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5 事件の発端
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クチナシ市立第一小学校の子供社会が動いた。きっかけは橋本紬(はしもと つむぎ)の転入だった。
六年生になって、いよいよ女王として君臨するはずだった荒木舞(あらき まい)が、その座を自ら退いた。
同時に、子どもたちのうっ憤ばらしの標的だった大崎留美(おおさき るみ)の態度が豹変した。橋本紬に終始くっつき、子分を自称し始めたのだ。
紬の力を盾にした留美の態度は高慢だった。いじめられていた反動は大きい。
「紬さんに言いつけるよ!」
留美は気に食わないことがあると、紬を持ち出すようになっていた。紬の名前を留美は伝家の宝刀のごとく振りかざす。
「また、始まった」
留美の甲高い声を耳にして、寺田遥斗(てらだ はると)は言葉を地面に叩きつけた。勢力図が動いたその現実に、遥斗は気持ちの悪さを感じていた。
しかし、声に出せないもどかしさ。何より、荒木舞が手を引いたことに納得がいかない。
「このままでいいのか?」
遥斗は何度か舞を問い詰めた。
「うん、平和なんだし、いいんじゃね?」
舞はめんどくさそうに答え、勉強があるから、と早々に家路につく。舞の背中を見送り、残された遥斗はイライラと石ころを蹴飛ばした。
数日後、遥斗は大崎留美に声をかけられた。留美に声をかけられる日が来るとは思ってもいなかった! 遥斗は舌をうった。
「図書室の本、返してないでしょ」
「うるさいな!」
反射的に怒鳴ってしまい遥斗は、後悔する。そういえば、留美は図書委員になったんだ、と遥斗は思いだした。橋本紬の腰ぎんちゃくになってから、留美は積極的に学校活動に関わり始めていた。それが更にうざいかった。舞が沈黙した以上、うかつに反抗するのは得策とはいえなかった。
留美の後ろにいるのは、紬であり、紬のバックにはクチナシ工場長が控えているのだから。
後悔先に立たず、気まずさを押し殺して遥斗はランドセルから本を取り出した。留美に本を押し付けた。
「これでいいだろ!」
留美に言い捨てると、遥斗は駆けて去って行った。
留美は遥斗の背中を見送ると
「今までどれだけ我慢してきたと思っているんだ!」
留美は遥斗から受け取った本を持って、人通りのない場所に移動した。遥斗から押し付けられた本を開き、ページを一枚破いた。
「まだ、足りない」
留美はページを更に破く。紙くずを落とさないように慎重に、しかし、ページをたぐっては破く。やがて、本はズタズタになった。留美は原型をとどめないほど破壊して、少しすっきりとした。
留美は用意していた紙袋を取り出し、ズタボロにした本を丁寧に梱包した。更にそれを、クチナシ市指定のゴミ袋にいれて、ゴミステーションに置いた。これで中味を知られないですむはずだ、と留美は笑みを作った。いじめられ続けて学んだ『嫌がらせの方法』は有効活用しなくちゃいけないのだ。
留美は慎重に行動したはずだった。しかし、留美は見過ごしていた。ゴミステーションの横の建物が七瀬産業のビルであることを。
紬が窓から、下の道路で本を破いて捨てている大崎留美をじっと見ていた。
「どうしたの?」
「あ、お母さん。なんでもないよ」
紬が振り返ると、及川静香に笑顔を向けた。
「また会議?」
静香が苦笑する。
「そう会議。もう少ししたら、また会議。顔見たかった」
静香は紬の頬を手で優しく撫でた。
「お母さんとは、今週ずっとすれ違っていたもんね」
紬は静香と話すことができて、嬉し気な表情を浮かべる。
「学校の帰り、寄り道させてごめんね」
紬が静香の手を振りほどかないように小さく顔を横にふった。
「お母さんと話せたのが嬉しい」
「紬に元気もらったから、また仕事できる」
静香はそう言うともう一度、紬の頬を手で包み込み、紬のおでこに額をコツンとあてた。
「気を付けて帰ってね」
「大丈夫、気を付けて帰る」
「工場長、移動します」
静香は建物の奥からかけられた声に反応して、紬から離れた。
「じゃあね」
静香が紬に背を向け歩き出す。
「いってらっしゃい!」
紬が声をかけると、静香が片手をヒラヒラさせた。静香が姿が消えると、紬は階段を降り、外に出た。
紬は、ゴミステーションから留美が置いたゴミ袋をとって、中の包みを取り出した。胸に抱えると、帰宅の途についた。
静香と紬の専用チャットに紬からの伝言が入った。
「やまかみ文庫の「超理解 爬虫類ワールド」が欲しいです」
(つづく)
六年生になって、いよいよ女王として君臨するはずだった荒木舞(あらき まい)が、その座を自ら退いた。
同時に、子どもたちのうっ憤ばらしの標的だった大崎留美(おおさき るみ)の態度が豹変した。橋本紬に終始くっつき、子分を自称し始めたのだ。
紬の力を盾にした留美の態度は高慢だった。いじめられていた反動は大きい。
「紬さんに言いつけるよ!」
留美は気に食わないことがあると、紬を持ち出すようになっていた。紬の名前を留美は伝家の宝刀のごとく振りかざす。
「また、始まった」
留美の甲高い声を耳にして、寺田遥斗(てらだ はると)は言葉を地面に叩きつけた。勢力図が動いたその現実に、遥斗は気持ちの悪さを感じていた。
しかし、声に出せないもどかしさ。何より、荒木舞が手を引いたことに納得がいかない。
「このままでいいのか?」
遥斗は何度か舞を問い詰めた。
「うん、平和なんだし、いいんじゃね?」
舞はめんどくさそうに答え、勉強があるから、と早々に家路につく。舞の背中を見送り、残された遥斗はイライラと石ころを蹴飛ばした。
数日後、遥斗は大崎留美に声をかけられた。留美に声をかけられる日が来るとは思ってもいなかった! 遥斗は舌をうった。
「図書室の本、返してないでしょ」
「うるさいな!」
反射的に怒鳴ってしまい遥斗は、後悔する。そういえば、留美は図書委員になったんだ、と遥斗は思いだした。橋本紬の腰ぎんちゃくになってから、留美は積極的に学校活動に関わり始めていた。それが更にうざいかった。舞が沈黙した以上、うかつに反抗するのは得策とはいえなかった。
留美の後ろにいるのは、紬であり、紬のバックにはクチナシ工場長が控えているのだから。
後悔先に立たず、気まずさを押し殺して遥斗はランドセルから本を取り出した。留美に本を押し付けた。
「これでいいだろ!」
留美に言い捨てると、遥斗は駆けて去って行った。
留美は遥斗の背中を見送ると
「今までどれだけ我慢してきたと思っているんだ!」
留美は遥斗から受け取った本を持って、人通りのない場所に移動した。遥斗から押し付けられた本を開き、ページを一枚破いた。
「まだ、足りない」
留美はページを更に破く。紙くずを落とさないように慎重に、しかし、ページをたぐっては破く。やがて、本はズタズタになった。留美は原型をとどめないほど破壊して、少しすっきりとした。
留美は用意していた紙袋を取り出し、ズタボロにした本を丁寧に梱包した。更にそれを、クチナシ市指定のゴミ袋にいれて、ゴミステーションに置いた。これで中味を知られないですむはずだ、と留美は笑みを作った。いじめられ続けて学んだ『嫌がらせの方法』は有効活用しなくちゃいけないのだ。
留美は慎重に行動したはずだった。しかし、留美は見過ごしていた。ゴミステーションの横の建物が七瀬産業のビルであることを。
紬が窓から、下の道路で本を破いて捨てている大崎留美をじっと見ていた。
「どうしたの?」
「あ、お母さん。なんでもないよ」
紬が振り返ると、及川静香に笑顔を向けた。
「また会議?」
静香が苦笑する。
「そう会議。もう少ししたら、また会議。顔見たかった」
静香は紬の頬を手で優しく撫でた。
「お母さんとは、今週ずっとすれ違っていたもんね」
紬は静香と話すことができて、嬉し気な表情を浮かべる。
「学校の帰り、寄り道させてごめんね」
紬が静香の手を振りほどかないように小さく顔を横にふった。
「お母さんと話せたのが嬉しい」
「紬に元気もらったから、また仕事できる」
静香はそう言うともう一度、紬の頬を手で包み込み、紬のおでこに額をコツンとあてた。
「気を付けて帰ってね」
「大丈夫、気を付けて帰る」
「工場長、移動します」
静香は建物の奥からかけられた声に反応して、紬から離れた。
「じゃあね」
静香が紬に背を向け歩き出す。
「いってらっしゃい!」
紬が声をかけると、静香が片手をヒラヒラさせた。静香が姿が消えると、紬は階段を降り、外に出た。
紬は、ゴミステーションから留美が置いたゴミ袋をとって、中の包みを取り出した。胸に抱えると、帰宅の途についた。
静香と紬の専用チャットに紬からの伝言が入った。
「やまかみ文庫の「超理解 爬虫類ワールド」が欲しいです」
(つづく)
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