いじめられない子供

ぽんたしろお

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4 及川静香の方針

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 「海王を辞めさせるのか?」
 電話の向こうにいる元夫・橋本徹(はしもと とおる)の声は困惑していた。
「単身赴任すればいいだけでは?」
 及川静香(おいかわ しずか)が反論してくるのは予想していた。
「あの娘といっしょに暮したいの。海王にいる必要はない。紬の学力なら全く問題な……」
 徹は静香の言葉を遮ぎった。
「転校していじめられたり、しないのか?」
 静香が一蹴した。
「私がそんなこと許すとでも思う?」
 強い語気に徹は怯んだ。
「そんな真似、できるわけがない、させない」
「子供に介入するのは……」
「介入なんかしない、空気を読んで向こうが動く」
 静香が言い切る。
「紬をきちんと守る。力学が働くだけの話」
「力学……」
 徹は言葉が続かなかった。徹は、改めて元妻を『強い』と思う。その強さが、離婚の理由だった。同時に静香のそれは、舞を強力に守るであろうことは間違いなかった。
 それでも、と徹は独り言の延長を静香に聞かせてしまう。
「いつか守り切れなくなるんだぞ?」
 徹の呟きに対して
「わかっている、でもね。傷付く日が一日でも先がいいと私は信じている」
 静香は一歩も引かなかった。
「純粋培養だけで?」
「そう、純粋培養だけでいく」

 クチナシ工場に赴任するの当たって、荒木沙耶(あらき さや)を家事代行に雇ったのは、事前調査をした結果だ。沙耶の娘・舞が子供社会を牛耳っているのを知ったうえで、だから採用したのだ。
 紬へ一切手だしをするな――荒木沙耶を家事代行に採用した真のメッセージ。クチナシ市の住民に対する静香の明確なメッセージは周知徹底された。静香はその手ごたえを受け取って、紬を学校に送り出した。
 紬は静香によって子供たちが手だしをできない、「いじめられない子供」としてクチナシ市に君臨させようとしていた。

 人は人生をガチャに例える。親や環境もガチャなのだ。ガチャに従えば、静香自身はハズレガチャを引いた。ハズレガチャを、レアに引き上げスーパーレアに持っていくために必要だった全ての過程を静香は虚しく振り返る。こんな徒労を、自分の子供にさせたくなかった。
 当然、順調な人生などないわけで、必ず紬も大きく傷つく時がくる。しかし、それを子供のうちから経験させる意義を静香は見出すことができなかった。
 痛みは人生の中で短ければ短いほどいい。子供の時から痛みに耐える訓練をして何が楽しいのだろうか?、と。
 静香は、紬のための親ガチャ、環境ガチャをハズレにするつもりは一切なかった、親として与えることが可能なレアリティを存分に注ぎ込むのだ、と誓っているのだ。


(つづく)
 
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