三か月、楽しみが減った気分だった」
リロイが続けた。
「明日行っていいですか?」
ユリカはリロイに飛びついた。
「待っています! うわっ?」
三か月前と同じ構図で、二人は芝生に共に倒れこんだ。今度は喧嘩はしない。上体を起き上げ座り込んだ状態で改めて向き合うと、二人は同時に頭を下げた。
「「またよろしくお願いします」」
二人の声が重なり合う。びっくりして互いを見つめ、二人は笑った。楽しいね、人と人がいっしょにいると腹が立つこともあるけれど、それ以上に楽しいね。
(つづく)
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