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第12章
観察するインコ
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いつもの通り、夜飼い主が帰ってくる時間。
ドアの向こうでガチャガチャ鍵を開けるまでは、同じ手順だったが
「どうぞ 入って」
という声。どうやら、飼い主一人でない模様。
灯りが点いて、私たちインコが眩しさに目を細めつつ頭を上げると、人間の若い男が目の前に立っていた。飼い主に彼氏が出来たってことか?
それにしても、ちょっと黒づくめな感じの衣装は、インコには威圧感あるなぁ……と思っていたら案の定。
「きょ?きょ?…ぎょえ~~~~~っっっ!!!」
オカメのグレ子が悲鳴とともにかごん中で暴れだした。オカメパニックである。
「うおっ……ど、どうしよう、なんか暴れてるよ」
オロオロとしたその口調、むう、あんまりいんこ慣れしていないなと私はチェックを入れる。
「グレ子、わかった、わかった。落ち着こうね」
飼い主が素早く、かごの中のグレ子を掴むとかごから取り出し、両手で包むように抱っこした。グレ子の恐怖の波が、さっと引いていくのが傍目にもわかった。さすがに手慣れている。
飼い主はグレ子を抱っこしたまま、男に向かって
「これがオカメインコのグレ子。すごい怖がりなの」
続けて
「あと こちらがセキセイ。ハル男とグリ子とりょうちゃん」
と私たちインコの紹介をしているが、あのね。
で。この男の名前は? 出身は? 仕事は? 家族は?
私は、飼い主の小姑のような気分で頭の中に男への質問が湧いてきた。しかし、やっぱり私達には、紹介なしのようだ。
飼い主は、飼われインコにもきちんと紹介すべきである! 人間が飼い鳥に自己紹介しないこと――インコになって一番、飼い主に頭がきたことだ、全世界のペット飼いに主張したい。
ペット飼ったら、自己紹介をせよ! 飼い主の名前と住所ぐらい知る権利はペットにだってあるのだっ‼
私が、また飼い主の自己紹介問題に脱線していることを気が付かない飼い主と男は、私たちをネタに会話していた。
「オカメインコってのは 初めて見た……小さい頃、実家で飼っていた鳥はセキセイだったからなつかしいな。こんな感じの緑色の鳥だったよ」
男はグリ子を指差して、飼い主の方に振りかえった。指をさされたグリ子にもさっと緊張が走った、目が小さくなって、からだがこわばっている。グリ子も内弁慶なやつだよなぁ。
が、インコ達の緊張もどこ吹く風で、飼い主と黒服男はすっかり和やかな雰囲気を構築しつつあった。飼い主が、男に話しかけた。
「あの、コーヒーでも飲む?」
「え? いいの? 嬉しいな」
飼い主の声が、ドギマギしているのがわかるのは元人間ゆえだからかな。そっか、彼を好きなわけね? そうでなければ男を、鳥付きとはいえ独り暮らしの部屋に招き入れるわけがない
飼い主は落ち着きを取り戻したグレ子をかごに入れると、コーヒーの準備をするのに部屋を出て行った。台所からお湯の沸く音がシュンシュンきこえてきた。
改めて私は、男をまじまじ見つめた。黒いコートは威圧的だったが、考えれば人間にとって黒は無難な色だ。これが真っ赤なコート着ていたら、もっとグレ子が暴れているだろうな。話がそれた
顔はおとなしめ、ちょっと弱気な感じさえする。髪の毛を少しだけツンツンさせている。おしゃれのつもりだろうが、顔に似合ってないから減点対象だ。が、まぁまぁ許容範囲だ、と判断を下す。問題は性格だ。飼い主と会話している笑顔は、なかなか感じがよろしい。第一印象は合格でいいだろう。
飼い主がコーヒーの準備をしている間、男は私たちのかごに顔を近づけた。オカメのグレ子は鼻息を荒くして揺れるし、セキセイの他の二羽も、警戒態勢は解除できないでいる。
興味津々で男を眺めている私が、どうやら気に入ったらしい。男は私に向かって語りかけた。
「動物の話題振って、正解だった。鳥飼っていたとはなぁ。どうりで遊びに出かけても、そそくさと帰るわけだ」
そうだったのか。飼い主の彼女、私たちを大事にしているのを改めて感じる。
「『鳥見たいな』は、ここに来るいいきっかけになったよ、とりあえず一歩前進だ。感謝している」
ほぉ~~~~~。私らを、飼い主に近付く口実にした、とな?
いや、利用したっていいんだけど、後々変に嫉妬しないでよね?
「僕と鳥と、どっちが大事なんだ?」
なぁ~~んて言うんじゃないわよっ!……ちょっと気を回しすぎだろうか(汗)?
飼い主がマグカップに入ったコーヒーを二つ抱えて近づいてきた。
「熱いから気をつけてね」
と言いながら、男に一方を手渡す。二人はコーヒーをすすりながら沈黙した。
こ、この沈黙は⁉ あらやだ、ねぇあんた達、今日これからどうするつもりなの? この流れは、このまま泊まってあーなってこーなってそーなるパターン⁉
そうよ、そうよね。この展開なら、そうくるよね。
この沈黙からの、次はガバッと手を握るなり、キスするなりの前段階? ワクワクするわ~っっ。
あぁ、元人間だったからついつい想像が暴走しちゃうわ。
その点、横にいるインコ達は元からインコだから人間の惚れたはれたには無関心だよね、と改めて他のインコの様子を伺った。やだ、まだ緊張しているの、あんた達?
「私たちには無害な人間だよ」
私は三羽に伝える。
「私たちには無害って、飼い主には無害でないってこと?」
やはりするどいのはセキセイ女のグリ子だ。
「あー、無害でないけど、有害でもない、というかぁ~」
流石にズバリ説明するのは恥ずかしい。口ごもっていると
「コーヒーごちそうさま。じゃ、今日は帰るよ」
あっさりと男は立ちあがった。
あ? 帰っちゃうの? なぁんだ、若気の至りで突っ走るのかと思って期待してたのに拍子抜けだ。
「また遊びに来ていい?」
男が飼い主に尋ねると、飼い主は顔を真っ赤にして頷いた。初々しいわぁ。私を捨てた彼氏と私にも、こんな時あったけ? と、つい自分に重ねてみてしまう。
飼い主のドギマギした顔に、男がさっと顔を近づけた。触れるだけのキス。
「お、おやすみ」
男も顔を真っ赤にしてあっという間にドアの外に出て行った。飼い主はびっくりしたまま、立ちすくみ、そして我にかえるとベッドにダイビングした。
足をバタバタさせているのを見て、あー、完全に喜んでいるなと私は思った。両想い、おめでとう。
ベッドでバタついて落ち着いたのか、飼い主は私たちの方を見た。
「どうだった? 素敵な人でしょ? キスされちゃった、きゃあ、嬉しい!」
いいんじゃね? 浮かれ過ぎの飼い主に心の中で返事をするにとどめた。飼い主もインコの返事を本気で期待しているわけではないだろうし。
セキセイ女のグリ子が私に話しかけた。
「りょうちゃん、何に興奮しているのさ? 飼い主と同じテンションな謎」
え? こ、興奮していた? あら、やだ。元人間だしものw。付き合っていたことだってあるし! 捨てられたけどね、ドヨヨっ。
「今度は落ち込んだ、落ち着きない奴」
「グリ子、恩を忘れたのかよ⁉」
「恩の押し売りするな」
ピキピキ……放鳥始まったら、ケンカだな!
と思ったその矢先……あれ~~~? おやすみの布が出てきた。
「ごめんね、今日、私変だから放鳥お休みにさせてね。私、ちょっと浮かれすぎて危ない……ごめんね」
と飼い主が謝りながら、私たちインコを寝せる準備を手早く始めた。
えぇぇえええええ、そ、そんなぁ~~~。
その後。飼い主の彼氏はちょくちょく遊びに来るようになった。
しかし、このカップル、段階をふむのが遅すぎる! 二人とも奥手で気が合うのはけっこうだが、見ているこっちは、イライラしてブチ切れそうになった。
初めて顔を合わせたのも忘れそうになったある日の朝、スズメがチュンと鳴いた。
待ちくたびれて、あーそうかい、おめでいたこったなと私は棒読みで祝福した。
(つづく)
ドアの向こうでガチャガチャ鍵を開けるまでは、同じ手順だったが
「どうぞ 入って」
という声。どうやら、飼い主一人でない模様。
灯りが点いて、私たちインコが眩しさに目を細めつつ頭を上げると、人間の若い男が目の前に立っていた。飼い主に彼氏が出来たってことか?
それにしても、ちょっと黒づくめな感じの衣装は、インコには威圧感あるなぁ……と思っていたら案の定。
「きょ?きょ?…ぎょえ~~~~~っっっ!!!」
オカメのグレ子が悲鳴とともにかごん中で暴れだした。オカメパニックである。
「うおっ……ど、どうしよう、なんか暴れてるよ」
オロオロとしたその口調、むう、あんまりいんこ慣れしていないなと私はチェックを入れる。
「グレ子、わかった、わかった。落ち着こうね」
飼い主が素早く、かごの中のグレ子を掴むとかごから取り出し、両手で包むように抱っこした。グレ子の恐怖の波が、さっと引いていくのが傍目にもわかった。さすがに手慣れている。
飼い主はグレ子を抱っこしたまま、男に向かって
「これがオカメインコのグレ子。すごい怖がりなの」
続けて
「あと こちらがセキセイ。ハル男とグリ子とりょうちゃん」
と私たちインコの紹介をしているが、あのね。
で。この男の名前は? 出身は? 仕事は? 家族は?
私は、飼い主の小姑のような気分で頭の中に男への質問が湧いてきた。しかし、やっぱり私達には、紹介なしのようだ。
飼い主は、飼われインコにもきちんと紹介すべきである! 人間が飼い鳥に自己紹介しないこと――インコになって一番、飼い主に頭がきたことだ、全世界のペット飼いに主張したい。
ペット飼ったら、自己紹介をせよ! 飼い主の名前と住所ぐらい知る権利はペットにだってあるのだっ‼
私が、また飼い主の自己紹介問題に脱線していることを気が付かない飼い主と男は、私たちをネタに会話していた。
「オカメインコってのは 初めて見た……小さい頃、実家で飼っていた鳥はセキセイだったからなつかしいな。こんな感じの緑色の鳥だったよ」
男はグリ子を指差して、飼い主の方に振りかえった。指をさされたグリ子にもさっと緊張が走った、目が小さくなって、からだがこわばっている。グリ子も内弁慶なやつだよなぁ。
が、インコ達の緊張もどこ吹く風で、飼い主と黒服男はすっかり和やかな雰囲気を構築しつつあった。飼い主が、男に話しかけた。
「あの、コーヒーでも飲む?」
「え? いいの? 嬉しいな」
飼い主の声が、ドギマギしているのがわかるのは元人間ゆえだからかな。そっか、彼を好きなわけね? そうでなければ男を、鳥付きとはいえ独り暮らしの部屋に招き入れるわけがない
飼い主は落ち着きを取り戻したグレ子をかごに入れると、コーヒーの準備をするのに部屋を出て行った。台所からお湯の沸く音がシュンシュンきこえてきた。
改めて私は、男をまじまじ見つめた。黒いコートは威圧的だったが、考えれば人間にとって黒は無難な色だ。これが真っ赤なコート着ていたら、もっとグレ子が暴れているだろうな。話がそれた
顔はおとなしめ、ちょっと弱気な感じさえする。髪の毛を少しだけツンツンさせている。おしゃれのつもりだろうが、顔に似合ってないから減点対象だ。が、まぁまぁ許容範囲だ、と判断を下す。問題は性格だ。飼い主と会話している笑顔は、なかなか感じがよろしい。第一印象は合格でいいだろう。
飼い主がコーヒーの準備をしている間、男は私たちのかごに顔を近づけた。オカメのグレ子は鼻息を荒くして揺れるし、セキセイの他の二羽も、警戒態勢は解除できないでいる。
興味津々で男を眺めている私が、どうやら気に入ったらしい。男は私に向かって語りかけた。
「動物の話題振って、正解だった。鳥飼っていたとはなぁ。どうりで遊びに出かけても、そそくさと帰るわけだ」
そうだったのか。飼い主の彼女、私たちを大事にしているのを改めて感じる。
「『鳥見たいな』は、ここに来るいいきっかけになったよ、とりあえず一歩前進だ。感謝している」
ほぉ~~~~~。私らを、飼い主に近付く口実にした、とな?
いや、利用したっていいんだけど、後々変に嫉妬しないでよね?
「僕と鳥と、どっちが大事なんだ?」
なぁ~~んて言うんじゃないわよっ!……ちょっと気を回しすぎだろうか(汗)?
飼い主がマグカップに入ったコーヒーを二つ抱えて近づいてきた。
「熱いから気をつけてね」
と言いながら、男に一方を手渡す。二人はコーヒーをすすりながら沈黙した。
こ、この沈黙は⁉ あらやだ、ねぇあんた達、今日これからどうするつもりなの? この流れは、このまま泊まってあーなってこーなってそーなるパターン⁉
そうよ、そうよね。この展開なら、そうくるよね。
この沈黙からの、次はガバッと手を握るなり、キスするなりの前段階? ワクワクするわ~っっ。
あぁ、元人間だったからついつい想像が暴走しちゃうわ。
その点、横にいるインコ達は元からインコだから人間の惚れたはれたには無関心だよね、と改めて他のインコの様子を伺った。やだ、まだ緊張しているの、あんた達?
「私たちには無害な人間だよ」
私は三羽に伝える。
「私たちには無害って、飼い主には無害でないってこと?」
やはりするどいのはセキセイ女のグリ子だ。
「あー、無害でないけど、有害でもない、というかぁ~」
流石にズバリ説明するのは恥ずかしい。口ごもっていると
「コーヒーごちそうさま。じゃ、今日は帰るよ」
あっさりと男は立ちあがった。
あ? 帰っちゃうの? なぁんだ、若気の至りで突っ走るのかと思って期待してたのに拍子抜けだ。
「また遊びに来ていい?」
男が飼い主に尋ねると、飼い主は顔を真っ赤にして頷いた。初々しいわぁ。私を捨てた彼氏と私にも、こんな時あったけ? と、つい自分に重ねてみてしまう。
飼い主のドギマギした顔に、男がさっと顔を近づけた。触れるだけのキス。
「お、おやすみ」
男も顔を真っ赤にしてあっという間にドアの外に出て行った。飼い主はびっくりしたまま、立ちすくみ、そして我にかえるとベッドにダイビングした。
足をバタバタさせているのを見て、あー、完全に喜んでいるなと私は思った。両想い、おめでとう。
ベッドでバタついて落ち着いたのか、飼い主は私たちの方を見た。
「どうだった? 素敵な人でしょ? キスされちゃった、きゃあ、嬉しい!」
いいんじゃね? 浮かれ過ぎの飼い主に心の中で返事をするにとどめた。飼い主もインコの返事を本気で期待しているわけではないだろうし。
セキセイ女のグリ子が私に話しかけた。
「りょうちゃん、何に興奮しているのさ? 飼い主と同じテンションな謎」
え? こ、興奮していた? あら、やだ。元人間だしものw。付き合っていたことだってあるし! 捨てられたけどね、ドヨヨっ。
「今度は落ち込んだ、落ち着きない奴」
「グリ子、恩を忘れたのかよ⁉」
「恩の押し売りするな」
ピキピキ……放鳥始まったら、ケンカだな!
と思ったその矢先……あれ~~~? おやすみの布が出てきた。
「ごめんね、今日、私変だから放鳥お休みにさせてね。私、ちょっと浮かれすぎて危ない……ごめんね」
と飼い主が謝りながら、私たちインコを寝せる準備を手早く始めた。
えぇぇえええええ、そ、そんなぁ~~~。
その後。飼い主の彼氏はちょくちょく遊びに来るようになった。
しかし、このカップル、段階をふむのが遅すぎる! 二人とも奥手で気が合うのはけっこうだが、見ているこっちは、イライラしてブチ切れそうになった。
初めて顔を合わせたのも忘れそうになったある日の朝、スズメがチュンと鳴いた。
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