仮想空間の鳥

ぽんたしろお

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第9章

カオス(混沌)

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香奈のアバターのニックネーム:きなこ@
美優のアバターのニックネーム:もじゃ@
謎のアバター:u


 香奈は 羽太郎うたろうの死に冷静だった。
「 羽太郎うたろう、ありがとう」
 旅立った 羽太郎うたろうをなでながら、静かに別れを告げた。あっけない別れ方であった。

 両親の心配をよそに香奈は淡々と受験に臨みそして合格した。高校生活の準備、入学、高校生活のスタート――香奈は感情の抑揚の日々をすごしていた。
 感情を出さない香奈を新しいクラスメイトは、クールで近寄りがたく感じていた。香奈は次第にクラスで孤立した状態になっていった。でも香奈は、むしろそれでいいと思っていた。
香奈がペットロスの状態に陥っていると感じた両親は、香奈に新しくインコを迎えてはどうかと提案したが、香奈は首を横にふった。
「心配しなくて大丈夫だから。きなこがいればいいよ」
とだけ答えた。

 でも、ほんとは。ほんとは、全然大丈夫なんかじゃなかった。足元から崩れ落ちそうな自分をなんとか、持ちこたえるには感情を石にするしか、香奈にはできなかったのだ。
 誰かに優しくされたら、いきなり泣き崩れてしまいそうだった。
 気が付くと 羽太郎うたろうの意思がわからないまま、介護を続けた自分の行為が正しかったのかと考えていた。自己満足のために自分は 羽太郎うたろうを利用していただけではないか?  羽太郎うたろうへの献身という自分を演出して高校へ合格したことを美談にしたかっただけではないか(実際、成功したようだ)? 香奈は自分を嫌いになりそうで思考を停止した。人としてどうよ? だからクラスメイトとも距離をおいた。
 美優と会うのも避けた。高校生活に忙殺されて、日々が過ぎていくのが、ありがたかった。とにかく人間的な感情から逃げたかった。

 しかしどこまでいっても、自分の問いかけから逃げることはできない。日々が落ち着くにつれ、香奈は寂しさと後悔と自己嫌悪に押しつぶされそうになっていた。そんなとき、美優からラインで連絡がきたのだ。
「見知らぬアバターがきなこ@のサイトをうろついている」と。
  羽太郎うたろうとの思い出のつまった仮想空間――「星の遊び場」を開くと更新作業が長く続き、香奈は 羽太郎うたろうとの「思い出」と対峙する強い気持ちを持っていないことに気が付いた。
香奈は 羽太郎うたろうの死を何一つ受け入れていなかった。「星の遊び場」を閉じると、 羽太郎うたろうが逝ってから初めて、香奈は声を上げて泣いた。オカメのきなこを頬ずりしながら――
 ほんのちょっとだけ、香奈の頑なだった心が緩んだ。しかし、香奈は再び堅い殻で心を武装してしまう。仮想空間でuが待っているのを知らずに。

 香奈が心の鎧をひきはがして、u―― 羽太郎うたろうが待ち続ける遊び場にログインするためには、美優が混乱と怒りにまみれた感情のかたまりをたたきつけた電話が、どうしても必要だったのだ。

 u――羽太郎と再開した香奈は、興奮していた。こらえていた感情が一気に流れ出す。
――きなこ@:羽太郎!会いたかった、会いたかったよ!
――u:あえてよかった。ずっとまってたんだ。
――きなこ@:もっと早く来れば良かった、待たせてごめんね。
――u:あえたんだから、あやまらないで
――きなこ@: 羽太郎うたろうと話してるって不思議な感じがするね
――u:うん
――きなこ@:美優に連絡しなきゃいけないんだ、ちょっと待っててね。
――きなこ@:美優が 羽太郎うたろうを誤解して怖がっているんだよね。
 香奈は連絡を待っている美優にラインでメッセージを入れた。
『uはストーカーなんかじゃなかったの! 美優、信じられないかもしれないけど、uは 羽太郎うたろうだったんだよ!』
今まで抑えていたものが解放されたメッセージだった。
 美優は送られてきた香奈メッセージの内容に驚き、そして困惑した。uが 羽太郎うたろう?  羽太郎うたろうはこの世にいない鳥なのに? 

 メッセージを読むと、美優は急いで「星の遊び場」にログインした。今回はためらうことなく、uのスペースへ移動する。予想していた通り、uと香奈のアバターきなこ@がいた。
――きなこ@:あ、美優
 香奈が美優のアバターに気付いて声をかけた。
――もじゃ@:ここでは、もじゃ@って呼んでよ。知らない人だっているんだし
 美優は語気を強めた。香奈はむっとした。uは「知らない人」ではない。
――きなこ@:じゃあ、もじゃ@(これでいい?)、uは知らない人じゃない、 羽太郎うたろうだよ
――もじゃ@:信じられない。だって羽太郎うたろうは死んだんだよ?
 香奈の浮かれ具合に水をぶっかけてやりたい気分になった美優がストレートに事実を突きつけた。
――きなこ@:そんな言葉、使わないでよっ。ひどすぎるよ!
 香奈も感情的に反論する。二人の間はどんどん嫌な雰囲気になってきた。香奈では埒が明かない、美優はuに問いかけた
――もじゃ@:あなたが 羽太郎うたろうという証拠みせてよ
 uは静かにもじゃ@を見つめた
――u:以前、ここであった人だ。みゆちゃんだったんだ
――もじゃ@:そうよ。さっき、きなこ@がしゃべったものね!
――u:みゆちゃん、なんどもかなちゃんのへやにあそびにきているよね
 美優は黙ったまま、uを伺う。
――u:ぼくがびょういんからかえってきたひもきていた。かなちゃんがぼくにちゅーぶいれるのみて、おどろいた
――もじゃ@:なんで知ってるの……?
 香奈が教えたのだろうか? でも、ここに私のアバターが乗り込むのを予想して、香奈がそんなに手の込んだ騙し方を美優にするだろうか? 違う、香奈がそんな性格でないことは、美優が一番よく知ってる……。
uは続けた。
――u:そのあとで、かなちゃんといっしょに じゅくいった
 美優は言葉が出なかった。確かに、あの日香奈が羽太郎に流動食を給餌するのにショックを受けた。香奈の進路変更の決意の固さを思い知った瞬間だった。
――もじゃ@:ほんとに…… 羽太郎うたろうなの?
 uはコクンとうなづいた。
――もじゃ@:でも、 羽太郎うたろうは死んだんだよ……
 美優がつぶやくと香奈が激しく遮った。
――きなこ@:だから、そんな言葉聞きたくないっていってるでしょ!
 香奈が続ける。
――きなこ@:会えたんだよ、 羽太郎うたろうに。私はそれで充分なの。わからない?
――もじゃ@:わからない。私はまだ納得できていない
――きなこ@:美優には関係ない。これは私と 羽太郎うたろうのことなんだから、もう消えてよ!
 香奈の言葉は棘を含んできた。

 険悪な空気になった二人を止めたのはuだった。
――u:かそうくうかんって、かおすなんだよ
――きなこ@:カオス?
――u:かおすはね、こんとんとしたじょうたいをいうんだ
羽太郎が語り始めた……




(つづく)


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