10 / 10
第10章
仮想空間の星
しおりを挟む
香奈のアバターのニックネーム:きなこ@
美優のアバターのニックネーム:もじゃ@
謎のアバター:u
羽太郎はたどたどしく説明を始めた――複雑で無秩序に張り巡らされたネット網を信号が走り回って、僕たちは「星の遊び場」にたどりついた。なぜ、僕がここに来ることができたのかはわからない。でも、ここにたどり着いたから香奈ちゃんを待つことが出来たんだ。
美優はまだ疑いをすてきれずにいた。
――もじゃ@:鳥と会話しているというのが、理解できない
アバターの表情が変わったわけではないのに、uが寂しそうなほほ笑みを浮かべたように香奈は感じた。
――u:ぼくは、もう、いんこでないんだとおもう
羽太郎の言葉は香奈の心をえぐった。 羽太郎はしゃべり続ける――僕と香奈ちゃんは、同じ空間にいない。たまたま、僕たちが繋がる線があったということ。
可愛がっていたペットの死を飼い主たちは「死んだ」と言いたがらない。香奈もそうだ。「羽太郎は星になった」と表現していた。 羽太郎は言う――僕は今、香奈ちゃんの言う「星」の状態だ。
美優は単刀直入に確認した。
――もじゃ@: 羽太郎は死後の世界にいるということ?
――u:うん、そうだよ。
――きなこ@:そ、そんなふうに簡単に肯定したら嫌だよ、 羽太郎
スマホの画面を凝視する香奈の目から涙がボトボト落ちた。
スマホの向こう側から 羽太郎は香奈に向かって訴えかけた――僕と香奈ちゃんは同じ空間にはいない。でも香奈ちゃんは僕がいないことを認められないでいるんだよね。
香奈は涙で顔がぐしゃぐしゃにしながらつぶやいた。
「だって……だって……」
――u:だからここで、香奈ちゃんを待った。ここは「星」の集まる場所だもの。
美優はuの雰囲気が柔らかく変わったのを感じた。納得できたかといえばうそになる。でもuと香奈を二人きりにしても大丈夫だと美優は思った。
なるほど「星の遊び場」ね、香奈を招待したのを後悔したことは撤回するよっ。私、いいことしてるじゃない、美優は心の中で自画自賛した。
さて。ここから先は私が入りこむべき領域ではないな、と美優は思う。
――もじゃ@:私、ログアウトするね
――u:香奈ちゃんを頼みます
uはあたまを下げた。美優はu―― 羽太郎と二度と会えないだろうとを感じていた。さよなら、 羽太郎。あんたと香奈の関係は嫉妬しちゃうくらい、羨ましいよ。
――もじゃ@:じゃ、きなこ@、またね
美優がログアウトした。
美優を見送ると、 羽太郎は再び香奈に話始めた。
――u:香奈ちゃんに伝えたいことがあるんだ。
――きなこ@:伝えたいこと?
羽太郎がうなづいた――僕は、香奈ちゃんにありがとうを言いたかったんだ。
「え?」
スマホの画面に向かって香奈はつぶやいた。 羽太郎は香奈に直接語り掛けてきた。
――香奈ちゃんは、僕にチューブを突っ込みながらいつも悲しそうにごめんね、ごめんねって言っていた。どうして謝るの? 僕が生きることができたのは、チューブを香奈ちゃんが突っ込んだおかげでしょ。
「 羽太郎……」
――僕は香奈ちゃんと過ごすことが出来て、幸せだったです。だから、悲しむのはやめて笑って欲しいです。
――ちゃんと見送ってもらえた僕は幸せです。
――別れがつらいから、飼うのは、きなこで終わりって思わないで欲しい
「 羽太郎……」
香奈は涙が止まらなかった。画面がぼやけるから涙は邪魔なのにな。いつの間にか、オカメのきなこが 羽太郎の指定席だった香奈の肩に乗って、静かに香奈に寄り添った。
――一生懸命、面倒をみてくれた香奈ちゃんが、僕が死んだあと、後悔してるのが悲しかった。僕は幸せなのに。僕は香奈ちゃんの笑った顔が好き
香奈は泣き続けていた。でも何だろう? 涙が悲しみのしずくから変化しているのを感じていた。
――生きてるときは伝えられなかった。香奈ちゃんの肩にのっていたときは、伝えられなかった。いっしょにいた時に伝えられなかった。
――死んでもう触れ合うことができない状態で、ようやく伝えることができたです。
羽太郎は画面を通して、香奈をまっすぐ見つめていた。
――香奈ちゃん、楽しい時間をありがとうございました
「 羽太郎……」
――僕と同じように香奈ちゃんと楽しい時間を過ごすことのできるインコが、また現れるといいな
「うん、そうだね」
香奈は、心の中にあった大きな氷の固まりが崩れていくのを感じた。
――間に合って良かった。接続がきれそう……
「ま、また会えるっ?」
香奈が画面に叫ぶ。
――また、会えたらいいなぁ。
画面からuがすっと消えた。
「 羽太郎!」
画面には主のいない部屋が表示されているままだった。
数か月後――。
学校から帰宅すると香奈はいつものようにスマホの「星の遊び場」を開いた。同時にオカメのきなこと、まだ幼さが残るセキセイのピー太が、香奈の肩の争奪戦を始める。今はきなこが、そのサイズでなんとか勝利しているが、あと数か月で肩の座をピー太が奪取することになるだろうな、と香奈は苦笑いしながら二羽に言う。
「あー、うるさいねぇ、あんたたちは!」
香奈の言うことなどまったく聞かず、ギャーギャーケンカを続ける二羽を放っておいて、香奈は「星の遊び場」にログインした。
きなこ@の遊び場にuの足跡は今日もない。かわりにもじゃ@や学校の友達、遊び場で知り合った友達の足跡がごちゃごちゃついていた。
いつか、カオスがうごめいたとき、再びuが現れるのを信じて香奈は待っている――ここは「星の遊び場」なのだから。
(終わり)
後書き
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
ペットを飼っている全ての方に、同じペット飼いとして、同じペットロスに陥った者として、このお話を書きたかった。
ペットの最期をきちんと見送ることができるのは、ペットにも飼い主にも幸せなことなのだと思う、と。
謎めいた導入ゆえ、ペットロスがテーマであることを伏せてありましたが、読んでいただいた方の琴線に触れるお話になっているといいなと思っています。
「仮想空間の鳥」にお付き合いいただき、ありがとうございました!
美優のアバターのニックネーム:もじゃ@
謎のアバター:u
羽太郎はたどたどしく説明を始めた――複雑で無秩序に張り巡らされたネット網を信号が走り回って、僕たちは「星の遊び場」にたどりついた。なぜ、僕がここに来ることができたのかはわからない。でも、ここにたどり着いたから香奈ちゃんを待つことが出来たんだ。
美優はまだ疑いをすてきれずにいた。
――もじゃ@:鳥と会話しているというのが、理解できない
アバターの表情が変わったわけではないのに、uが寂しそうなほほ笑みを浮かべたように香奈は感じた。
――u:ぼくは、もう、いんこでないんだとおもう
羽太郎の言葉は香奈の心をえぐった。 羽太郎はしゃべり続ける――僕と香奈ちゃんは、同じ空間にいない。たまたま、僕たちが繋がる線があったということ。
可愛がっていたペットの死を飼い主たちは「死んだ」と言いたがらない。香奈もそうだ。「羽太郎は星になった」と表現していた。 羽太郎は言う――僕は今、香奈ちゃんの言う「星」の状態だ。
美優は単刀直入に確認した。
――もじゃ@: 羽太郎は死後の世界にいるということ?
――u:うん、そうだよ。
――きなこ@:そ、そんなふうに簡単に肯定したら嫌だよ、 羽太郎
スマホの画面を凝視する香奈の目から涙がボトボト落ちた。
スマホの向こう側から 羽太郎は香奈に向かって訴えかけた――僕と香奈ちゃんは同じ空間にはいない。でも香奈ちゃんは僕がいないことを認められないでいるんだよね。
香奈は涙で顔がぐしゃぐしゃにしながらつぶやいた。
「だって……だって……」
――u:だからここで、香奈ちゃんを待った。ここは「星」の集まる場所だもの。
美優はuの雰囲気が柔らかく変わったのを感じた。納得できたかといえばうそになる。でもuと香奈を二人きりにしても大丈夫だと美優は思った。
なるほど「星の遊び場」ね、香奈を招待したのを後悔したことは撤回するよっ。私、いいことしてるじゃない、美優は心の中で自画自賛した。
さて。ここから先は私が入りこむべき領域ではないな、と美優は思う。
――もじゃ@:私、ログアウトするね
――u:香奈ちゃんを頼みます
uはあたまを下げた。美優はu―― 羽太郎と二度と会えないだろうとを感じていた。さよなら、 羽太郎。あんたと香奈の関係は嫉妬しちゃうくらい、羨ましいよ。
――もじゃ@:じゃ、きなこ@、またね
美優がログアウトした。
美優を見送ると、 羽太郎は再び香奈に話始めた。
――u:香奈ちゃんに伝えたいことがあるんだ。
――きなこ@:伝えたいこと?
羽太郎がうなづいた――僕は、香奈ちゃんにありがとうを言いたかったんだ。
「え?」
スマホの画面に向かって香奈はつぶやいた。 羽太郎は香奈に直接語り掛けてきた。
――香奈ちゃんは、僕にチューブを突っ込みながらいつも悲しそうにごめんね、ごめんねって言っていた。どうして謝るの? 僕が生きることができたのは、チューブを香奈ちゃんが突っ込んだおかげでしょ。
「 羽太郎……」
――僕は香奈ちゃんと過ごすことが出来て、幸せだったです。だから、悲しむのはやめて笑って欲しいです。
――ちゃんと見送ってもらえた僕は幸せです。
――別れがつらいから、飼うのは、きなこで終わりって思わないで欲しい
「 羽太郎……」
香奈は涙が止まらなかった。画面がぼやけるから涙は邪魔なのにな。いつの間にか、オカメのきなこが 羽太郎の指定席だった香奈の肩に乗って、静かに香奈に寄り添った。
――一生懸命、面倒をみてくれた香奈ちゃんが、僕が死んだあと、後悔してるのが悲しかった。僕は幸せなのに。僕は香奈ちゃんの笑った顔が好き
香奈は泣き続けていた。でも何だろう? 涙が悲しみのしずくから変化しているのを感じていた。
――生きてるときは伝えられなかった。香奈ちゃんの肩にのっていたときは、伝えられなかった。いっしょにいた時に伝えられなかった。
――死んでもう触れ合うことができない状態で、ようやく伝えることができたです。
羽太郎は画面を通して、香奈をまっすぐ見つめていた。
――香奈ちゃん、楽しい時間をありがとうございました
「 羽太郎……」
――僕と同じように香奈ちゃんと楽しい時間を過ごすことのできるインコが、また現れるといいな
「うん、そうだね」
香奈は、心の中にあった大きな氷の固まりが崩れていくのを感じた。
――間に合って良かった。接続がきれそう……
「ま、また会えるっ?」
香奈が画面に叫ぶ。
――また、会えたらいいなぁ。
画面からuがすっと消えた。
「 羽太郎!」
画面には主のいない部屋が表示されているままだった。
数か月後――。
学校から帰宅すると香奈はいつものようにスマホの「星の遊び場」を開いた。同時にオカメのきなこと、まだ幼さが残るセキセイのピー太が、香奈の肩の争奪戦を始める。今はきなこが、そのサイズでなんとか勝利しているが、あと数か月で肩の座をピー太が奪取することになるだろうな、と香奈は苦笑いしながら二羽に言う。
「あー、うるさいねぇ、あんたたちは!」
香奈の言うことなどまったく聞かず、ギャーギャーケンカを続ける二羽を放っておいて、香奈は「星の遊び場」にログインした。
きなこ@の遊び場にuの足跡は今日もない。かわりにもじゃ@や学校の友達、遊び場で知り合った友達の足跡がごちゃごちゃついていた。
いつか、カオスがうごめいたとき、再びuが現れるのを信じて香奈は待っている――ここは「星の遊び場」なのだから。
(終わり)
後書き
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
ペットを飼っている全ての方に、同じペット飼いとして、同じペットロスに陥った者として、このお話を書きたかった。
ペットの最期をきちんと見送ることができるのは、ペットにも飼い主にも幸せなことなのだと思う、と。
謎めいた導入ゆえ、ペットロスがテーマであることを伏せてありましたが、読んでいただいた方の琴線に触れるお話になっているといいなと思っています。
「仮想空間の鳥」にお付き合いいただき、ありがとうございました!
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
転移先がかご中の飼われインコ⁉。中味は人間、どうすんの⁉
ぽんたしろお
ファンタジー
元飼い主の私は飼われインコとしてかごの鳥になりました。異世界での活躍は夢物語の現世転移。し・か・も、かごの中の飼われインコ。
状況を受け容れるしかない私は、インコの飼い主だった記憶で生きていく。飼い主だった記憶を徹底的に利用して、飼い主をだしぬく最強の飼われインコを目指すことにしたのだ。
インコの飼い主がインコになって、飼われインコの特性を駆使して、極上のインコ生活を目指した先にあるものはなんだ? ねぇ、なんだっ⁉ なんなんだぁぁぁあああっ
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
コンカツ~ありふれた、けれど現実的じゃない物語~
音無威人
恋愛
お見合い専門のオンラインゲーム『コンカツ』に熱中する日々を送る蟻口光太。ポジティブぼっちな彼はある日、『コンカツ』の中で毒舌系美少女クラリと出会う。
「ごめんなさい。私暗くて惨めで情けなくてへぼくて地味でクズでゴミでダメダメな男性を見抜く力に昔からとっても長けているんですよね」
いきなり毒を吐かれた蟻口はなぜかクラリとコミュ障改善トレーニングに励むことになり……?
ポジティブぼっち男子と毒舌系ナルシスト美少女のちょっとおかしなラブコメもの。
※小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる