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没落ワンコ、老犬になり、自転車からずるりと落ちる
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飼われワンコ、その一生は、人と比べて駆け足なわけで、それを止める手立てはない。大人になった今なら。今の倫理観や知識をその当時持っていれば。
見送ることも飼い主の責務だと認識し、対応できないまでも対応しようと努めていたと思う。
しかし、まだ生きることは老いること、そんな認識なぞ持てない十代だったから。
コロの鳴き声をからかう高校生がいた、その高校に私も入学した。そのあたりからコロの鳴き声が「アムオム」に変わって、コロがじいさんワンコになったことを私は実感し始める。
とはいえ、自分が成長期にある状態で、犬の老いを真正面から受け止めようとも思ってなかったのが実際のところだ。
コロの老化に気が付いて以降。じいさんになってからのコロの老化は速度を増していた。
「アムオム」が「ハムホム」に変わったのは、私が高校二年のあたり。
私は進学を決め、実家のある町を出る決心を固めていた。地方の町に大学はなかった。大学進学を希望することは、そのまま町を出ることを意味していた。
小学生からいっしょだったコロとも、とうとう別れて暮らすことになるのだな、それが私の認識だった。
高校三年になって、じいさんのコロの鳴き声は「ハフホフ」になっていた。すでにやかましい鳴き声も出ないほどに老化が進んでいたのだ。
コロが静かになった。寝ていることが多くなった。それでもコロは外犬で、私は受験勉強に気を取られていた。
実家は決してお金持ちではない。出世したとはいえ、地方の一企業のサラリーマンにすぎない父の給料には限界がある。
母も働いていたが、家計に余裕があるわけではなかった。
私の進学を反対しなかった両親だが、条件は付けられた。
「公立大学であること」
一人暮らしの生活費と学費を考えると、ギリギリの条件だった。
一月、今でいうところの共通テストに私は挑んだ。結果、予想以上に答えがまぐれ当たりしていた(マークシート方式なので、あり得る)。第一希望の大学に挑戦できる、そんな点数だったのだ。
受かる自信なんてなかったくせに、周囲の期待にのせられて、私は第一希望の大学受験を決めた。
二月、厳冬の季節。
コロの老いは、ひき返せない状態になっていた。
受験勉強がまったくはかどらない中、私は唐突にコロにこだわりだした。受験生の立場を最大限利用した我儘をいい始めたのだ。それを、受験勉強からの逃避だと認めるほど私は大人ではなかった。
「コロを家の中に入れたい。今の状態のコロを外に置くのは耐えられない」
コロはずっと外犬だったし、慣れ親しんだ犬小屋もある。ヨボヨボゆえ、慣れ親しんだ場所におくべきではないか? 両親は渋った。もはや寝てばかりのコロは、自らの手入れもできなくなって、かなり汚れていたのもある。
両親に割と従順だった私は、ここに来て、たてついた。
コロが死にそうだ。コロを寒い外に出しておくのは嫌だ。コロを家に入れてくれ。コロが外にいたら気がかりで勉強なんて集中できない。
コロに関係なく、勉強に集中できていなかったくせに、私はコロを利用した。
コロを家の裏玄関に上げることに成功した私は、唐突にコロの介護に熱中し始めた。
コロは何を感じていたのだろうか? 慣れない家の中に最初、戸惑っていた様子は確かにあった。しかし、嫌だとしても、態度に出す体力は、すでにコロには残ってなかった。
衰弱していくコロを、動物病院に連れていくと、私は両親に訴え、実行に移した。
コロを動物病院に連れて行くために、初めて高校をさぼった。
私の通う高校は、いわゆる進学校ではなかったので、高校三年の三学期も普通に授業があったのだ。さぼった私のことを、高校の同級生は『受験勉強で煮詰まった』と思っていたらしい。
コロを動物病院に連れていくために、私は自転車の荷台に段ボールをくくりつけ、そこに弱々なコロを載せることにした。
バランスの悪い設置状況の自転車を漕ぐのは無理で、押しながら歩いた。
ほんとに間抜けな話だが、さぼった高校の目の前の道路を、コロを乗せた自転車を押し歩くことに疑問を持ちもしなかった。
あげく、その高校の目の前で、コロを自転車の段ボールからずるりと落とす失態をしでかした。
コロが死んじゃう、と私は大いに慌て、コロを段ボールに戻し、再び動物病院に向けて、自転車を押し始めた。
翌日、高校に行って初めて、その一部始終を同級生に見られていたことを知った。
受験勉強に煮詰まって学校をさぼったあげく、ヨボヨボの犬を自転車から落とす様は、かなり奇怪だったようだ。私は高校生活三年間で同級生に初めて心配される事態に陥った。
(つづく)
見送ることも飼い主の責務だと認識し、対応できないまでも対応しようと努めていたと思う。
しかし、まだ生きることは老いること、そんな認識なぞ持てない十代だったから。
コロの鳴き声をからかう高校生がいた、その高校に私も入学した。そのあたりからコロの鳴き声が「アムオム」に変わって、コロがじいさんワンコになったことを私は実感し始める。
とはいえ、自分が成長期にある状態で、犬の老いを真正面から受け止めようとも思ってなかったのが実際のところだ。
コロの老化に気が付いて以降。じいさんになってからのコロの老化は速度を増していた。
「アムオム」が「ハムホム」に変わったのは、私が高校二年のあたり。
私は進学を決め、実家のある町を出る決心を固めていた。地方の町に大学はなかった。大学進学を希望することは、そのまま町を出ることを意味していた。
小学生からいっしょだったコロとも、とうとう別れて暮らすことになるのだな、それが私の認識だった。
高校三年になって、じいさんのコロの鳴き声は「ハフホフ」になっていた。すでにやかましい鳴き声も出ないほどに老化が進んでいたのだ。
コロが静かになった。寝ていることが多くなった。それでもコロは外犬で、私は受験勉強に気を取られていた。
実家は決してお金持ちではない。出世したとはいえ、地方の一企業のサラリーマンにすぎない父の給料には限界がある。
母も働いていたが、家計に余裕があるわけではなかった。
私の進学を反対しなかった両親だが、条件は付けられた。
「公立大学であること」
一人暮らしの生活費と学費を考えると、ギリギリの条件だった。
一月、今でいうところの共通テストに私は挑んだ。結果、予想以上に答えがまぐれ当たりしていた(マークシート方式なので、あり得る)。第一希望の大学に挑戦できる、そんな点数だったのだ。
受かる自信なんてなかったくせに、周囲の期待にのせられて、私は第一希望の大学受験を決めた。
二月、厳冬の季節。
コロの老いは、ひき返せない状態になっていた。
受験勉強がまったくはかどらない中、私は唐突にコロにこだわりだした。受験生の立場を最大限利用した我儘をいい始めたのだ。それを、受験勉強からの逃避だと認めるほど私は大人ではなかった。
「コロを家の中に入れたい。今の状態のコロを外に置くのは耐えられない」
コロはずっと外犬だったし、慣れ親しんだ犬小屋もある。ヨボヨボゆえ、慣れ親しんだ場所におくべきではないか? 両親は渋った。もはや寝てばかりのコロは、自らの手入れもできなくなって、かなり汚れていたのもある。
両親に割と従順だった私は、ここに来て、たてついた。
コロが死にそうだ。コロを寒い外に出しておくのは嫌だ。コロを家に入れてくれ。コロが外にいたら気がかりで勉強なんて集中できない。
コロに関係なく、勉強に集中できていなかったくせに、私はコロを利用した。
コロを家の裏玄関に上げることに成功した私は、唐突にコロの介護に熱中し始めた。
コロは何を感じていたのだろうか? 慣れない家の中に最初、戸惑っていた様子は確かにあった。しかし、嫌だとしても、態度に出す体力は、すでにコロには残ってなかった。
衰弱していくコロを、動物病院に連れていくと、私は両親に訴え、実行に移した。
コロを動物病院に連れて行くために、初めて高校をさぼった。
私の通う高校は、いわゆる進学校ではなかったので、高校三年の三学期も普通に授業があったのだ。さぼった私のことを、高校の同級生は『受験勉強で煮詰まった』と思っていたらしい。
コロを動物病院に連れていくために、私は自転車の荷台に段ボールをくくりつけ、そこに弱々なコロを載せることにした。
バランスの悪い設置状況の自転車を漕ぐのは無理で、押しながら歩いた。
ほんとに間抜けな話だが、さぼった高校の目の前の道路を、コロを乗せた自転車を押し歩くことに疑問を持ちもしなかった。
あげく、その高校の目の前で、コロを自転車の段ボールからずるりと落とす失態をしでかした。
コロが死んじゃう、と私は大いに慌て、コロを段ボールに戻し、再び動物病院に向けて、自転車を押し始めた。
翌日、高校に行って初めて、その一部始終を同級生に見られていたことを知った。
受験勉強に煮詰まって学校をさぼったあげく、ヨボヨボの犬を自転車から落とす様は、かなり奇怪だったようだ。私は高校生活三年間で同級生に初めて心配される事態に陥った。
(つづく)
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