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6 及川静香の手法
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就寝中の紬の部屋に、遅い帰宅を果たした及川静香がそっと入って来た。紬を起こさないように慎重に引き出しを開け、探し始める。
母親が探すとは思っていなかったのか、二番目の引き出しに放りこんであった包みが、いとも簡単に見つかった。
静香は一旦、本を持って部屋の外に出て、じっくり破壊された本を調べた。
「学校図書……」
紬が興味を持っていないはずの爬虫類の本をリクエストしたことに、ひっかかりを感じた静香の勘はどうやら当たっていたようだ。
何が起きたのか? 何が起きようとしているのか? 回転の速い頭が動き出す。しばしの時間で方針を決めた静香は、本を紬の引き出しに再び戻した。
午後三時、紬が帰宅する前に到着した荒木沙耶は、驚いた。静香がこんな時間に在宅しているのは初めてだったからだ。
「珍しく早く仕事が終わったの」
静香はそういうと、寝そべっていたソファーでうーんとのびをして起き上がった。続けて
「買い物の片付け終わったら、お茶の用意してもらえませんか? 二人分」
「えっと?」
「たまには、いっしょにお茶しましょう」
静香は笑みを浮かべて沙耶を誘う、その穏やかさは拒否を許さないものがあった。
沙耶はソファーの前のテーブルに用意した紅茶のカップを置いた。
「そのソファーに沙耶さんも座って」
静香が沙耶を座るように促した。
「あの、私、何か失礼なことしたのでしょうか?」
怯えて沙耶が尋ねる。静香は、驚き目を見開いて、沙耶を見返した。
沙耶の頭に『蛇に睨まれたカエル』が浮かんだ。
沙耶の頭の中を見透かすように静香が言葉を重ねる。
「まさか。こんなによくやってくださって感謝しています」
静香は、腰掛けたままとはいえ、沙耶に頭を下げた。
「そ、そんな……」
沙耶は戸惑った。工場長に頭を下げさせてしまった、そう思うと居心地が悪く、落ち着かなかったのである。沙耶がオロオロしている様子に意を介すことなく、静香は続ける。
「舞さんが、紬とも仲よくしてくださって、ほんとに嬉しいのです。舞さんは、勉強熱心だと紬が言っていましたよ」
娘の舞の話を持ち出されて、沙耶は困惑する。そこまで把握しているのか、と心の中でつぶやいた。やはり絶対に敵に回せない相手だ、と沙耶は思いながら静香を見返した。するどい視線が沙耶を射抜く。沙耶の頭の中に、再び『蛇に睨まれたカエル』が浮かんだ時、静香が言った。
「蛇とか、カエル……」
「えっ?」
沙耶は背中がゾワッと泡立った。
「爬虫類、好きな子いるでしょうか?」
静香の質問は、沙耶の悪い予感から外れていた。沙耶の緊張が一気にほぐれる。安堵は沙耶の口を軽やかにした。
「寺田君とか、田本君あたりでしょうか。男の子の方が興味持つんですね」
沙耶が答えると、静香が笑った。
「なぜでしょうね。爬虫類好きな女の子、いないのでしょうか?」
静香の問いに沙耶は思いつく。
「ペットショップに尋ねると、確かかもしれません」
沙耶の言葉に静香がうなづいた。
「あぁ、確かに! 今度、ペットショップに立ち寄ってみます」
静香はそこで紅茶を一口飲んだ。
「美味しいですね」
静香は沙耶に晴れやかな笑顔を向けた――忘れなさい
沙耶は静香が『なぜ爬虫類好きな子供』に興味を持つのか、触れてはいけないと本能で察する。脳内から疑問を追い出し忘却し、飲み終わった茶器を持ちキッチンに向った。
沙耶がキッチンに戻った後、笑みを消した静香がその本をネットで注文した。続けて紬へのメッセージを書き込んだ。
『本、届くまで少し待ってね』
静香はスマホを離し、再びソファーに横になった。
アンテナは張り巡らせていなければならない、思いながら同時に疲れをとるため、静香は瞼を閉じしばし眠りについた。
(つづく)
母親が探すとは思っていなかったのか、二番目の引き出しに放りこんであった包みが、いとも簡単に見つかった。
静香は一旦、本を持って部屋の外に出て、じっくり破壊された本を調べた。
「学校図書……」
紬が興味を持っていないはずの爬虫類の本をリクエストしたことに、ひっかかりを感じた静香の勘はどうやら当たっていたようだ。
何が起きたのか? 何が起きようとしているのか? 回転の速い頭が動き出す。しばしの時間で方針を決めた静香は、本を紬の引き出しに再び戻した。
午後三時、紬が帰宅する前に到着した荒木沙耶は、驚いた。静香がこんな時間に在宅しているのは初めてだったからだ。
「珍しく早く仕事が終わったの」
静香はそういうと、寝そべっていたソファーでうーんとのびをして起き上がった。続けて
「買い物の片付け終わったら、お茶の用意してもらえませんか? 二人分」
「えっと?」
「たまには、いっしょにお茶しましょう」
静香は笑みを浮かべて沙耶を誘う、その穏やかさは拒否を許さないものがあった。
沙耶はソファーの前のテーブルに用意した紅茶のカップを置いた。
「そのソファーに沙耶さんも座って」
静香が沙耶を座るように促した。
「あの、私、何か失礼なことしたのでしょうか?」
怯えて沙耶が尋ねる。静香は、驚き目を見開いて、沙耶を見返した。
沙耶の頭に『蛇に睨まれたカエル』が浮かんだ。
沙耶の頭の中を見透かすように静香が言葉を重ねる。
「まさか。こんなによくやってくださって感謝しています」
静香は、腰掛けたままとはいえ、沙耶に頭を下げた。
「そ、そんな……」
沙耶は戸惑った。工場長に頭を下げさせてしまった、そう思うと居心地が悪く、落ち着かなかったのである。沙耶がオロオロしている様子に意を介すことなく、静香は続ける。
「舞さんが、紬とも仲よくしてくださって、ほんとに嬉しいのです。舞さんは、勉強熱心だと紬が言っていましたよ」
娘の舞の話を持ち出されて、沙耶は困惑する。そこまで把握しているのか、と心の中でつぶやいた。やはり絶対に敵に回せない相手だ、と沙耶は思いながら静香を見返した。するどい視線が沙耶を射抜く。沙耶の頭の中に、再び『蛇に睨まれたカエル』が浮かんだ時、静香が言った。
「蛇とか、カエル……」
「えっ?」
沙耶は背中がゾワッと泡立った。
「爬虫類、好きな子いるでしょうか?」
静香の質問は、沙耶の悪い予感から外れていた。沙耶の緊張が一気にほぐれる。安堵は沙耶の口を軽やかにした。
「寺田君とか、田本君あたりでしょうか。男の子の方が興味持つんですね」
沙耶が答えると、静香が笑った。
「なぜでしょうね。爬虫類好きな女の子、いないのでしょうか?」
静香の問いに沙耶は思いつく。
「ペットショップに尋ねると、確かかもしれません」
沙耶の言葉に静香がうなづいた。
「あぁ、確かに! 今度、ペットショップに立ち寄ってみます」
静香はそこで紅茶を一口飲んだ。
「美味しいですね」
静香は沙耶に晴れやかな笑顔を向けた――忘れなさい
沙耶は静香が『なぜ爬虫類好きな子供』に興味を持つのか、触れてはいけないと本能で察する。脳内から疑問を追い出し忘却し、飲み終わった茶器を持ちキッチンに向った。
沙耶がキッチンに戻った後、笑みを消した静香がその本をネットで注文した。続けて紬へのメッセージを書き込んだ。
『本、届くまで少し待ってね』
静香はスマホを離し、再びソファーに横になった。
アンテナは張り巡らせていなければならない、思いながら同時に疲れをとるため、静香は瞼を閉じしばし眠りについた。
(つづく)
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