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第8章
香奈の闘い、そして
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香奈のアバターのニックネーム:きなこ@
美優のアバターのニックネーム:もじゃ@
謎のアバター:u
時期的にぎりぎりの進路変更。合格ラインぎりぎりの志望校。学校の授業も塾の授業も緊迫度が増していく。自宅での学習は更に苛酷だった。睡眠時間を削り、香奈の受験勉強は熾烈を極めた。
学習の合間に羽太郎の給餌と排泄補助。
ようやく寝ても、朝、学校に出かける前に羽太郎の世話をする時間が必要だったから、眠くても疲れていても、以前より早く起きなければならなかった。
香奈の疲労はみるみる蓄積していった。しかし、香奈は全てをこなした。羽太郎に給餌をしながら、介護をしながら、生きることに必死の羽太郎を見ていれば、香奈は受験勉強を耐えることが出来た。
かまってもらえないオカメのきなこが「キュウ~」と寂しげに鳴きつつも、それ以上の要求はしなかった。まるで、香奈の立場をわかっているかのようだった。
きなこ@の遊び場に
「しばらくログインできないかもしれません、ごめんなさい」
と書き込んで以来、スマホの画面を開くことはなくなった。それでも「星の遊び場」を退会しなかったのは、受験が終わったら羽太郎を肩にのせ、きなこに邪魔されながら美優のアバターのもじゃ@とまた遊ぶ日を来るの信じたかったから。
しかし、羽太郎の体調は波うちながら、静かにフェードダウンしていった。
低い場所にとりつけてあった止まり木から落ちるようになって止まり木ははずされた。ペットシーツが敷かれた鳥かごの中で静かに眠っていることが多くなった。ろうそくの火が徐々に小さくなるように……。
そして羽太郎のからだが、流動食さえ受け付けなくなってきた。不本意ながらも流動食を受け入れていた羽太郎が、流動食を拒否する。どこから搾り出してくるのだろう、渾身の力でからだをばたつかせ、チューブを拒否することが多くなった。
――なんでこんなひどいことするの?
羽太郎の抗議を香奈は受け入れなかった。
「お願いだから!暴れないで!! 衰弱しちゃうっ! 流動食はやめることはできない、ごめんね、ごめんね」
理解できない羽太郎に香奈は涙目で諭し、それでも流動食を押し入れた。
羽太郎も香奈も限界だった。受験は二週間後に迫っていた。
その日、塾はお休みだった。明日からは「直前!集中講座」が始まる。決戦前の静けさのような日がぽっかりできた。
自宅学習も思いがけぬほど順調で、一区切りついた。香奈は羽太郎の流動食の時間にはまだ早いなぁと思いつつ、鳥かごを見た。
いつのまに春の日差しになっていたんだね。やさしい光が鳥かごを包み羽太郎もきなこも気持ちよさそうに目を細めて日ざしを楽しんでいた。
香奈はきなこの鳥かごの扉をあけた。次に羽太郎をそっと取り出す。香奈が流動食用のチューブを持ってないことがわかった羽太郎がうれしそうだった。一人と二羽は春の日差しに溶け込んでおだやかな時間の流れに身をゆだねる。
久しぶりに香奈は「星の遊び場」を開いた。きなこがはりきって、スマホを齧り始め、それを香奈が笑いながら阻止する。羽太郎がもそもそと動き始め、香奈の肩によじのぼろうとした。
「肩にのっていられそうなの?」
驚きながら香奈は羽太郎にたずね、慎重に羽太郎を自分の肩にのせた。
いつ以来だろう? 羽太郎はほんとに調子がよかった。足の指に力があって、香奈の肩にその力が伝わってきた。
久しぶりのきなこ@の遊び場だ。
美優のアバター繭音@の足跡が二回ほどついてるだけだ。美優も受験勉強にスパートをかけているのを感じる。
次に遊びにくるのは、受験が終わってからだなと香奈は思った。
きなこ@の遊び場には、美優がプレゼントしてくれたインコアイテムのうたろう@が部屋の主のような顔で以前と同じ場所にいばって座っていた。
「うたろう@に部屋のっとられているなぁ」
肩の羽太郎に話しかけると、羽太郎が当然だと言わんばかりに
「ビヨっ」
と鳴いた。なんて穏やかな時間なんだろう? 香奈と二羽のインコは暖かい日差しに包まれていた。
あとから香奈は思った。あの穏やかな時間は、羽太郎の命のろうそくの最後にきらめきだった。香奈ときなこにくれた「思い出」という名の羽太郎からの贈り物だったのだと。
羽太郎は、香奈が塾に行っている間に静かに旅立った。受験の三日前だった。
(つづく)
美優のアバターのニックネーム:もじゃ@
謎のアバター:u
時期的にぎりぎりの進路変更。合格ラインぎりぎりの志望校。学校の授業も塾の授業も緊迫度が増していく。自宅での学習は更に苛酷だった。睡眠時間を削り、香奈の受験勉強は熾烈を極めた。
学習の合間に羽太郎の給餌と排泄補助。
ようやく寝ても、朝、学校に出かける前に羽太郎の世話をする時間が必要だったから、眠くても疲れていても、以前より早く起きなければならなかった。
香奈の疲労はみるみる蓄積していった。しかし、香奈は全てをこなした。羽太郎に給餌をしながら、介護をしながら、生きることに必死の羽太郎を見ていれば、香奈は受験勉強を耐えることが出来た。
かまってもらえないオカメのきなこが「キュウ~」と寂しげに鳴きつつも、それ以上の要求はしなかった。まるで、香奈の立場をわかっているかのようだった。
きなこ@の遊び場に
「しばらくログインできないかもしれません、ごめんなさい」
と書き込んで以来、スマホの画面を開くことはなくなった。それでも「星の遊び場」を退会しなかったのは、受験が終わったら羽太郎を肩にのせ、きなこに邪魔されながら美優のアバターのもじゃ@とまた遊ぶ日を来るの信じたかったから。
しかし、羽太郎の体調は波うちながら、静かにフェードダウンしていった。
低い場所にとりつけてあった止まり木から落ちるようになって止まり木ははずされた。ペットシーツが敷かれた鳥かごの中で静かに眠っていることが多くなった。ろうそくの火が徐々に小さくなるように……。
そして羽太郎のからだが、流動食さえ受け付けなくなってきた。不本意ながらも流動食を受け入れていた羽太郎が、流動食を拒否する。どこから搾り出してくるのだろう、渾身の力でからだをばたつかせ、チューブを拒否することが多くなった。
――なんでこんなひどいことするの?
羽太郎の抗議を香奈は受け入れなかった。
「お願いだから!暴れないで!! 衰弱しちゃうっ! 流動食はやめることはできない、ごめんね、ごめんね」
理解できない羽太郎に香奈は涙目で諭し、それでも流動食を押し入れた。
羽太郎も香奈も限界だった。受験は二週間後に迫っていた。
その日、塾はお休みだった。明日からは「直前!集中講座」が始まる。決戦前の静けさのような日がぽっかりできた。
自宅学習も思いがけぬほど順調で、一区切りついた。香奈は羽太郎の流動食の時間にはまだ早いなぁと思いつつ、鳥かごを見た。
いつのまに春の日差しになっていたんだね。やさしい光が鳥かごを包み羽太郎もきなこも気持ちよさそうに目を細めて日ざしを楽しんでいた。
香奈はきなこの鳥かごの扉をあけた。次に羽太郎をそっと取り出す。香奈が流動食用のチューブを持ってないことがわかった羽太郎がうれしそうだった。一人と二羽は春の日差しに溶け込んでおだやかな時間の流れに身をゆだねる。
久しぶりに香奈は「星の遊び場」を開いた。きなこがはりきって、スマホを齧り始め、それを香奈が笑いながら阻止する。羽太郎がもそもそと動き始め、香奈の肩によじのぼろうとした。
「肩にのっていられそうなの?」
驚きながら香奈は羽太郎にたずね、慎重に羽太郎を自分の肩にのせた。
いつ以来だろう? 羽太郎はほんとに調子がよかった。足の指に力があって、香奈の肩にその力が伝わってきた。
久しぶりのきなこ@の遊び場だ。
美優のアバター繭音@の足跡が二回ほどついてるだけだ。美優も受験勉強にスパートをかけているのを感じる。
次に遊びにくるのは、受験が終わってからだなと香奈は思った。
きなこ@の遊び場には、美優がプレゼントしてくれたインコアイテムのうたろう@が部屋の主のような顔で以前と同じ場所にいばって座っていた。
「うたろう@に部屋のっとられているなぁ」
肩の羽太郎に話しかけると、羽太郎が当然だと言わんばかりに
「ビヨっ」
と鳴いた。なんて穏やかな時間なんだろう? 香奈と二羽のインコは暖かい日差しに包まれていた。
あとから香奈は思った。あの穏やかな時間は、羽太郎の命のろうそくの最後にきらめきだった。香奈ときなこにくれた「思い出」という名の羽太郎からの贈り物だったのだと。
羽太郎は、香奈が塾に行っている間に静かに旅立った。受験の三日前だった。
(つづく)
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