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第5章
u
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香奈のアバターのニックネーム:きなこ@
美優のアバターのニックネーム:もじゃ@
謎のアバター:『u』
現在――。
見知らぬアバターが香奈の遊び場を訪れているという美優からの連絡で「星の遊び場」の退会を決めた香奈だったが、久しぶりに見る「星の遊び場」の画面に激しく動揺し、退会処理をできないままスマホを投げ出してしまった。
「u」はきなこ@の遊び場に立っていた。今日もいない。きなこ@はもうここには来ないのだろうか?あんなに楽しそうだったのに?
uが立ち尽くしていると、別のアバターが現れた。もじゃ@だ。
「星の遊び場」は友人が退会すると、名前の代わりに「退会したユーザー」と表示されるはずだ。しかし、もじゃ@の友人一覧からきなこ@が「退会したユーザー」と変わらないので、美優は少しイライラしていた。
美優がきなこ@の遊び場を開くと、そこに「u」がいた。鉢合わせの可能性はあるとわかっていたはずなのに、美優は思わず画面にむかって「ひっ!」と叫び声をあげた。
とはいえ、画面上では、もじゃ@がuの横に突っ立っているだけだ。
どうすればいいんだろう? 話しかければいいのか? でも何を? 美優は心を決めた。
――もじゃ@:こんにちは
――もじゃ@:ちょっと尋ねたいことがあるんですが
uはまったく反応しない。無視された?美優の中で怖さよりも怒りの方が膨らんだ。
――もじゃ@:あなたはきなこ@と知り合いなの?
――u:きなこ……
もっさりとした反応はもじゃ@に対するものでなかった。uはもじゃ@などまったく目に入っていない。きなこ@にしか興味がない――美優は再び恐怖を感じた。この人、絶対変だ。
――u:いない……
それだけ言い残してuはすっと消えた。画面の前で美優は震えていた。
uは自分のサイトに戻ると仕上げにとりかかる。そのアイテムを部屋の真ん中に置いた。これで気付いてくれる。ここにくれば、僕をわかってくれる、僕は待っているんだよ、きなこ@……香奈ちゃん……
美優はラインのメッセージでなく通話を選んだ。香奈は事の重大さをわかっていない! その想いは、電話がつながると爆発した。
「久しぶ……」
香奈の声をさえぎって美優は叫んだ。
「早く退会しなよっ!」
いきなり耳に飛び込んできた美優の怒鳴り声に香奈はたじろいだ。
「え……。ごめん。そうしようとは思っている。でも……」
「でもじゃない、そんな悠長な時間なんてないの! 香奈、あんた完全にターゲットにされているよ! 今すぐ! 今すぐ退会処理して。お願いだから!」
「……ねぇ、美優怒ってるのはわかるし、謝るけど…」
「全然わかってないっ! 今、『u』会ったんだから」
「え!?」
『u』と言ったとたん、再び強い恐怖が美優を襲った。美優が感じた恐怖は電話ごしに香奈に伝わってきた。自分を心配してくれているというのが、ストレートに香奈の心に響く。
「ごめん……ほんとにごめん。怖い思いしたんだよね。ごめん、手続きしようとしたんだけど……結局できなかったんだ」
謝りながら香奈は涙がぼろぼろこぼれてきた。怖い思いをしながら、香奈を心配して怒ってくれている美優の優しさが、申し訳なかった。
美優も少し落ち着きを取り戻した。そして、怒りの反動は美優を落ち込ませた。
「怒鳴ってごめん。取り乱しちゃった……。でも、お願いだから退会処理して。香奈、あんたの身に何かあったら、私……、「星の遊び場」に誘った私が悪いんだ……」
電話越しに2人は黙り込んだ。沈黙を破ったのは香奈だった。
「今から退会処理する。終わったら連絡する」
「うん、わかった」
「じゃあ、切るね」
通話を終了すると、香奈は「星の遊び場」を立ち上げた。オカメインコのきなこが飛んできた。見守るとでも言っているかのようだった。
「ありがとう」
「ビョッ」
今度こそ退会手続きをすませよう、と香奈は強く思った。数日前に立ち上げた時のような更新作業はなかった。
ほどなくきなこ@の遊び場が表示された。
きなこ@の遊び場に残されている足跡を見て戦慄が走る。美優のアバターもじゃ@の足跡をかき消す勢いで、その足跡が主張していた。
u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u……
美優が言ってた通りだ。尋常でない物を感じる。でも最初の恐怖が去ると、なぜか暖かい感情が心に広がっていった。オカメのきなこも、画面に魅入っている。
uーあなたは誰? 香奈は、uに導かれuの遊び場に移動した。
uの遊び場が画面に映し出された。
「これって……」
美優が言っていた通りだった。きなこ@の部屋を懸命に模倣した配置がそこにあった。ただ一つを除いては。きなこ@の部屋にもそれは配置してあった。美優は知らない。なぜなら家具の後ろにそれは隠したからだった。
数ヶ月前がよみがえる。
香奈は楽しそうに羽太郎ときなこに相談していた。
「わざわざ用意したこの鳥かごを隠すよ。仮想空間に鳥かごは必要ない。だから隠すの。いいよね?」
「ぴょぴょっ」
羽太郎ときなこと相談して、隠した鳥かご。
それがの『u』の部屋のど真ん中に設置されていた。
香奈への明確なメッセージ。
――鳥かご――
それは、羽太郎ときなこと香奈しか知らない秘密のアイテム。羽太郎?
羽太郎――『u』
香奈の中でカチッとボタンがはまった。信じられなかった、でも間違いない。羽太郎だ。羽太郎がここにいるのだ。
羽太郎……
羽太郎!
羽太郎――っ!
(つづく)
美優のアバターのニックネーム:もじゃ@
謎のアバター:『u』
現在――。
見知らぬアバターが香奈の遊び場を訪れているという美優からの連絡で「星の遊び場」の退会を決めた香奈だったが、久しぶりに見る「星の遊び場」の画面に激しく動揺し、退会処理をできないままスマホを投げ出してしまった。
「u」はきなこ@の遊び場に立っていた。今日もいない。きなこ@はもうここには来ないのだろうか?あんなに楽しそうだったのに?
uが立ち尽くしていると、別のアバターが現れた。もじゃ@だ。
「星の遊び場」は友人が退会すると、名前の代わりに「退会したユーザー」と表示されるはずだ。しかし、もじゃ@の友人一覧からきなこ@が「退会したユーザー」と変わらないので、美優は少しイライラしていた。
美優がきなこ@の遊び場を開くと、そこに「u」がいた。鉢合わせの可能性はあるとわかっていたはずなのに、美優は思わず画面にむかって「ひっ!」と叫び声をあげた。
とはいえ、画面上では、もじゃ@がuの横に突っ立っているだけだ。
どうすればいいんだろう? 話しかければいいのか? でも何を? 美優は心を決めた。
――もじゃ@:こんにちは
――もじゃ@:ちょっと尋ねたいことがあるんですが
uはまったく反応しない。無視された?美優の中で怖さよりも怒りの方が膨らんだ。
――もじゃ@:あなたはきなこ@と知り合いなの?
――u:きなこ……
もっさりとした反応はもじゃ@に対するものでなかった。uはもじゃ@などまったく目に入っていない。きなこ@にしか興味がない――美優は再び恐怖を感じた。この人、絶対変だ。
――u:いない……
それだけ言い残してuはすっと消えた。画面の前で美優は震えていた。
uは自分のサイトに戻ると仕上げにとりかかる。そのアイテムを部屋の真ん中に置いた。これで気付いてくれる。ここにくれば、僕をわかってくれる、僕は待っているんだよ、きなこ@……香奈ちゃん……
美優はラインのメッセージでなく通話を選んだ。香奈は事の重大さをわかっていない! その想いは、電話がつながると爆発した。
「久しぶ……」
香奈の声をさえぎって美優は叫んだ。
「早く退会しなよっ!」
いきなり耳に飛び込んできた美優の怒鳴り声に香奈はたじろいだ。
「え……。ごめん。そうしようとは思っている。でも……」
「でもじゃない、そんな悠長な時間なんてないの! 香奈、あんた完全にターゲットにされているよ! 今すぐ! 今すぐ退会処理して。お願いだから!」
「……ねぇ、美優怒ってるのはわかるし、謝るけど…」
「全然わかってないっ! 今、『u』会ったんだから」
「え!?」
『u』と言ったとたん、再び強い恐怖が美優を襲った。美優が感じた恐怖は電話ごしに香奈に伝わってきた。自分を心配してくれているというのが、ストレートに香奈の心に響く。
「ごめん……ほんとにごめん。怖い思いしたんだよね。ごめん、手続きしようとしたんだけど……結局できなかったんだ」
謝りながら香奈は涙がぼろぼろこぼれてきた。怖い思いをしながら、香奈を心配して怒ってくれている美優の優しさが、申し訳なかった。
美優も少し落ち着きを取り戻した。そして、怒りの反動は美優を落ち込ませた。
「怒鳴ってごめん。取り乱しちゃった……。でも、お願いだから退会処理して。香奈、あんたの身に何かあったら、私……、「星の遊び場」に誘った私が悪いんだ……」
電話越しに2人は黙り込んだ。沈黙を破ったのは香奈だった。
「今から退会処理する。終わったら連絡する」
「うん、わかった」
「じゃあ、切るね」
通話を終了すると、香奈は「星の遊び場」を立ち上げた。オカメインコのきなこが飛んできた。見守るとでも言っているかのようだった。
「ありがとう」
「ビョッ」
今度こそ退会手続きをすませよう、と香奈は強く思った。数日前に立ち上げた時のような更新作業はなかった。
ほどなくきなこ@の遊び場が表示された。
きなこ@の遊び場に残されている足跡を見て戦慄が走る。美優のアバターもじゃ@の足跡をかき消す勢いで、その足跡が主張していた。
u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u u……
美優が言ってた通りだ。尋常でない物を感じる。でも最初の恐怖が去ると、なぜか暖かい感情が心に広がっていった。オカメのきなこも、画面に魅入っている。
uーあなたは誰? 香奈は、uに導かれuの遊び場に移動した。
uの遊び場が画面に映し出された。
「これって……」
美優が言っていた通りだった。きなこ@の部屋を懸命に模倣した配置がそこにあった。ただ一つを除いては。きなこ@の部屋にもそれは配置してあった。美優は知らない。なぜなら家具の後ろにそれは隠したからだった。
数ヶ月前がよみがえる。
香奈は楽しそうに羽太郎ときなこに相談していた。
「わざわざ用意したこの鳥かごを隠すよ。仮想空間に鳥かごは必要ない。だから隠すの。いいよね?」
「ぴょぴょっ」
羽太郎ときなこと相談して、隠した鳥かご。
それがの『u』の部屋のど真ん中に設置されていた。
香奈への明確なメッセージ。
――鳥かご――
それは、羽太郎ときなこと香奈しか知らない秘密のアイテム。羽太郎?
羽太郎――『u』
香奈の中でカチッとボタンがはまった。信じられなかった、でも間違いない。羽太郎だ。羽太郎がここにいるのだ。
羽太郎……
羽太郎!
羽太郎――っ!
(つづく)
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