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第3章
闇の家族
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翌日から、少しづつおとうさんは、私を日中外に連れ出すようになった。
「一人前の影になるための練習を始める」
心して臨むようにと、おとうさんは重々しく宣言した。私は大きく頷いた。
最初は日没前のわずかな時間から始まって、訓練は少しずつ長くなっていった。まず、建物の影から。建物は動かないから簡単だろうと思ったが、おとうさんが注意した。
「建物は動かないが、太陽の光は動いているぞ、ちょっとずつ光の動きに合わせて建物の反対に動かないと光の矢が突き刺さるぞ」
実際、ちょっと気を抜くと太陽が動いて光の矢が突き刺さった。更に太陽の角度で影の形を変えなきゃならないことも、次第にわかってきた。
動いていない建物の影でさえ、注意することはいっぱいあることに驚く。
おとうさんは人間の影を任せるのはまだ先だなと笑った。
「ゆっくり覚えればいいんだ」
優しく私に語り掛けてきた。
日没後、闇の家に帰るとおかあさんが、光が突き刺さったわたしを優しく癒してくれた。「闇の家」の中では、私は自分の実体があるように感じる。痛みをさすってくれるお母さんに
「どうして、ここでは実体があるように感じるの?」
と尋ねてみた。
「闇が私たちを守って包んでくれているからだよ」
おかあさんが私をさすりながら優しく答えてくれた。
影の練習を始めて、「闇の家」がどんなに心休まる場所なのかを知った今、おかあさんの答えもおぼろげながら理解できる。闇が影に実体を感じる力を与えてくれているのかな? 私は尋ねた。
「闇は影に力をくれるのかな? それって植物が光合成で育つみたいな感じかなぁ?」
おかあさんは
「光合成? あなたはそう感じるのねぇ。影は成長はしないけれどね」
優しく笑った。
日の出から日の入りまで影の練習をやって数日がたった。私は疲労がずいぶんたまってるのを感じていた。
毎日、影になってるおとうさんを思うと、まだまだ自分がひよっこだと思い知らされる。それにしても疲れた……。
その疲れを狙われたと言わざるを得ない。初めて私を「影」にした村人といっしょにいた村人だった。建物の影にいた私をあっという間に引きずり出したのだ。
一瞬のことだった。建物に私の一部が分身のまま残ってしまった。私の意識と本体は村人にさらわれて、村人の影になって引きずられていく。初めての分身までいきなり体験することになった。
村人は私以外の影がない方向へズンズン歩いていた。建物がない、つまり影がない方向だ。これでは、おとうさんの分身が追いかけてくることもできない。私は恐怖を覚えた。
「おとうさん!」
心の中で精いっぱい叫ぶ。
私をさらった村人が高笑いした。
「さすがに、影のない所に「おとうさん」は助けに来れないさ」
私が影であることを知っているの? おとうさんも知っているの? どういうことなの?
「おとうさん! おかあさん!」
私は必死で叫んだ。心の中だけでなく、本当に叫んだ。そして暴れた。光の矢が突き刺さり痛みがからだを走るが、それ以上に恐怖が襲い掛かってきた。ここから逃げ出したかった。
村人は、歩くのをやめて、振り返ると太陽に背を向け、暴れ叫ぶ私を驚くでもなく、じっと見つめてくる。立ち止まってる村人の影がぐにゃぐにゃ変形して、わめいてるというのに、村人は影である私が暴れても驚きもしなかった。なぜ?
「なぜかって? 君は僕が影をやめたから出来たんだもの」
村人が答えた。影をやめた? こいつの変わりが私? 何を言っているのか理解できない。
「実体のない永遠が、僕には耐えられなくなったのさ」
「君のおとうさんとは、以前いっしょに闇の家にいた仲間なのさ」
私が理解しようがしまいが、構わないとでもいうように、村人はしゃべり続けた。
「闇の家で家族ごっこしてるみたいだけど、実体のない影が本当の家族とまだ信じてるの?」
嫌なやつだ、嫌だ、嫌だ! もう何も聞きたくないっ!
私の気持ちをぶち壊すのが村人には、そんなに楽しいのだろうか?
「君は僕がいなくなったから出来た「もの」なんだよ」
「影は光と物体があって初めてできる。光と物体にみあったバランスで「できる」わけだ」
何を言っているのか理解できない
「実体もない、光と物体に依存する――永遠に。それが影の運命というなら、僕には耐えられなかった」
だから、理解できないし聞きたくないって言ってるんだ!
「君のいう「おかあさん」も影であることに耐えられなくなったんだ。そのせいで、僕という影ができてしまったのさ」
何度言えばわかるのか? ききたくないんだっ! 怒りで影がますます変形し光が突き刺さったが、私はどうでもよかった。泣きたかった。大声で泣きわめきたかった。闇の中なら泣けるのに……。闇があれば泣けるのにっ!
「僕は病気で意識のなくなっていたこの村人に入りこんで「実体」を手に入れた。僕はようやく満足できたんだ……」
あんたの話なんか聞きたくないと言っているのにっ! あんたなんか、大嫌いだっ! 何かが自分の中で爆発した。
いきなり太陽を隠すように厚い雲が現れ、まわりがあっという間に暗くなると土砂降りの雨になった。それは私の心そのもだった。
「君には闇を呼ぶ力があるのか……」
村人は初めて私を意識して話しかけてきた。驚きとともに。
私はこれ以上、一瞬でもこの村人といっしょにいたくなかった。空が闇に包まれた瞬間、私は村人から逃れ、闇の家に向かって走り出した。泣きながら夢中で走り続けた。気が遠くなった。
家に帰りたい。おとうさん! おかあさん! 私たちは家族だよね? 私はおとうさんとおかあさんの子供だよね!?
私を追いかけてきたおとうさんが駆け寄って私を抱きかかえてくれた。
「おとうさん?」
「何も言わなくていい、お前の分身を通して全部きいた」
私の記憶は完全に途切れた。
雲が太陽をさえぎり、雨が降り続いた。
「闇を操る能力があるとは…」
おとうさんは気絶した影の子を抱きかかえ、闇の家へ急ぎながら、苦悩の表情を浮かた。
(つづく)
「一人前の影になるための練習を始める」
心して臨むようにと、おとうさんは重々しく宣言した。私は大きく頷いた。
最初は日没前のわずかな時間から始まって、訓練は少しずつ長くなっていった。まず、建物の影から。建物は動かないから簡単だろうと思ったが、おとうさんが注意した。
「建物は動かないが、太陽の光は動いているぞ、ちょっとずつ光の動きに合わせて建物の反対に動かないと光の矢が突き刺さるぞ」
実際、ちょっと気を抜くと太陽が動いて光の矢が突き刺さった。更に太陽の角度で影の形を変えなきゃならないことも、次第にわかってきた。
動いていない建物の影でさえ、注意することはいっぱいあることに驚く。
おとうさんは人間の影を任せるのはまだ先だなと笑った。
「ゆっくり覚えればいいんだ」
優しく私に語り掛けてきた。
日没後、闇の家に帰るとおかあさんが、光が突き刺さったわたしを優しく癒してくれた。「闇の家」の中では、私は自分の実体があるように感じる。痛みをさすってくれるお母さんに
「どうして、ここでは実体があるように感じるの?」
と尋ねてみた。
「闇が私たちを守って包んでくれているからだよ」
おかあさんが私をさすりながら優しく答えてくれた。
影の練習を始めて、「闇の家」がどんなに心休まる場所なのかを知った今、おかあさんの答えもおぼろげながら理解できる。闇が影に実体を感じる力を与えてくれているのかな? 私は尋ねた。
「闇は影に力をくれるのかな? それって植物が光合成で育つみたいな感じかなぁ?」
おかあさんは
「光合成? あなたはそう感じるのねぇ。影は成長はしないけれどね」
優しく笑った。
日の出から日の入りまで影の練習をやって数日がたった。私は疲労がずいぶんたまってるのを感じていた。
毎日、影になってるおとうさんを思うと、まだまだ自分がひよっこだと思い知らされる。それにしても疲れた……。
その疲れを狙われたと言わざるを得ない。初めて私を「影」にした村人といっしょにいた村人だった。建物の影にいた私をあっという間に引きずり出したのだ。
一瞬のことだった。建物に私の一部が分身のまま残ってしまった。私の意識と本体は村人にさらわれて、村人の影になって引きずられていく。初めての分身までいきなり体験することになった。
村人は私以外の影がない方向へズンズン歩いていた。建物がない、つまり影がない方向だ。これでは、おとうさんの分身が追いかけてくることもできない。私は恐怖を覚えた。
「おとうさん!」
心の中で精いっぱい叫ぶ。
私をさらった村人が高笑いした。
「さすがに、影のない所に「おとうさん」は助けに来れないさ」
私が影であることを知っているの? おとうさんも知っているの? どういうことなの?
「おとうさん! おかあさん!」
私は必死で叫んだ。心の中だけでなく、本当に叫んだ。そして暴れた。光の矢が突き刺さり痛みがからだを走るが、それ以上に恐怖が襲い掛かってきた。ここから逃げ出したかった。
村人は、歩くのをやめて、振り返ると太陽に背を向け、暴れ叫ぶ私を驚くでもなく、じっと見つめてくる。立ち止まってる村人の影がぐにゃぐにゃ変形して、わめいてるというのに、村人は影である私が暴れても驚きもしなかった。なぜ?
「なぜかって? 君は僕が影をやめたから出来たんだもの」
村人が答えた。影をやめた? こいつの変わりが私? 何を言っているのか理解できない。
「実体のない永遠が、僕には耐えられなくなったのさ」
「君のおとうさんとは、以前いっしょに闇の家にいた仲間なのさ」
私が理解しようがしまいが、構わないとでもいうように、村人はしゃべり続けた。
「闇の家で家族ごっこしてるみたいだけど、実体のない影が本当の家族とまだ信じてるの?」
嫌なやつだ、嫌だ、嫌だ! もう何も聞きたくないっ!
私の気持ちをぶち壊すのが村人には、そんなに楽しいのだろうか?
「君は僕がいなくなったから出来た「もの」なんだよ」
「影は光と物体があって初めてできる。光と物体にみあったバランスで「できる」わけだ」
何を言っているのか理解できない
「実体もない、光と物体に依存する――永遠に。それが影の運命というなら、僕には耐えられなかった」
だから、理解できないし聞きたくないって言ってるんだ!
「君のいう「おかあさん」も影であることに耐えられなくなったんだ。そのせいで、僕という影ができてしまったのさ」
何度言えばわかるのか? ききたくないんだっ! 怒りで影がますます変形し光が突き刺さったが、私はどうでもよかった。泣きたかった。大声で泣きわめきたかった。闇の中なら泣けるのに……。闇があれば泣けるのにっ!
「僕は病気で意識のなくなっていたこの村人に入りこんで「実体」を手に入れた。僕はようやく満足できたんだ……」
あんたの話なんか聞きたくないと言っているのにっ! あんたなんか、大嫌いだっ! 何かが自分の中で爆発した。
いきなり太陽を隠すように厚い雲が現れ、まわりがあっという間に暗くなると土砂降りの雨になった。それは私の心そのもだった。
「君には闇を呼ぶ力があるのか……」
村人は初めて私を意識して話しかけてきた。驚きとともに。
私はこれ以上、一瞬でもこの村人といっしょにいたくなかった。空が闇に包まれた瞬間、私は村人から逃れ、闇の家に向かって走り出した。泣きながら夢中で走り続けた。気が遠くなった。
家に帰りたい。おとうさん! おかあさん! 私たちは家族だよね? 私はおとうさんとおかあさんの子供だよね!?
私を追いかけてきたおとうさんが駆け寄って私を抱きかかえてくれた。
「おとうさん?」
「何も言わなくていい、お前の分身を通して全部きいた」
私の記憶は完全に途切れた。
雲が太陽をさえぎり、雨が降り続いた。
「闇を操る能力があるとは…」
おとうさんは気絶した影の子を抱きかかえ、闇の家へ急ぎながら、苦悩の表情を浮かた。
(つづく)
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