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第7章
香奈の決意
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香奈のアバターのニックネーム:きなこ@
美優のアバターのニックネーム:もじゃ@
謎のアバター:u
「進路希望を公立に変更したい」
両親にとってそれは、あまりにも思いがけない言葉だった。親友の美優と評判のいい私立に行くのが、香奈の希望であり、両親の希望でもあったのだから。
「がんばって公立受かります」
「公立って、合格するかしないかギリギリのラインのあの高校のことよね?」
母はが確かめると、香奈はうなづいた。
「希望の私立、とてもいい学校じゃない。私たちも賛成して決めたわよね?」
「でも、お金がかかるんでしょ?」
「あなたが高校にいくくらいは、ちゃんと工面している」
「そのお金で……羽太郎を助けてくださいっ!」
「な…」
再び両親は絶句した。香奈の目からまた涙がこぼれてきた。
「ちゃんと勉強します。羽太郎の面倒もみます。絶対公立うかります。だから羽太郎を助けてあげてください!」
それまで黙っていた父がきつい口調で香奈に問いかけた
「おまえのこれからの人生と寿命だと言われるまで長生きした羽太郎と、どっちが大事だと思うんだ?」
「羽太郎に決まってる!」
即答だった。
「羽太郎は私の弟だ。私は羽太郎が大事です!」
泣きながらそれでも、声の頑なさは全てのアドバイスを跳ね飛ばした。再び訪れたしばしの沈黙。
父が静かに香奈にたずねた
「公立、絶対受かるんだな? 途中で変更がきかない時期なのはわかっているな?」
「はい」
「自分のいったことに責任をもてるのか?」
「はい」
ティッシュの山を築きながらも、香奈の声には、はっきりとした決意があった。
「共働きの私たちは、羽太郎の面倒をみきれないのだよ? 勉強と羽太郎の介護を両立させることの意味を分かっているの?」
「やります」
母が言った。
「今日、病院でみたわよね? 流動食をのどの奥にいれるのを。あれを毎日数回やるっていったら、どれだけ大変か、あなたは全然わかってないよね?」
香奈はうなづいた。
「わかっていない。でも、やらなきゃ、羽太郎が死んじゃうんでしょ。それなら私はどんなに大変でも、わかってなくても羽太郎が生きていてくれるならやるんだ!」
香奈の決心はあくまでも頑なで、固い石のようだった。
「お願いしますっ。もし、お金が足りないなら塾もやめますっ」
「いいかげんにしろ!」
「塾までやめて、公立受かるレベルでないだろうっ! 羽太郎のことで頭がいっぱいで、自分を見失うなっ!」
ビクッ、父の怒鳴り声に香奈は体が震えた。でも香奈はここで崩れることはできないと父をキッと見返した。決意は変えない。
父と母は顔を見合わせた。自分たちの子供の性格はわかっている。二人はほぼ同時に大きくため息を吐きだした。
「学校の先生にも連絡しなきゃね。塾にも連絡して公立コースに変更だわ」
「おとうさん、おかあさん、ありがとう」
「私たちが出来るのはここまでだ。あとは、全部お前の責任だ。途中で投げ出すのは、絶対許さない、わかったな?」
「はい」
香奈が自室に戻ると、父と母は再び顔を見合わせた。香奈の将来を羽太郎が変えてしまっていいのだろうか? 答えが出る問題ではなかった。
そしての香奈と羽太郎の闘いの日々が始まったのだ……。
羽太郎が入院した日から一週間、香奈は塾を休んで、動物病院に通った。羽太郎の顔を見るためと、もう一つ大事な訓練があったから。
自力で餌を食べる力がなくなった鳥を生かすためには流動食を与えるしかない。のどの奥のそのうという内臓に直接流動食を注入するのだ。間違えれば、呼吸器官に流動食をいれかねないし、その失敗は羽太郎の死である。どうしても、流動食の訓練は必要であった。
二日ほど羽太郎の流動食の様子を観察した。三日目、体力の回復してきた羽太郎に香奈は初めて流動食を流し込んだ。慣れない手つきにあばれる羽太郎を抑え込む。くちばしをこじあけ、チューブを差し込む手が震えた。間違えれば即死だ。躊躇が香奈の心にしのびこむ。しかし、香奈の手つきを見ていた獣医さんは的確に指示した。
「動きをとめない。躊躇するほど、羽太郎君は苦しい時間が長くなるんだよ」
決して器用とはいえない香奈だったが必死さが上達を早めた。羽太郎に流動食をを流し込む一連の作業は日々上達し、比例するように羽太郎の体力も回復した。
香奈から事情をきいた美優は、とても残念がったけれど、香奈に
「学校なんて違ったって友達だよ?」
と言ってくれた。香奈はすごく嬉しかった。
一週間後。羽太郎は退院して、香奈の部屋に戻ってきた。鳥かごの中は高い場所の止まり木は外され、介護仕様の配置になっていた。
「ゲゲッ」
羽太郎は抗議したが、残念ながらその要求は却下された。
その日、美優は羽太郎の退院祝いと香奈の塾復帰をかねて、香奈の部屋に遊びにきていた。
香奈が流動食を羽太郎に与える様子は、美優にはかなりショッキングな光景だった。
「毎日そんなふうにするの?」
「毎日っていうか一日3回ぐらい、体重計って与える回数は調整することになるけど」
「えー!!」
「本来自然の中で鳥は飛ぶためにたくさんエネルギーが必要でいっぱい餌食べるんだ。でも矛盾しているけれど飛ぶのにからだは軽い方がいい。だから、消化時間がすごく短い。消化すればまた食べる。食べ続けなきゃ生き続けることができない運命なんだよ、鳥って」
「ふ、ふーん……大変なんだね……」
美優にはちょっと理解しかねて、そう返事するのが精一杯だった。
「さて、一週間ぶりに塾行くか!」
そっと羽太郎をかごに戻すと、香奈は美優に向かって笑った。
「コース変更したから、いっしょに帰れなくなるけど行くときは、これからもよろしくね」
「了解。さて、行きますか」
「羽太郎、行ってくるね」
二人は塾にでかけるために立ち上がった。香奈は顔をひきしめた。闘わねばならぬ敵は、ラスボス級なのだから。
(つづく)
美優のアバターのニックネーム:もじゃ@
謎のアバター:u
「進路希望を公立に変更したい」
両親にとってそれは、あまりにも思いがけない言葉だった。親友の美優と評判のいい私立に行くのが、香奈の希望であり、両親の希望でもあったのだから。
「がんばって公立受かります」
「公立って、合格するかしないかギリギリのラインのあの高校のことよね?」
母はが確かめると、香奈はうなづいた。
「希望の私立、とてもいい学校じゃない。私たちも賛成して決めたわよね?」
「でも、お金がかかるんでしょ?」
「あなたが高校にいくくらいは、ちゃんと工面している」
「そのお金で……羽太郎を助けてくださいっ!」
「な…」
再び両親は絶句した。香奈の目からまた涙がこぼれてきた。
「ちゃんと勉強します。羽太郎の面倒もみます。絶対公立うかります。だから羽太郎を助けてあげてください!」
それまで黙っていた父がきつい口調で香奈に問いかけた
「おまえのこれからの人生と寿命だと言われるまで長生きした羽太郎と、どっちが大事だと思うんだ?」
「羽太郎に決まってる!」
即答だった。
「羽太郎は私の弟だ。私は羽太郎が大事です!」
泣きながらそれでも、声の頑なさは全てのアドバイスを跳ね飛ばした。再び訪れたしばしの沈黙。
父が静かに香奈にたずねた
「公立、絶対受かるんだな? 途中で変更がきかない時期なのはわかっているな?」
「はい」
「自分のいったことに責任をもてるのか?」
「はい」
ティッシュの山を築きながらも、香奈の声には、はっきりとした決意があった。
「共働きの私たちは、羽太郎の面倒をみきれないのだよ? 勉強と羽太郎の介護を両立させることの意味を分かっているの?」
「やります」
母が言った。
「今日、病院でみたわよね? 流動食をのどの奥にいれるのを。あれを毎日数回やるっていったら、どれだけ大変か、あなたは全然わかってないよね?」
香奈はうなづいた。
「わかっていない。でも、やらなきゃ、羽太郎が死んじゃうんでしょ。それなら私はどんなに大変でも、わかってなくても羽太郎が生きていてくれるならやるんだ!」
香奈の決心はあくまでも頑なで、固い石のようだった。
「お願いしますっ。もし、お金が足りないなら塾もやめますっ」
「いいかげんにしろ!」
「塾までやめて、公立受かるレベルでないだろうっ! 羽太郎のことで頭がいっぱいで、自分を見失うなっ!」
ビクッ、父の怒鳴り声に香奈は体が震えた。でも香奈はここで崩れることはできないと父をキッと見返した。決意は変えない。
父と母は顔を見合わせた。自分たちの子供の性格はわかっている。二人はほぼ同時に大きくため息を吐きだした。
「学校の先生にも連絡しなきゃね。塾にも連絡して公立コースに変更だわ」
「おとうさん、おかあさん、ありがとう」
「私たちが出来るのはここまでだ。あとは、全部お前の責任だ。途中で投げ出すのは、絶対許さない、わかったな?」
「はい」
香奈が自室に戻ると、父と母は再び顔を見合わせた。香奈の将来を羽太郎が変えてしまっていいのだろうか? 答えが出る問題ではなかった。
そしての香奈と羽太郎の闘いの日々が始まったのだ……。
羽太郎が入院した日から一週間、香奈は塾を休んで、動物病院に通った。羽太郎の顔を見るためと、もう一つ大事な訓練があったから。
自力で餌を食べる力がなくなった鳥を生かすためには流動食を与えるしかない。のどの奥のそのうという内臓に直接流動食を注入するのだ。間違えれば、呼吸器官に流動食をいれかねないし、その失敗は羽太郎の死である。どうしても、流動食の訓練は必要であった。
二日ほど羽太郎の流動食の様子を観察した。三日目、体力の回復してきた羽太郎に香奈は初めて流動食を流し込んだ。慣れない手つきにあばれる羽太郎を抑え込む。くちばしをこじあけ、チューブを差し込む手が震えた。間違えれば即死だ。躊躇が香奈の心にしのびこむ。しかし、香奈の手つきを見ていた獣医さんは的確に指示した。
「動きをとめない。躊躇するほど、羽太郎君は苦しい時間が長くなるんだよ」
決して器用とはいえない香奈だったが必死さが上達を早めた。羽太郎に流動食をを流し込む一連の作業は日々上達し、比例するように羽太郎の体力も回復した。
香奈から事情をきいた美優は、とても残念がったけれど、香奈に
「学校なんて違ったって友達だよ?」
と言ってくれた。香奈はすごく嬉しかった。
一週間後。羽太郎は退院して、香奈の部屋に戻ってきた。鳥かごの中は高い場所の止まり木は外され、介護仕様の配置になっていた。
「ゲゲッ」
羽太郎は抗議したが、残念ながらその要求は却下された。
その日、美優は羽太郎の退院祝いと香奈の塾復帰をかねて、香奈の部屋に遊びにきていた。
香奈が流動食を羽太郎に与える様子は、美優にはかなりショッキングな光景だった。
「毎日そんなふうにするの?」
「毎日っていうか一日3回ぐらい、体重計って与える回数は調整することになるけど」
「えー!!」
「本来自然の中で鳥は飛ぶためにたくさんエネルギーが必要でいっぱい餌食べるんだ。でも矛盾しているけれど飛ぶのにからだは軽い方がいい。だから、消化時間がすごく短い。消化すればまた食べる。食べ続けなきゃ生き続けることができない運命なんだよ、鳥って」
「ふ、ふーん……大変なんだね……」
美優にはちょっと理解しかねて、そう返事するのが精一杯だった。
「さて、一週間ぶりに塾行くか!」
そっと羽太郎をかごに戻すと、香奈は美優に向かって笑った。
「コース変更したから、いっしょに帰れなくなるけど行くときは、これからもよろしくね」
「了解。さて、行きますか」
「羽太郎、行ってくるね」
二人は塾にでかけるために立ち上がった。香奈は顔をひきしめた。闘わねばならぬ敵は、ラスボス級なのだから。
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