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かに飯弁当への愛を語ろうではないか
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高校の修学旅行は最悪だった。
友達が一人もいない私をグループ行動に入れたいというところはなく。形式的に入らざるをえなかったが。
北海道から出たことがなかった私の初の本州への旅行が、「これ」だった。
バスの中では隣に座るのが先生だったし、グループ行動は一人で集合時間まで過ごした。こんな修学旅行が楽しいわけもなく、ほぼ感動も笑顔もない数日であった。
本州は人が多くて、旅行もつまらない。東京のグループ単位の自由時間、私は一人、濁った空を見上げたていた。
唯一、楽しみにしていたのは、青函連絡船(私が高校時代、まだトンネルは開通していなかった)を降り、函館から乗車する特急で配られる長万部のかに飯弁当だった。
私にとっては修学旅行最大のクライマックスだった。
列車内で長万部のかに飯が配られ、竹ひもと青緑の紙に包まれたかに飯弁当を私も受け取った。慎重に紐をほどき、紙包みを解き、木枠の弁当箱のふたを開けた。
弁当箱いっぱいに敷き詰められたかに飯が現れた。一番の楽しみと出会った喜び。いざ一口目をと割り箸でかに飯をすくおうとした時。
プォォオオオォォン
警笛とともに列車がトンネルに入り、そして……そして……ハラハラハラハラ。
列車の天井の空気穴なのか? 黒いススが我が愛しのかに飯に降りかかったのだ。
「え……」
私は硬直した。黒いススが満遍なくふりかけのごとく散りばめられたかに飯弁当を見つめ、私は箸にのせて奇跡的に助かった一口を味わいつつ、悲しみにくれた。
かに飯のおいしさが口の中に広がるごとに、黒いススがふりかかった残りのかに飯に絶望感を禁じえなかった。食べていいものとは、とても思えなかった。
ススにまみれたと泣きつく友達もいない。私は心を鬼にして、かに飯弁当にフタをした。満たされない腹を抱え、最後の楽しみも奪われた。
それが、私の高校の修学旅行の思い出であった。
「で。それで終わるとでも思った?」
私は、旦那に問いかける。
「続きあるなら、どうぞ」
旦那は私が過去の恨みつらみを話し始めると、軽くいなす。長年、夫婦をやっていると、あしらいかたも手慣れてくるのだ。
私たちは、室蘭に転勤して数か月がたっていた。買い物から帰宅した私がいきなり、高校の修学旅行を語りだしたので、旦那は私の意図を測りかねていたのは明白だった。
「で? 話の続きは?」
旦那が半分聞き流すつもりで、私を促した。
「なので、今日はかに飯弁当を買ってきました!」
旦那ががばっと起き上がり私を見た。蛇足だが、旦那もかに飯大好き人間なのだ。
「どういうこと?」
旦那がようやく私の話をまともに聞く体制になったのを確認すると、まごうことなき長万部のかに飯弁当を買い物袋から取り出した。
「え、本物だ……」
ここは室蘭である。長万部ではない。なのに長万部のかに飯がある。私はスーパーに買い物に行っただけだ。話が繋がらない旦那は混乱していた。
私はもったいぶって発表した。
「ぬあんと! スーパーに長万部のかに飯弁当が販売されていたのだ!」
「うそ!?」
「うそみたいだよね。さらに驚いていいからね。室蘭で長万部のかに飯販売されるのは、日常茶飯事のことみたいなのだよ」
「まじで?」
「だって、誰も買わないで、かに飯弁当が置いてあったんだよ!?」
「し、信じられない……」
旦那も衝撃の事実に言葉を失う。
長万部のかに飯は冷凍でも販売されており、全国で買えることは買える。しかし、長万部の本店のかに飯弁当のプレミア感は私たちには格別だった。
まさか室蘭でプレミアかに飯弁当(勝手に命名)にお会いできるとは! 転勤で来た私たちには衝撃の事実だったのだ。
実は、長万部と室蘭は案外近い。一〇〇キロ弱なのだ。いや、一〇〇キロを近いという感覚は私たち夫婦独自なのかもしれないが。
とにかく、転勤してきた室蘭でプレミアかに飯弁当を買えるというのは、嬉しかったのは事実。
地元の人にが日常でも、私たち夫婦は転勤で来たので、いづれ室蘭を離れる日が来る。見つけたら迷うなど論外、買うしかない。
プレミアかに飯弁当はそれはそれは美味しかった。
その後、旦那もスーパーでかに飯弁当が売れ残っているのを見たようで、
「室蘭の人は、かに飯が買える贅沢な状況をわかっていない!」
と地元民に怒りつつも、だからこそ買えた戦利品を抱えてホクホク帰ってきたこともあった。
室蘭にいた間、私たちはかに飯弁当を相当食べた。飽きることなく食べまくった。
ついに転勤で室蘭を離れた時、何が悲しいってプレミアかに飯弁当とお別れすることが悲しかった。
室蘭が地元の方たちは、かに飯弁当を買える状況に慣れ過ぎているので、心を入れ替えてもらいたいと、強く主張するものである。
修学旅行でススにまみれたかに飯弁当から以降、私のかに飯弁当への執着心は消えることはない。
かに飯弁当が大好きだぁあぁぁああああぁっ
(おわり)
友達が一人もいない私をグループ行動に入れたいというところはなく。形式的に入らざるをえなかったが。
北海道から出たことがなかった私の初の本州への旅行が、「これ」だった。
バスの中では隣に座るのが先生だったし、グループ行動は一人で集合時間まで過ごした。こんな修学旅行が楽しいわけもなく、ほぼ感動も笑顔もない数日であった。
本州は人が多くて、旅行もつまらない。東京のグループ単位の自由時間、私は一人、濁った空を見上げたていた。
唯一、楽しみにしていたのは、青函連絡船(私が高校時代、まだトンネルは開通していなかった)を降り、函館から乗車する特急で配られる長万部のかに飯弁当だった。
私にとっては修学旅行最大のクライマックスだった。
列車内で長万部のかに飯が配られ、竹ひもと青緑の紙に包まれたかに飯弁当を私も受け取った。慎重に紐をほどき、紙包みを解き、木枠の弁当箱のふたを開けた。
弁当箱いっぱいに敷き詰められたかに飯が現れた。一番の楽しみと出会った喜び。いざ一口目をと割り箸でかに飯をすくおうとした時。
プォォオオオォォン
警笛とともに列車がトンネルに入り、そして……そして……ハラハラハラハラ。
列車の天井の空気穴なのか? 黒いススが我が愛しのかに飯に降りかかったのだ。
「え……」
私は硬直した。黒いススが満遍なくふりかけのごとく散りばめられたかに飯弁当を見つめ、私は箸にのせて奇跡的に助かった一口を味わいつつ、悲しみにくれた。
かに飯のおいしさが口の中に広がるごとに、黒いススがふりかかった残りのかに飯に絶望感を禁じえなかった。食べていいものとは、とても思えなかった。
ススにまみれたと泣きつく友達もいない。私は心を鬼にして、かに飯弁当にフタをした。満たされない腹を抱え、最後の楽しみも奪われた。
それが、私の高校の修学旅行の思い出であった。
「で。それで終わるとでも思った?」
私は、旦那に問いかける。
「続きあるなら、どうぞ」
旦那は私が過去の恨みつらみを話し始めると、軽くいなす。長年、夫婦をやっていると、あしらいかたも手慣れてくるのだ。
私たちは、室蘭に転勤して数か月がたっていた。買い物から帰宅した私がいきなり、高校の修学旅行を語りだしたので、旦那は私の意図を測りかねていたのは明白だった。
「で? 話の続きは?」
旦那が半分聞き流すつもりで、私を促した。
「なので、今日はかに飯弁当を買ってきました!」
旦那ががばっと起き上がり私を見た。蛇足だが、旦那もかに飯大好き人間なのだ。
「どういうこと?」
旦那がようやく私の話をまともに聞く体制になったのを確認すると、まごうことなき長万部のかに飯弁当を買い物袋から取り出した。
「え、本物だ……」
ここは室蘭である。長万部ではない。なのに長万部のかに飯がある。私はスーパーに買い物に行っただけだ。話が繋がらない旦那は混乱していた。
私はもったいぶって発表した。
「ぬあんと! スーパーに長万部のかに飯弁当が販売されていたのだ!」
「うそ!?」
「うそみたいだよね。さらに驚いていいからね。室蘭で長万部のかに飯販売されるのは、日常茶飯事のことみたいなのだよ」
「まじで?」
「だって、誰も買わないで、かに飯弁当が置いてあったんだよ!?」
「し、信じられない……」
旦那も衝撃の事実に言葉を失う。
長万部のかに飯は冷凍でも販売されており、全国で買えることは買える。しかし、長万部の本店のかに飯弁当のプレミア感は私たちには格別だった。
まさか室蘭でプレミアかに飯弁当(勝手に命名)にお会いできるとは! 転勤で来た私たちには衝撃の事実だったのだ。
実は、長万部と室蘭は案外近い。一〇〇キロ弱なのだ。いや、一〇〇キロを近いという感覚は私たち夫婦独自なのかもしれないが。
とにかく、転勤してきた室蘭でプレミアかに飯弁当を買えるというのは、嬉しかったのは事実。
地元の人にが日常でも、私たち夫婦は転勤で来たので、いづれ室蘭を離れる日が来る。見つけたら迷うなど論外、買うしかない。
プレミアかに飯弁当はそれはそれは美味しかった。
その後、旦那もスーパーでかに飯弁当が売れ残っているのを見たようで、
「室蘭の人は、かに飯が買える贅沢な状況をわかっていない!」
と地元民に怒りつつも、だからこそ買えた戦利品を抱えてホクホク帰ってきたこともあった。
室蘭にいた間、私たちはかに飯弁当を相当食べた。飽きることなく食べまくった。
ついに転勤で室蘭を離れた時、何が悲しいってプレミアかに飯弁当とお別れすることが悲しかった。
室蘭が地元の方たちは、かに飯弁当を買える状況に慣れ過ぎているので、心を入れ替えてもらいたいと、強く主張するものである。
修学旅行でススにまみれたかに飯弁当から以降、私のかに飯弁当への執着心は消えることはない。
かに飯弁当が大好きだぁあぁぁああああぁっ
(おわり)
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