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第15章
インコな日々
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マリカさんとコウヘイさんは入籍した。挙式披露宴はしないらしい、今時のカップルだ。
ただ、結婚を機に引っ越しをすることになった。インコ的にはこれが一番大きな事件だった。元人間だから、引っ越しの大変さは理解できる。引っ越す「人間」が一番大変だ。しかし、そんなこと理解できない他のインコたちは、段ボールが積みあがって刻一刻と変化する部屋の様子に、緊張が解けない状態が続いた。
「りょうちゃん、よくどっしり落ち着いていられるね」
オカメのグレ子が冠羽を逆立てながら、話しかけてきた。
「だって、見ているだけでいいのだから気楽なもんよ」
遠い過去になってしまったけれど、私も引っ越しは体験したことがある。そういえば、インコ見て移動するだけのインコがお気楽だなぁなんて思ってしまったっけ。インコにだってわけのわからないストレスはかかっていることには気が及ばなかったな。
「気持ちが落ち着かない時は、私に話しかければいいよ。私は慣れているから」
引っ越し作業のドタバタと新しい住まいでの荷ほどきのドタバタを、私は楽しんでいた。
引っ越し先の部屋の内装は明るく綺麗だった。新生活にピッタリで私もとても気に入った。引越して三日間、マリカさんは、仕事を休んで荷物整理にあけくれた。コウヘイさんは、仕事が忙しいことを口実にとんずらしたらしい。
「こういう時に仕事が忙しいって、いい訳にしか聞こえないよね!」
ブツブツ言いながらも、作業を進めるマリカさんは、とても嬉しそうだった。この三日間、私はすごく幸せだった。他のインコ達はまだ環境になじめず、放鳥時間も尻ごみしていたので、私は邪魔されることもなくノビノビと飼い主の肩にのって飼い主を独占出来て嬉しかったのだ。
部屋が綺麗に片付いた頃、コウヘイさんが「仕事が落ち着いた」とノコノコ部屋に出入りし始め(どうやら友達の所にいたようだ)、他のインコ達も慣れて調子が戻って元気に鳴き出した。マリカさんは仕事に出かけ始め、新しい生活が、徐々に回転しはじめた。
二人は記念写真を撮ることを決めたようだ。
朝、マリカさんとコウヘイさんががバタバタと部屋を飛び出して行く。日中は、インコ達だけの時間だ。餌を食べて毛繕いをして昼寝して、散歩にかご抜けをして。日が落ちるとちょっと眠って二人の帰りを待つ。
電灯が点いて、まぶしい光の中にマリカさんかコウヘイさんの帰宅を確認する。ノビをして用意してもらった夜の餌を食べていると、遅くなった方も帰宅する。マリカさんとコウヘイさんが落ち着き、インコたちも餌を食べ終わると、かごから出してもらう時間だ。
かごから出してもらったらマリカさんの肩争奪戦始めてさ、それに敗れたインコはコウヘイさんの肩の争奪戦を始める。やはり、最初から飼ってくれているマリカさんが、人気なのだ。コウヘイさんがやや不満そうな顔をしているが仕方がないことだと思う。
私はコウヘイさんの不満そうな顔をみると、コウヘイさんの元に行くようにしていた。インコが原因でケンカされたらたまったもんじゃないからね。
そんなことををしているうちに、かごに戻され一日が終わる。
こうして、新しい日常が徐々に構築されていった。
軌道にのった日常の時間の流れの中で、私はその日が近づいてくるのを感じていた。夜、暗いかごの中で私はふうっと深く息をついた。
二人が記念写真を撮影する日まで……撮影さえ終ったら……。写真を最高の笑顔で撮ってもらいたかった。それは、祈りに近い私の想いであった。
そして結婚記念写真の撮影の日。朝、二人は仲良く出発した。
私は、部屋から出ていく二人を見送った。
二人が出て行ったドアをどれほど眺めていたのだろう? 可能ならば二人が部屋に帰ってくるのを温かく迎えいれたかった。
でも、もう限界だ、と私のからだは主張していた。ごめんね、マリカさん……。グラリとからだが揺れた。止まり木から降りよう。私は必死に止まり木から床に降りた。ドタッ……力が入らない。しょうがないなぁ。そのままズルリと倒れ込んだ。
「りょうちゃん、どうしたのっ!?」
異変を感じたセキセイのグリ子がかごにへばり付いて私に呼んでいる。私は力を振り絞ってゆっくり顔を上げた。
グリ子もハル男も、グレ子も、いち子もつぎ男も――みんな私を見ていた。みんなの顔を目にしっかり焼きつける。素敵なインコな日々をありがとう。
まだまだマリカさんコウヘイさん夫婦と仲間のインコ達といっしょに、この部屋で新たな時間を刻んで暮らしたかった。
でもそれはもう無理だから。はぁ……疲れた。かごの端でからだを横たえた。目が、だんだん霞んできたみたい。
ありがとう、そしてさようなら……。
目から溢れた涙が頬をつたった。
「ねぇ ねぇ」
誰かが呼ぶ声がきこえた。ん?
「もしもし、聞こえてる?」
ゴシゴシ腕で涙をぬぐって、目を開けてみて思わず腰を抜かしそうになった。そこには、かご越しに青い色のインコ私が私をのぞきこんでいたからだ。
私が私を見てるって、どういうことさ? 無意識に頬の涙をぬぐったけれど。涙流してたの、私?
インコって涙なんて流したっけ?? そこまで考えて、自分のからだに視線を落としてびっくりした。
うわっ! 人間だっ! インコじゃない⁉ じゃあ、ここどこ? 天国?
ぐるりとまわりを見回す。……ペットショップ? 足元にはショルダーバッグとクリスマスケーキが置いてあって。
クリスマスケーキとペットショップ……五秒の空白の後、私が元の姿で元の時間――クリスマスイブ、実家に帰省するバスに乗る前――に戻ったことが、だんだん理解できてきた。
夢?……夢を見ていたのか? 私はぼんやり自問した。
しかし、その問いを否定するがごとく目の前の青いセキセイ(私?)が、私にぎゃあぎゃあしゃべりかけてきた。夢だというなら、なぜ私はセキセイの言葉がわかるのだ? 夢だから理解できるのか? 混乱してるよ、私…
「どうだった? 楽しかった?」
目をキラキラさせて、インコが尋ねてきた。
「ってことは……あんたの仕業だったの?」
青いインコは首をかしげた。仕業という意味がわからないようだ。
「あんた、インコになってみたいって言ったでしょ?」
そう言われて、おぼろげながら自分の発言を思い出した。そうだ、バイトはクビになるし、彼氏には捨てられるし、私すっかり気持ちがクサクサしていたのだっけ。
「だから、私は眠って私のからだをちょっと貸してあげたんだよ」
人間に対して上から目線のインコの態度に、私はちょっとムカッとした。
「どうして、そんなことしたのよ? あんた、私のからだに入って何かしでかしたわけじゃないでしょうね?」
私が怒鳴るとインコは、クスクス笑った。
「なんで、人間のからだなんかに入らなきゃならないの? からだの持ち主でさえ嫌がっていたってのに?」
インコがフンと鼻を鳴らした。私は反論できず口ごもる。インコは続けた。
「だから、さっきも言ったけれど、私は眠っていただけ。あんたにからだを貸してあげた横で眠っていたの」
そう言うとちょっと間を置いて、インコはキラキラした瞳で私を見つめてきた。
「今日は、クリスマスイブだから。クリスマスプレゼントだよ」
クリスマスイブだから……?クリスマスプレゼントだと……? 私はぼんやりとインコをながめた。まだ状況を飲み込めてはいなかった。
と。ここまで高飛車だったインコが、突然モジモジと下を向いた。それから顔を上げると決心したように私に言った。
「で、相談なんだけど。これって運命の出会いって呼べる状況だと思わない?」
「運命の出会い?」
インコはまたモジモジしながら、でも言葉を続けた。
「だから、ね、私の飼い主になってもらえない……かな?」
ほんとにモジモジオズオズとインコは、私の顔を伺った。平気そうな顔と態度とは裏腹に、彼女は飼われることを夢見てここで飼い主になる人物を待ち続けていた、ということか?
クリスマスイブ、外のイルミネーションを眺めながら閉店時間が迫る店内でインコは、自分の前に立ち止まった女が「人間なんかもう嫌だ、インコになりたい」とつぶやいた言葉を、どんな気持ちで聞いていたのだろう?
その考えが私の頭をよぎった瞬間、私はインコの気持ちが、せつなくて愛おしくて、衝動的に彼女を手のひらに包み込んでしまいたくなった。
今まさしくその「運命」と私は出会ったのだ。
こいつを連れて行こう、と私は決心した。一晩バスに揺られるがヒナとはいえないほど成長したこのインコなら、なんとか我慢してくれるだろう。必要なのは、移動用のキャリーだな。
「ちょっと待っていてね」
私はそうインコに言い残すと、出口付近のレジにいる店員の元に駆け寄った。
「すみません、セキセイ用のキャリーありませんか?」
「あ、ちょっと待ってくださいね。今持ってきます」
そういうと、店員は店の奥に姿を消した。
私はインコのいるかごの前に戻った。期待で目をキラキラさせてインコは待ちかまえていた。
「連れて行ってもらえるの?」
私は笑顔で大きくうなずこう――とした。
その時。店の入り口が開く音がした。
「うひゃ~ 閉店前に間に合ったぁ!」
転がり込んできた女の人が言った。それはとても聞き覚えのある声だった。私は、反射的に振りかえった。そこにいたのは「飼い主」のマリカさんだった。
「な…」
事態は私の理解の範疇を超えていた。声が出ない……。
呆然と立ち尽くす私の横を「飼い主」のマリカさんが、足早にすり抜け、鳥の餌売り場で餌を選び始めた。
混乱した頭で、しかし私は必死にバラまかれた事態の破片をかき集めた。
やがて。ああ、そうなのか、そういうことなのか――
目が覚めてインコになって自分の名前を名乗った時、マリカさんは言っていた――
『うわぁ、セキセイのメスでも、おしゃべりできるの? すごいね! りょうちゃん、って言うの? 店員さんが教えていたのかな? それともお客さんの誰かかな? 売れ残ってすっかり店の主みたいな顔していたものね。でもあの時、あなたを連れて帰りたいと言うお客さんがいて、もう少し遅かったら他の人のインコになるところだったかもしれないんだってね。良かった、あんたをここに連れてくることができて』
マリカさんが連れて帰る前にいたお客って、私のことだったんだ……。
私はマリカさんをそっと見て、それから、もう一度期待で胸ふくらませたインコを見た。言いたくなかった。でも……私は頭を振ると、インコに話しかけた。
「ごめんね、私はあなたの飼い主にはなれない運命みたい」
言ったとたん、目から涙が溢れてきそうになった。期待が大きかっただけにインコの落胆ぶりも大きかった。
「どうしても? どうしても連れて行ってもらえない?」
私はそれには答えず、震える声で
「さっき、インコになって楽しかったか? ってきいたよね? すごく楽しかったよ。だからあなたの未来も、とても楽しくなる。私が約束する」
ようやくそれだけ言うと、ショルダーバッグとクリスマスケーキを持ち上げ、インコのかごの前から足早に立ち去った。
「ねぇ!待って!」
背後からインコが叫んだ。私が理解できたインコの言葉はここまでだった。
「ぴーーーっ!」
続いての叫び声は、インコの鳴き声になっていた。振り返るとかごに飛びついたインコと視線があった。合った視線をさえぎるようにマリカさんが立った。餌を抱えてインコのかごの前で立ち止まったマリカさんとインコの視線が合った……。
それが青いインコの運命の出会いになるのだ。
「お客さん、かごありましたよ」
店の奥からキャリーを抱えた店員さんが出てきた。
「ごめんなさい、買うのやめました。お手数かけてごめんなさい」
こぼれ落ちる涙を拭い、あっけにとられている店員さんにあやまると私は店を飛び出した。
悲しかったわけではなかった。ただただ、青いインコが愛しくて愛しくてたまらなかった。道を歩きながら、ポロポロと涙がこぼれた。やがて涙は止まり、凪の海のように静けさが心に広がって行った。
バスターミナルに着くと、待合室の端っこのイスに腰掛けた。
「そうだ、腐って後悔する前にクリスマスケーキ食べようかな」
クスッ。私はちょっと笑みがもれた。インコになって食べなかったと後悔したことを思い出したからだ。ガサゴソと包みをほどくと、クリスマスの小物に彩られたホールケーキが姿を現した。付属のカット用のプラスティックのナイフを手にとった。
「メリークリスマス」
小さく小さくつぶやくと、一口大に切り取ったケーキをパックリ頬張った。
今日の出来事を 私は一生忘れない。
やがて定刻 故郷に向かうバスが出発した。
(おわり)
ただ、結婚を機に引っ越しをすることになった。インコ的にはこれが一番大きな事件だった。元人間だから、引っ越しの大変さは理解できる。引っ越す「人間」が一番大変だ。しかし、そんなこと理解できない他のインコたちは、段ボールが積みあがって刻一刻と変化する部屋の様子に、緊張が解けない状態が続いた。
「りょうちゃん、よくどっしり落ち着いていられるね」
オカメのグレ子が冠羽を逆立てながら、話しかけてきた。
「だって、見ているだけでいいのだから気楽なもんよ」
遠い過去になってしまったけれど、私も引っ越しは体験したことがある。そういえば、インコ見て移動するだけのインコがお気楽だなぁなんて思ってしまったっけ。インコにだってわけのわからないストレスはかかっていることには気が及ばなかったな。
「気持ちが落ち着かない時は、私に話しかければいいよ。私は慣れているから」
引っ越し作業のドタバタと新しい住まいでの荷ほどきのドタバタを、私は楽しんでいた。
引っ越し先の部屋の内装は明るく綺麗だった。新生活にピッタリで私もとても気に入った。引越して三日間、マリカさんは、仕事を休んで荷物整理にあけくれた。コウヘイさんは、仕事が忙しいことを口実にとんずらしたらしい。
「こういう時に仕事が忙しいって、いい訳にしか聞こえないよね!」
ブツブツ言いながらも、作業を進めるマリカさんは、とても嬉しそうだった。この三日間、私はすごく幸せだった。他のインコ達はまだ環境になじめず、放鳥時間も尻ごみしていたので、私は邪魔されることもなくノビノビと飼い主の肩にのって飼い主を独占出来て嬉しかったのだ。
部屋が綺麗に片付いた頃、コウヘイさんが「仕事が落ち着いた」とノコノコ部屋に出入りし始め(どうやら友達の所にいたようだ)、他のインコ達も慣れて調子が戻って元気に鳴き出した。マリカさんは仕事に出かけ始め、新しい生活が、徐々に回転しはじめた。
二人は記念写真を撮ることを決めたようだ。
朝、マリカさんとコウヘイさんががバタバタと部屋を飛び出して行く。日中は、インコ達だけの時間だ。餌を食べて毛繕いをして昼寝して、散歩にかご抜けをして。日が落ちるとちょっと眠って二人の帰りを待つ。
電灯が点いて、まぶしい光の中にマリカさんかコウヘイさんの帰宅を確認する。ノビをして用意してもらった夜の餌を食べていると、遅くなった方も帰宅する。マリカさんとコウヘイさんが落ち着き、インコたちも餌を食べ終わると、かごから出してもらう時間だ。
かごから出してもらったらマリカさんの肩争奪戦始めてさ、それに敗れたインコはコウヘイさんの肩の争奪戦を始める。やはり、最初から飼ってくれているマリカさんが、人気なのだ。コウヘイさんがやや不満そうな顔をしているが仕方がないことだと思う。
私はコウヘイさんの不満そうな顔をみると、コウヘイさんの元に行くようにしていた。インコが原因でケンカされたらたまったもんじゃないからね。
そんなことををしているうちに、かごに戻され一日が終わる。
こうして、新しい日常が徐々に構築されていった。
軌道にのった日常の時間の流れの中で、私はその日が近づいてくるのを感じていた。夜、暗いかごの中で私はふうっと深く息をついた。
二人が記念写真を撮影する日まで……撮影さえ終ったら……。写真を最高の笑顔で撮ってもらいたかった。それは、祈りに近い私の想いであった。
そして結婚記念写真の撮影の日。朝、二人は仲良く出発した。
私は、部屋から出ていく二人を見送った。
二人が出て行ったドアをどれほど眺めていたのだろう? 可能ならば二人が部屋に帰ってくるのを温かく迎えいれたかった。
でも、もう限界だ、と私のからだは主張していた。ごめんね、マリカさん……。グラリとからだが揺れた。止まり木から降りよう。私は必死に止まり木から床に降りた。ドタッ……力が入らない。しょうがないなぁ。そのままズルリと倒れ込んだ。
「りょうちゃん、どうしたのっ!?」
異変を感じたセキセイのグリ子がかごにへばり付いて私に呼んでいる。私は力を振り絞ってゆっくり顔を上げた。
グリ子もハル男も、グレ子も、いち子もつぎ男も――みんな私を見ていた。みんなの顔を目にしっかり焼きつける。素敵なインコな日々をありがとう。
まだまだマリカさんコウヘイさん夫婦と仲間のインコ達といっしょに、この部屋で新たな時間を刻んで暮らしたかった。
でもそれはもう無理だから。はぁ……疲れた。かごの端でからだを横たえた。目が、だんだん霞んできたみたい。
ありがとう、そしてさようなら……。
目から溢れた涙が頬をつたった。
「ねぇ ねぇ」
誰かが呼ぶ声がきこえた。ん?
「もしもし、聞こえてる?」
ゴシゴシ腕で涙をぬぐって、目を開けてみて思わず腰を抜かしそうになった。そこには、かご越しに青い色のインコ私が私をのぞきこんでいたからだ。
私が私を見てるって、どういうことさ? 無意識に頬の涙をぬぐったけれど。涙流してたの、私?
インコって涙なんて流したっけ?? そこまで考えて、自分のからだに視線を落としてびっくりした。
うわっ! 人間だっ! インコじゃない⁉ じゃあ、ここどこ? 天国?
ぐるりとまわりを見回す。……ペットショップ? 足元にはショルダーバッグとクリスマスケーキが置いてあって。
クリスマスケーキとペットショップ……五秒の空白の後、私が元の姿で元の時間――クリスマスイブ、実家に帰省するバスに乗る前――に戻ったことが、だんだん理解できてきた。
夢?……夢を見ていたのか? 私はぼんやり自問した。
しかし、その問いを否定するがごとく目の前の青いセキセイ(私?)が、私にぎゃあぎゃあしゃべりかけてきた。夢だというなら、なぜ私はセキセイの言葉がわかるのだ? 夢だから理解できるのか? 混乱してるよ、私…
「どうだった? 楽しかった?」
目をキラキラさせて、インコが尋ねてきた。
「ってことは……あんたの仕業だったの?」
青いインコは首をかしげた。仕業という意味がわからないようだ。
「あんた、インコになってみたいって言ったでしょ?」
そう言われて、おぼろげながら自分の発言を思い出した。そうだ、バイトはクビになるし、彼氏には捨てられるし、私すっかり気持ちがクサクサしていたのだっけ。
「だから、私は眠って私のからだをちょっと貸してあげたんだよ」
人間に対して上から目線のインコの態度に、私はちょっとムカッとした。
「どうして、そんなことしたのよ? あんた、私のからだに入って何かしでかしたわけじゃないでしょうね?」
私が怒鳴るとインコは、クスクス笑った。
「なんで、人間のからだなんかに入らなきゃならないの? からだの持ち主でさえ嫌がっていたってのに?」
インコがフンと鼻を鳴らした。私は反論できず口ごもる。インコは続けた。
「だから、さっきも言ったけれど、私は眠っていただけ。あんたにからだを貸してあげた横で眠っていたの」
そう言うとちょっと間を置いて、インコはキラキラした瞳で私を見つめてきた。
「今日は、クリスマスイブだから。クリスマスプレゼントだよ」
クリスマスイブだから……?クリスマスプレゼントだと……? 私はぼんやりとインコをながめた。まだ状況を飲み込めてはいなかった。
と。ここまで高飛車だったインコが、突然モジモジと下を向いた。それから顔を上げると決心したように私に言った。
「で、相談なんだけど。これって運命の出会いって呼べる状況だと思わない?」
「運命の出会い?」
インコはまたモジモジしながら、でも言葉を続けた。
「だから、ね、私の飼い主になってもらえない……かな?」
ほんとにモジモジオズオズとインコは、私の顔を伺った。平気そうな顔と態度とは裏腹に、彼女は飼われることを夢見てここで飼い主になる人物を待ち続けていた、ということか?
クリスマスイブ、外のイルミネーションを眺めながら閉店時間が迫る店内でインコは、自分の前に立ち止まった女が「人間なんかもう嫌だ、インコになりたい」とつぶやいた言葉を、どんな気持ちで聞いていたのだろう?
その考えが私の頭をよぎった瞬間、私はインコの気持ちが、せつなくて愛おしくて、衝動的に彼女を手のひらに包み込んでしまいたくなった。
今まさしくその「運命」と私は出会ったのだ。
こいつを連れて行こう、と私は決心した。一晩バスに揺られるがヒナとはいえないほど成長したこのインコなら、なんとか我慢してくれるだろう。必要なのは、移動用のキャリーだな。
「ちょっと待っていてね」
私はそうインコに言い残すと、出口付近のレジにいる店員の元に駆け寄った。
「すみません、セキセイ用のキャリーありませんか?」
「あ、ちょっと待ってくださいね。今持ってきます」
そういうと、店員は店の奥に姿を消した。
私はインコのいるかごの前に戻った。期待で目をキラキラさせてインコは待ちかまえていた。
「連れて行ってもらえるの?」
私は笑顔で大きくうなずこう――とした。
その時。店の入り口が開く音がした。
「うひゃ~ 閉店前に間に合ったぁ!」
転がり込んできた女の人が言った。それはとても聞き覚えのある声だった。私は、反射的に振りかえった。そこにいたのは「飼い主」のマリカさんだった。
「な…」
事態は私の理解の範疇を超えていた。声が出ない……。
呆然と立ち尽くす私の横を「飼い主」のマリカさんが、足早にすり抜け、鳥の餌売り場で餌を選び始めた。
混乱した頭で、しかし私は必死にバラまかれた事態の破片をかき集めた。
やがて。ああ、そうなのか、そういうことなのか――
目が覚めてインコになって自分の名前を名乗った時、マリカさんは言っていた――
『うわぁ、セキセイのメスでも、おしゃべりできるの? すごいね! りょうちゃん、って言うの? 店員さんが教えていたのかな? それともお客さんの誰かかな? 売れ残ってすっかり店の主みたいな顔していたものね。でもあの時、あなたを連れて帰りたいと言うお客さんがいて、もう少し遅かったら他の人のインコになるところだったかもしれないんだってね。良かった、あんたをここに連れてくることができて』
マリカさんが連れて帰る前にいたお客って、私のことだったんだ……。
私はマリカさんをそっと見て、それから、もう一度期待で胸ふくらませたインコを見た。言いたくなかった。でも……私は頭を振ると、インコに話しかけた。
「ごめんね、私はあなたの飼い主にはなれない運命みたい」
言ったとたん、目から涙が溢れてきそうになった。期待が大きかっただけにインコの落胆ぶりも大きかった。
「どうしても? どうしても連れて行ってもらえない?」
私はそれには答えず、震える声で
「さっき、インコになって楽しかったか? ってきいたよね? すごく楽しかったよ。だからあなたの未来も、とても楽しくなる。私が約束する」
ようやくそれだけ言うと、ショルダーバッグとクリスマスケーキを持ち上げ、インコのかごの前から足早に立ち去った。
「ねぇ!待って!」
背後からインコが叫んだ。私が理解できたインコの言葉はここまでだった。
「ぴーーーっ!」
続いての叫び声は、インコの鳴き声になっていた。振り返るとかごに飛びついたインコと視線があった。合った視線をさえぎるようにマリカさんが立った。餌を抱えてインコのかごの前で立ち止まったマリカさんとインコの視線が合った……。
それが青いインコの運命の出会いになるのだ。
「お客さん、かごありましたよ」
店の奥からキャリーを抱えた店員さんが出てきた。
「ごめんなさい、買うのやめました。お手数かけてごめんなさい」
こぼれ落ちる涙を拭い、あっけにとられている店員さんにあやまると私は店を飛び出した。
悲しかったわけではなかった。ただただ、青いインコが愛しくて愛しくてたまらなかった。道を歩きながら、ポロポロと涙がこぼれた。やがて涙は止まり、凪の海のように静けさが心に広がって行った。
バスターミナルに着くと、待合室の端っこのイスに腰掛けた。
「そうだ、腐って後悔する前にクリスマスケーキ食べようかな」
クスッ。私はちょっと笑みがもれた。インコになって食べなかったと後悔したことを思い出したからだ。ガサゴソと包みをほどくと、クリスマスの小物に彩られたホールケーキが姿を現した。付属のカット用のプラスティックのナイフを手にとった。
「メリークリスマス」
小さく小さくつぶやくと、一口大に切り取ったケーキをパックリ頬張った。
今日の出来事を 私は一生忘れない。
やがて定刻 故郷に向かうバスが出発した。
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