仮想空間の鳥

ぽんたしろお

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第2章

香奈

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 香奈のニックネーム:きなこ@
 美優のニックネーム:もじゃ@
 謎のアバター名:u



 美優からのラインを読んだ香奈は
「わかった。連絡ありがとう」
続けて
「退会手続きとる」
 と返信した。
「了解、それがいいと思う」
美優からの返事を確認した香奈は、「星の遊び場」のアイコンを見つめた。
美優の誘われて始めたゲームで、受験の息抜きに遊んだだけだ。「星の遊び場」で香奈の素性を知っているのは美優だけだ。美優と交流する以外はほぼソロプレイスタイルだった。

 香奈は今、激しい寂寥感と無気力感の中にいた。受験、高校合格、入学準備、入学ー忙しい日々で気が紛れていただけだった。日常に落ち着きが戻り始めたとき、香奈を再び襲った寂しさは、香奈の本来の明るさを奪い取ってしまっていた。
 ソロプレイスタイルだったが、高校入学の前日に「しばらくログインできないかもしれません、ごめんなさい」というメッセージを残した。
メッセージは美優に向けてのものだった。
「ちょっと、ゲームで遊ぶ気になれないから、ログインしないよ」
 美優も香奈のメッセージを理解している、長い付き合いの二人だ。美優には香奈の気持ちは痛いほど通じていた。

 放っておけば自分の遊び場は廃れていくだけだろうと思っていた。しかし、見知らぬアバターがうろついていると美優は言う。美優はまだ「星の遊び場」を楽しんでいる。
 香奈の遊び場に残っている美優の足跡を追って、見知らぬアバターが美優の遊び場を荒らしに行く可能性は捨てきれない。
 美優の遊び場にトラブルが飛び火する前に退会処理をするのが最善の策だ、と香奈は思った。
 スマホの「星の遊び場」のアイコンを久しぶりにタップした。長い間ログインしていなかったためなのか、更新作業が続く。スマホを持つ香奈の手が小刻みに震えてきた。更新が終わって香奈の遊び場がスマホに表示された。
 その途端、香奈の目から涙がボトボト音をたてて落ちてきた。 耐えきれなかった。
「星の遊び場」の画面に「来てくれてありがとう! 待っていたよ!」というメッセージが現れたところで「星の遊び場」を閉じると、香奈は声を上げて泣き始めた。感情が波になって溢れてコントロールできなくなっていた。
 寂しいよ、寂しくて耐えられないよ‼

 鳥かごの中にいたオカメインコが、びっくりして香奈を見つめた。香奈は泣きながら、かごからオカメインコを捕まえると多少強引に頬に押し付けた。
「きなこ、きなこ……」
「びゃ、びゃぁ」
 オカメインコのきなこは嫌がってあばれたが、香奈はきなこを頬に押し付けたまま泣き続けた。香奈は数か月抑え込んでいた悲しさがあふれ出すのを感じていた。あれから何も変わっていなかった、と香奈は思い知ったのだった。




(つづく)




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