上 下
23 / 74
その後の世界で君とともに(本編)

22話 問いかけ

しおりを挟む
 大戦から五十年以上たった。カイトが四十歳を目前にしたある日、その衝撃的な話が飛び込んできた。 
 『旧世代』の一人が亡くなった、と。
 居住区域内の機器点検中、突然発生した落雷の事故でパートナーが壊れたのだ。修理を試みようとしたが、必要な部品が揃わずアバターは再起動に失敗した。
 動かないパートナーを抱えて自らの命を断った。

 この事件は、パートナー型アバターと共に分散型居住区で暮らす『旧世代』に大きな衝撃を与えた。
 カイトの精神的な打撃も大きかった。
 仲間である『旧世代』の一人を失った悲しみ。しかし、それにも増してパートナーを失う恐怖が現実として突きつけられたからだ。
 
 「区域内管理は全部僕がチェックする。君を壊して失うわけにはいかない」
 アバターは人の生活を助ける存在だ。ニーナは反論したが、カイトは耳をかそうとしなかった。
「駄目だ。君を失うわけにはいかない。壊すわけにはいかない。僕が耐えられないんだ!」
 カイトはニーナに強く命令した、二度と家から出るな、と。
 カイトは区域内の管理を一人で始めた。当然効率も落ちるし、不具合の対処は遅れる。一人で作業に追われながら
「僕は何をしているのだろう?」
 とカイトは独りごとを漏らした。一人で行う作業はカイトの孤独を深めていく。しかしニーナが壊れたら生きていけない。ニーナを外に出すことは出来なかった。
 更にカイトはニーナを抱くこともやめた。失うより抱かない方がマシだった。

 パートナー型アバターの修理は今後更に困難さを増していくことは容易に予想できた。
 諍いの少なかった『旧世代』間の人間関係が、急激に悪化していった。
 パートナー型アバターの修理部品の争奪が事件によって顕在化してしまった。社会からすでに弾きだされた『旧世代』のイザコザに社会は無関心だ。『旧世代』間の問題は内輪で解決しろというのが、世界の主流の考え方だった。

 壊れたアバターは分解され、正常な動作確認のとれた部品が他のアバター用の修理ストックになった。
 誰かが死ぬことで、相棒のアバターは機能を停止され、リサイクルという名のもとに分解されて部品はストックできる。仲間の死を心のどこかで望む風潮が徐々に濃くなっていった。

 なぜ人間はいとも簡単に気持ちがバラバラになってしまうのだろうか?とニーナはカイトに「監禁」されて考えることを繰り返していた
 自分の全てを捧げたカイトが己の利にのみ走り、あげく己の欲さえ抹殺する姿がニーナには苦しかった。
 カイト、なぜ?
 ようやく人口が安定し、大戦前の活気を取り戻しつつあるのに、そのための礎になったカイトが、旧世代が――。
内部崩壊を始めた原因が、ニーナ達アバターであることを容認することはできなかった。
 旧世代は社会性は欠如しているが争いを嫌う穏やかに人々だったのに。
 カイトを含めた『旧世代』はアバターを失うことを恐れるあまり、仲間の死を願う偏狭な思考へ尖鋭化する悪循環に陥っていた。

 突破口はないのだろうか?とニーナは考え続けた。
 アバターはパートナーである人に従うのが原則である。その中で出来ることは何か? 世界に向けてニーナの問い始めた。

 旧世代の異変の影響に気が付いたのはタウンの管理センターだった。
 管理センターはアバターや人々から上がってくるデータを統括的に判断し対応策をとる。人間社会は、常に綱渡りの状態にあるためだ。ライフラインが一か所不具合を起こすと連鎖的に他の不具合を生み出す。
 そのため何重にもセーフティーネットをかけてあるにも関わらず、小さな不具合は常に見つかった。大きなトラブルを引き起こす前に穴を塞ぐ、毎日がその繰り返しだった。
 旧世代の異変の影響は、最初見過ごされていた。そこへニーナの問いが届いた。
 ニーナの問いは、ライフラインの穴を指摘していた。
 
 ニーナの指摘を精査した結果、センターは食料が不足するかもしれないという予想を発表した。
 辺境の地で暮らす『旧世代』が生産する食料の出荷量が落ち続ける現象が起き始めていたからだ。

 タウン内に、食料や原料を生産する設備はない。
 世界各地の分散型居住区が、世界の食料の生産を大きな割合で担っていたのだ。無人の大型食料基地も稼働は始まっていたが、人口の全てを満足させる食料供給には遠く及んでいなかった。
 分散型居住区の人にとっては、区域内の設備の維持管理をして生産した物を出荷し代わりに欲しい物と交換する物々交換するだけの認識だった。それが世界の人を下支えする食料生産というライフラインの一部になっている自覚は全くなかったのだ。
 
 パートナー型アバターを失うことを恐れた人々が、アバターを生産管理に携わることを辞めさせたために、結果、食料の生産性が大きく落ち込む事態を引き起こしてしまっていたのである。
 人が増えタウンでの活動に世界の比重が移行するなかで、分散型居住システムで暮らす『旧世代』は見捨てられた恰好になっていた。
 皮肉なことに、食料不足の予想が出たことで人々は、『旧世代』による分散型居住区での生産が世界の人々を支えていることに気が付いたのだ。
 食料不足の危機が起きかけている。ニーナの問いが世界に広まっていく。
「旧世代の生産なしに、世界は生き残れますか?」
 一方の『旧世代』も、世界の危機を招いている自覚を持たないでいた。

 事態が急変した。
 パートナー型アバターの修理部品の生産再開が決まり、時をおかず部品供給が始まった。
 一番驚いたのは『旧世代』だった。事がここまで進んで、ようやく偏狭な視野が世界を殺しかけていたことに気が付いたのだった。





(つづく)


 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...