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葛藤と苦悩から生まれる世界(ユリカ編)
5話 雨が降る
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クロウエアを購入してから、リロイはカーラと頻繁にユリカの店を利用するようになった。基本的に待ち合わせに使っている。
先に店に入ってくるのは、リロイの方だ。後からカーラが迎えにくる。
リロイとユリカはクロウエアが共通の話題になって、言葉を交わすようになっていた。店先のクロウエアをチェックし、リロイは購入した鉢と比べているのだ。
「同じ感じだから、順調……かな?」
リロイは確認して少し笑った。ユリカはリロイが打ち解けてきたなと思うと嬉しくなった。
「お花、好きなんですか」
ユリカが尋ねると、リロイは首をふった
「これまで花に興味はなかったんだけど、クロウエアは気に入っているんだ」
リロイが続けた。
「あの時、目に飛び込んできた、あなたとクロウエアが」
リロイがポロっとこぼした言葉に、ユリカが、反応した。
「私?」
リロイはユリカの様子に気が付かない。
「あなたとクロウエアが、似ているなぁと思った」
リロイは屈託なく話すが、ユリカはやや困惑していた。私がクロウエアと似ている? そして買ったクロウエアが気に入っていると言うのか?
まるで、私が好きと言ってるように聞こえるじゃない、とユリカは少しうろたえた。
しかし、リロイを見れば、クロウエアを眺めているばかりだ。誤解するようなこと、無頓着に言わないで欲しい、とユリカは心の中で思っていた。
その日は雨が降っていた。客足が悪い。ちょうど良かった、とユリカは思う。アールがいないので、いつもの客足では、接客が追い付かないことを心配していたのだ。
でも、ポツポツとしか来ない客で店番を独りでするのは、寂しかった。
そんなところへ顔なじみになってしばらくたったリロイがやってきた。しかもユリカに声をかけてきた。
「今日は早く終わったんだ」
引っ込み思案のリロイにしては珍しいことだ。仕事が早く終わったのがそんなに嬉しかったのか、とユリカは思いながら
「お疲れ様です」
と笑顔で迎え入れる。
リロイがキャンベラ区の中央管理センターで機器管理に携わっていることを、ユリカはネットに公開されている情報ですでに知っていた。
「アールは?」
「今日は、メンテナンスなので」
「じゃあ、軽食はお休み?」
リロイが少し落胆したようにユリカは感じた。
「軽食はだせませんが、いつものコーヒーでいいなら」
「ほんと?」
「あ、味の保証はできないですよ?」
「コーヒー一つ」
「しばらくお待ちください」
コーヒーをいれる音だけが店内に響く。リロイはいつもの席から通りを眺めていた。
ユリカが淹れたコーヒーをリロイの席に運ぶと、リロイが言った。
「好きなんだ」
ユリカはコーヒーをテーブルに置いた状態で固まった。こいつ、今、なんて言った?
「は?」
ユリカは身構えた。アールがいない隙に何か企んでいるのか? ユリカに警戒感が広がっていく。ユリカの鋭い声音にリロイが気が付いた。
「ご、ごめんなさ…、雨の通りの風景が好きで……」
言いながら、リロイは動揺していた。慌ててコーヒーカップを持ち上げようとしたその時。
「熱っ」
「うわっ」
コーヒーカップを滑らせ、コーヒーがテーブルにこぼれた。
二人は咄嗟にテーブルから飛び退いた。椅子が倒れ、テーブルに広がったコーヒーが床にポタポタ滴り落ちる。
「ああ、早く拭かなきゃ」
リロイがかがみこんで、自分の着ているパーカーをコーヒーに押し当てようとする。ユリカがぎょっとして、慌ててリロイを止めようとする。
「掃除アバターあるから、いいから、うわっ!」
リロイを突き飛ばし、バランスを崩したユリカが覆いかぶさって、二人は床に倒れこんだ。
「……」
「……」
気まずい空気が漂うなか、二人は引きつった顔を突き合わせて固まった。横で掃除アバターが床のコーヒーを綺麗にふき取っていく。表情のない掃除アバターがテキパキ床を拭き上げる横で、リロイとユリカは重なり合ったまま時間が止まった。
雨が通りをシトシト濡らし続け、店内は、掃除アバターだけが時間の経過を守っていく奇妙な空間を形成していた。
「重い……」
ようやく二人の時間が進みだしたのは、下敷きになったリロイの一言がきっかけだった。
ユリカは瞬間、リロイから離れると、怒鳴った。
「着ている服で拭こうとするなんて、バカじゃないの⁉」
ユリカが離れたので、リロイがのそりと起き上がる。
「バカ……」
ユリカはブチ切れて止まらない。すでにリロイが客であることを忘れていた。
「バカでないとでも? あんたのアホな行動とめたあげく、お、お、重っ!」
怒りがエスカレートするユリカを、リロイは呆然と見つめていた。
「えっと、これは?」
ユリカの背後から当惑する声がした。振り返らなくてもユリカも気が付いた。カーラがリロイを迎えに来たのだ。
「カーラ!」
リロイがほっと安堵の表情を浮かべる。それがまたユリカにはカチンときた。二人がかりで、私を責めるわけね、ユリカは振り返るとカーラを睨みつけた。
「さっさと、連れて帰って!」
もう後戻りできない状態だった。二人を残し、ユリカは店のバックヤードに走りこんだ。
涙がボロボロと落ちる。自分がなぜ怒っているのか、ユリカはわからなくなっていた。
「なんでこうなるのかな! こんな時に一人ぼっちは嫌なのに」
ユリカは言って気が付いた。カーラがリロイに何を話しているのか知らないが、とにかくリロイにはカーラが付いている。こんな時に、アールがいない。一番、今横にいて欲しいのにアールがいない。
リロイはもう来ないだろう。初めてリロイから話かけてきたのに、怒鳴りつけてしまった。
人がたくさんいるコロニーの中で、ユリカは孤独を感じていた。こんなことなら、コロニーに来るんじゃなかった。分散型居住区の寂しさの方が何倍もマシだと、ユリカは感じていた。
アールと二人で何も知らず暮らしていた方が良かった。リロイを知ることのない方がよっぽどマシだった。
(つづく)
先に店に入ってくるのは、リロイの方だ。後からカーラが迎えにくる。
リロイとユリカはクロウエアが共通の話題になって、言葉を交わすようになっていた。店先のクロウエアをチェックし、リロイは購入した鉢と比べているのだ。
「同じ感じだから、順調……かな?」
リロイは確認して少し笑った。ユリカはリロイが打ち解けてきたなと思うと嬉しくなった。
「お花、好きなんですか」
ユリカが尋ねると、リロイは首をふった
「これまで花に興味はなかったんだけど、クロウエアは気に入っているんだ」
リロイが続けた。
「あの時、目に飛び込んできた、あなたとクロウエアが」
リロイがポロっとこぼした言葉に、ユリカが、反応した。
「私?」
リロイはユリカの様子に気が付かない。
「あなたとクロウエアが、似ているなぁと思った」
リロイは屈託なく話すが、ユリカはやや困惑していた。私がクロウエアと似ている? そして買ったクロウエアが気に入っていると言うのか?
まるで、私が好きと言ってるように聞こえるじゃない、とユリカは少しうろたえた。
しかし、リロイを見れば、クロウエアを眺めているばかりだ。誤解するようなこと、無頓着に言わないで欲しい、とユリカは心の中で思っていた。
その日は雨が降っていた。客足が悪い。ちょうど良かった、とユリカは思う。アールがいないので、いつもの客足では、接客が追い付かないことを心配していたのだ。
でも、ポツポツとしか来ない客で店番を独りでするのは、寂しかった。
そんなところへ顔なじみになってしばらくたったリロイがやってきた。しかもユリカに声をかけてきた。
「今日は早く終わったんだ」
引っ込み思案のリロイにしては珍しいことだ。仕事が早く終わったのがそんなに嬉しかったのか、とユリカは思いながら
「お疲れ様です」
と笑顔で迎え入れる。
リロイがキャンベラ区の中央管理センターで機器管理に携わっていることを、ユリカはネットに公開されている情報ですでに知っていた。
「アールは?」
「今日は、メンテナンスなので」
「じゃあ、軽食はお休み?」
リロイが少し落胆したようにユリカは感じた。
「軽食はだせませんが、いつものコーヒーでいいなら」
「ほんと?」
「あ、味の保証はできないですよ?」
「コーヒー一つ」
「しばらくお待ちください」
コーヒーをいれる音だけが店内に響く。リロイはいつもの席から通りを眺めていた。
ユリカが淹れたコーヒーをリロイの席に運ぶと、リロイが言った。
「好きなんだ」
ユリカはコーヒーをテーブルに置いた状態で固まった。こいつ、今、なんて言った?
「は?」
ユリカは身構えた。アールがいない隙に何か企んでいるのか? ユリカに警戒感が広がっていく。ユリカの鋭い声音にリロイが気が付いた。
「ご、ごめんなさ…、雨の通りの風景が好きで……」
言いながら、リロイは動揺していた。慌ててコーヒーカップを持ち上げようとしたその時。
「熱っ」
「うわっ」
コーヒーカップを滑らせ、コーヒーがテーブルにこぼれた。
二人は咄嗟にテーブルから飛び退いた。椅子が倒れ、テーブルに広がったコーヒーが床にポタポタ滴り落ちる。
「ああ、早く拭かなきゃ」
リロイがかがみこんで、自分の着ているパーカーをコーヒーに押し当てようとする。ユリカがぎょっとして、慌ててリロイを止めようとする。
「掃除アバターあるから、いいから、うわっ!」
リロイを突き飛ばし、バランスを崩したユリカが覆いかぶさって、二人は床に倒れこんだ。
「……」
「……」
気まずい空気が漂うなか、二人は引きつった顔を突き合わせて固まった。横で掃除アバターが床のコーヒーを綺麗にふき取っていく。表情のない掃除アバターがテキパキ床を拭き上げる横で、リロイとユリカは重なり合ったまま時間が止まった。
雨が通りをシトシト濡らし続け、店内は、掃除アバターだけが時間の経過を守っていく奇妙な空間を形成していた。
「重い……」
ようやく二人の時間が進みだしたのは、下敷きになったリロイの一言がきっかけだった。
ユリカは瞬間、リロイから離れると、怒鳴った。
「着ている服で拭こうとするなんて、バカじゃないの⁉」
ユリカが離れたので、リロイがのそりと起き上がる。
「バカ……」
ユリカはブチ切れて止まらない。すでにリロイが客であることを忘れていた。
「バカでないとでも? あんたのアホな行動とめたあげく、お、お、重っ!」
怒りがエスカレートするユリカを、リロイは呆然と見つめていた。
「えっと、これは?」
ユリカの背後から当惑する声がした。振り返らなくてもユリカも気が付いた。カーラがリロイを迎えに来たのだ。
「カーラ!」
リロイがほっと安堵の表情を浮かべる。それがまたユリカにはカチンときた。二人がかりで、私を責めるわけね、ユリカは振り返るとカーラを睨みつけた。
「さっさと、連れて帰って!」
もう後戻りできない状態だった。二人を残し、ユリカは店のバックヤードに走りこんだ。
涙がボロボロと落ちる。自分がなぜ怒っているのか、ユリカはわからなくなっていた。
「なんでこうなるのかな! こんな時に一人ぼっちは嫌なのに」
ユリカは言って気が付いた。カーラがリロイに何を話しているのか知らないが、とにかくリロイにはカーラが付いている。こんな時に、アールがいない。一番、今横にいて欲しいのにアールがいない。
リロイはもう来ないだろう。初めてリロイから話かけてきたのに、怒鳴りつけてしまった。
人がたくさんいるコロニーの中で、ユリカは孤独を感じていた。こんなことなら、コロニーに来るんじゃなかった。分散型居住区の寂しさの方が何倍もマシだと、ユリカは感じていた。
アールと二人で何も知らず暮らしていた方が良かった。リロイを知ることのない方がよっぽどマシだった。
(つづく)
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