今宵、三日月に歌う

帆希和華

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第1章

1.三日月の夜に

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 泣きたいならいいよ
 僕が隣にいてあげる
 ここにきてよ いつでも
 ねぇ ひとりぼっちしないでよ


 えっ? 誰? 始めてきたカフェだった。

 昨日、友達とケンカをした。そのことだけじゃないけど、何だかモヤモヤと心が曇りがちで、もう少しで雨でも降るんじゃないかな? そんな気分から抜け出せなかったからなのか、今日のバイトは終始ボーッとしながらやっていた。オーダーミスやレジミスは何とかしないで済んだけど、持っていくテーブルを間違えたり、まったく違うドリンクを渡したりとドジ全開だった。他のスタッフには気づかれていないみたいで、とりあえずは何事もないようにやり過ごせた。
 唯一救いなのは早番だったから18時に上がれたことかな? あのままシフトに入っていたらまた絶対に怒られていたはずだ。
 駅に着けば、ちょうど帰宅ラッシュの時間帯。乗り込んだ電車の中はいつもと同様、人が多くて椅子には座れない。むさ苦しい人混みの中、ドア横にある冷たい手すりに体を預けて立っていた。
 あー、つまんないなー。
 家に帰るにも早いし、だからって誰かと会って話す気にもなれない。このまま電車に揺られてたら最寄駅に着いていまう。どうしたものかと頭を抱えていた、だけなはずなのに。
 ピーーーーッ、ドアが閉まります。
 えっ?
 後ろを振り返ると、乗っていたはずの人混みの電車は目の前を通り過ぎて行った。あれっ? あれれれっ? 考えるよりも先に行動してしまった的な? たぶん、フラフラッとホームに出たよね? 俺って、今。
 やっちゃったよ。
 ハ~ッと大袈裟に聞こえるようなため息を吐いた。
 ん~、ん~~、……ホントに? あ~、あ~~、……暇だし、歩いてみる? 
 うん! 歩いてみる! 
 少しは悩もうと思いその場に立ち尽くしてみた。それまではよかったけど、ホームに並ぶ人が増えてくるのを見ると、自分が邪魔にしか思えなくなる。
 ここ並びますよね? 退きますね? ソロソロと立ち去るしかない。
 最寄駅にはまだまだ遠いけど、フラフラッと改札を出てスマホで家の方角を確認し歩き出した。
 すっかり景色は春めいている。体が浮いて飛んでいきそうなくらい澄んだ青空と、綿あめのようにふわふわな雲、ポカポカとした陽気が気持ちいい。普段は駅までの道や夜に出歩くことが多いせいか、景色を見てゆっくり歩くなんてほとんどないに等しい。だから、いい機会なのかもしれない。たまには自然を見て心をリフレッシュさせなくちゃね。
 駅から少し行くと長い緑道ある。桜が道を縫うように植えてあり、すでに満開を迎えている。ひらひらと花びらが舞い散り、キラキラと光と重なり、そのコントラストがまるで恋のハーモニーを奏でているかのように胸に淡く重く染みてくる。唇に手が触れる、なんだかキスしたくなる、そんな空気感に少し胸を締めつけられるようだ。下を見ればたんぽぽやチューリップがそんな心を励ますかのように、ニコニコと笑いかけながら咲いている。
 そよぐ風が頭からつま先まで伝わってくる、本当に心地がいい。一度立ち止まり、胸いっぱい深呼吸をすると……あっ、食べたい! すぐに頭に浮かんできた。舌の上にまったりと絡みついて、ふわっと独特の香りがうまさをさらに増幅させる。桜餅‼︎ この季節は必ず食べたくなる。花より団子ってわけじゃないけど、どうしても鼻に伝わる香りが連想させる。
 8分くらいかな? 歩いていると緑道が終わり分かれ道が現れた。平坦な道、上り坂。まぁ、普通なら平坦な道を行くよね? だけど、今の気分は上り坂! 気分は下がってても目の前の道くらい登らなくちゃって…… 
 バカやろう‼︎
 後悔か⁈ 後悔だ‼︎
 ポカポカ? どこが? すでに汗ばんでいる。そんなに歩いていないはずなのに、疲労感もハンパない。
 ブツクサブツクサ……
 すれ違う人には何だこいつって思われていたかもしれないけど、ぶつくさ言っていないと現実逃避したくなる。
 少しの間太々しく歩いているとワゴンカフェ? 違うか。コンテナカフェ? テラス席もあるし、その奥、コンテナの中がイートインスペースらしい。
「CAFE  MOON」
 濃い紫と黄色、白で統一された色彩の外観に、入り口には三日月と星屑をかたどったオブジェがある。夜の空をイメージしているように思えた。
 こんなオシャレなカフェがあるなんて知らなかった。なんだか少しラッキーな気がした。完全な間違いで電車を降りてしまったのに、完璧な出会いをしてしまった。そんな風に考えると、なんだか胸がときめいてしまう。
 とりあえず、喉もカラカラだし甘いものも必要だ。猛ダッシュでカフェに入った。
 中に入るとエアコンが効いているのか汗ばんだ体を癒していく。それとともにコーヒーの香りが鼻をかすめパンの香ばしい匂いに生唾を飲む。何も注文していない、その物さえも見てもいない、それなのに「おいしそう」と思わず言葉が出てしまった。
 カウンターやテーブル、椅子は木目調で温かみがあり落ち着きたくなる雰囲気だ。
 こちらでご注文をお願いします! とレジのスタッフに呼ばれた。メニューはサンドイッチからごはんものもまで揃っていて、今度ランチに来てみたいと思うくらいだった。
 アイスのチョコレートラテを注文する。やっぱり汗ばんだ体には冷たい飲み物を補充しないと、エアコンの涼しさだけじゃ物足りなように感じてしまう。
「喫煙席ありますか?」
「あちらですね」
「ありがとうございます」
 この時間、仕事帰りや学校帰りの人たちで半分以上席は埋まっているけど、喫煙席にはそれほど人は多くはない。だから迷わずに座ることができた。
 ボーーーーッと、何もしないでチョコレートラテを飲んでは、ため息を吐き、またボーーーーッとしていた。
 ?? ……歌? 
 …………
 よくわからないけど、どこからか歌声が聞こえていた。無心で聞き入っていたように思う。周りをキョロキョロと見回してみても誰もいない。
 いや、いるよ! いるけど普通にお客さん。スマホいじっていたり、パソコンを開いて作業をしていたり、勉強している人。歌っていたり、こっちに喋りかけてくる人なんていないよ……ね? ん~、空耳? はっきりと聞こえていたような気がするのは……気のせい? 周りを見ても俺みたいに反応している人は1人もいないし、やっぱり勘違いなのかも……ね。


 失敗ばっかドジ踏んでもいつも笑っているね
 そんなに無理しないで頑張らないで
 ほら ハグしようよ


「ただいま~」
 結局、帰りは1つ先の駅まで行き、電車で帰ってきた。調べてみたら、歩くと家までは1時間以上はかかるみたいで、そんなに歩くことなんてこの時間からじゃ考えたくなかった。
「おかえり~、翔、ごはんは?」
「うん、食べる」 
 心の曇り空は晴れたわけじゃなかったけど、なんとなく澄んでいるように感じた。
 あのムーンカフェだっけ? いいカフェだったなぁ。あそこで確かに歌声は聞こえたはず。家に帰ってきてからもずっと頭から離れない。
「泣きたいなら……ちゃららんらん」
 心地よかった。子供かな? 女の人かな? きれいな声で、ずっとその声に浸っていたかった。
 じゃあ、なんで出てきたかって、閉店したからだ。
『お客さん、ごめんなさい。今日は20時までなんですよー』
 そう言われたら出るしかない。歌が、歌が聞きたいんです! また聞こえてくるかもしれないから! って言ったらわかってくれたかな? んなはずないか? もしかして、あの店の裏では歌の練習をしているかもしれない? 他の客もそれを知っているから不思議がらなかったってこと?
 生歌?
 マジか?
 無料でライブ見れちゃったり?
 いい場所見つけたんじゃない?
 デートで行ったら受けること間違いなし!

「ごちそうさま」
「キッチンに置いといて、洗っとくから」
「うん。いいの? って何これ?」
「あ~、お菓子作ってたの。ウフフッ」
「また?」
「そう」
 キッチンカウンターの端に、可愛くデコレーションされたひと口ケーキが、ひとつずつリボンをつけ包装されて置いてあった。
「母さんは職場で褒められちゃって、それからハマッたみたいだよ」
「そーなの。お父さんたら言わなくたっていいのに」 
 もっと言ってよって顔に書いてあるけど。母親は顔を綻ばせてニンマリとした笑顔を見せた。
「へ~、ひとつ食べてもいい?」
「どーぞ、味見してもらわなきゃね。ウフフッ」
 リボンをするりと解き、包んであるセロハンからケーキを取り出す。ふんわりといちごの甘く甘酸っぱい香りが鼻に入ってくる。ひと口食べると、それが口に広がり喉へと落ちていく。 別に母親の料理の腕を疑っているわけじゃないけど、確かにこれなら自信もあるわけだ。
「うまっ!」
 思わず声が出た。
「知ってる~」
 母親の返しがめちゃくちゃ軽やかすぎて、調子乗んなよってツッコミたかったけど、ここは立ててやろうと、お返しに変顔をして何も言わず部屋に行った。

「泣きたいなら……」
 口ずさんでみた。こんなメロディーだったかな?
 見たいテレビもないし、SNSを見ながらボーッとしていた。投稿されている内容の1つに、10年前の自分と今の自分というものがあった。確かに、この人の場合ベースは全く変わっていない。こうも変わらないことがあるもんなんだ。と、気持ち半分で見ていた。
 ふと、自分の10年前を思い返してみる。10歳か、何も考えずにただただ遊びに夢中だったよね? 今こんなことしているなんて想像もしていなかった。
 就職もせず、フリーターとして週5日、たまにそれ以上働いている。
 だったら社員になっても変わんないじゃん‼︎
 まっ、そうなんだけど。大学に行こうとは思っていなかったし、高校卒業して就職するのもなんとなく嫌だった。こんな何もできないような自分が社員として働くなんてありえないよって、何をしたらいいのか逡巡していたのかもしれない。
 高校のときも、もちろんバイトはしていたけど、今とは感覚が違っていて、バイトなんだから好き勝手にやっても仕方ないことでしょ? そんな風に考えていた。だけど、去年からフルタイムで出勤するようになって変わったかな? っていうか、ほんのちょっとくらいは理解できるようになってきた気がする。仕事に対しての責任というか、ひとりひとりの責任……? 給料が発生しているってことはバイトも社員も関係ない。仕事中自分の動ける度合いはとても重要だってこと。それに、初めからできるやつなんていない、教えてもらって初めてわかることだらけだってことも。何もできなくても当然で、でも、それに甘えてもいけない……
 まぁ~、そんな感じかな?
 とりあえず、今はやりたいことがない。ってわけでもない……けど、夢は夢なような気がするし、偏差値は低いだろうし、IQやらも低いだろうに決まっている! 小説なんて頭のいい人が描くものでしょ? 俺みたいなバカが書けるわけないよ。
 ……悲しい現実だね。
 この前買ってみた小説もまだ全然読み終わっていないし、気が遠くなる。

 今の生活にすべて満足ってことじゃない。でも、何から始めれば正解なのか、夢に近くなるのかわからなくて、わからないから動けない。
 動きたくない。

 逃げ道を探しているわけじゃ……ない……よ。



「翔、俺も言いすぎたわ。ごめん」
「はっ? 別に気にしてないし」
「そう? なら、よかった」
「うん」
「あ~、もうホントよかった~。急に言い合いになって、翔ちゃん帰っちゃうから、どーなるかと思ったよ」
「お前くそ慌ててたしな」
「そーなの?」
「そーだよ、あの後さ、翔を呼び戻してくるって言って急に立ち上がるからさ、俺のと、こいつのドリンクこぼしてんの」
「だって、そりゃ、慌てるよ。ケンカなんて、びっくりしちゃって」
「あははっ、ごめん」
 一昨日のことだった。
 俺、高倉翔と高校からの友達、田口慎太郎がホントに些細なことでケンカをした。
 ここで仲裁をしようとしていつもトチるのが、長谷川優弥だ。
 バイト先でそれぞれ失敗をして、怒られて、落ちて、イライラしていた。だから、いつもなら笑い飛ばせることさえも、頭にカチンときてしまったんだと思う。どっちが禁煙を長く続けられるか、まだ試してもいないのにお互いに譲らなくて。結局、言い出したその日から、2人とも禁煙なんてやる気になれなくなってしまった。
 子供かよ!
「でっ? ここでその歌が聞こえたのかよ?」
「そう、俺しか反応してなくて……」
 なんとなく上を見てみると、木製のシーリングファンがゆっくりと回っている。ロッジ風の内装といい、木のぬくもりがほっこりと伝わってくる。
「BGMじゃなくて?」
「えっ? 絶対違う。だって今流れてる音楽に割り込んでくるみたいに聞こえてきて」
「翔ちゃん、なんかに取り憑かれてるんじゃないの?」
「はっ? なっ何言ってんだよ?」
 思わず顔をキョロキョロと左右に振ってしまった。
「そんな慌てんなって、優弥だって冗談なんだから、なっ?」
「いやっ、以外にいるかもよ~。……ほら、後ろ!」
 唐突に優弥が大きな声を出した。
「ぅわっ⁉︎」
「翔、何ビビってんだよ。絵だろ? これ」
「わっわかってるし」
 絵って、あれっ? この前見たとき絵なんてあったっけ? 青っぽい壁紙が貼ってあったような気がしたけど。
「翔ちゃんってこーゆーの弱いからね」
 よく見ると色合いの綺麗な絵だった。独創的とは違っていてしっとりとした優しい感じがする。今どき、どこのカフェに行っても大体は絵画が飾られている。
 なんらそれらと変わりはしないよね?
「どーだよ? 聞こえてきたか?」
「いや、全然。全く」
「翔ちゃん、やっぱり、イヒヒヒヒッ」
「お前の笑い方のほうが怖いわ!」
「ねぇ、こんな感じ。泣きたいならいいよ~タラララランランラン」
「へ~、翔の好きそうな感じじゃない?」
「まぁね」
「翔ちゃん、もう1回歌ってよ」
「えっ? 泣きたいなら……」
「翔ちゃん、泣きたかったの?」
「えっ? いやっ、まぁ。なんかバイトもうまくいかないし、お前ともケンカするし、バイトの後つまんなさすぎてさ、途中で降りてこのカフェ見つけて、たまたま」
「なんだよ? 繊細すぎねーか?」
「だよね? なんか昨日は、たまたま」
「翔ちゃん、運命だったのかもよ? この絵に出会うのが」
「はっ? 優弥、勘弁してよ」
「優弥ちゃんはロマンティックだな~」
 慎太郎は小さい子供をあやすかのような言い方をしながら、優弥の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「そろそろ行こっ? クラブのイベントいい感じの時間だよ、きっと」
 今からクラブのイベントに行ってくる。オールになる予定だ。
 バイトが終わった後、カフェでのことを話したら、2人が行きたいと言い出した。ケンカしたままじゃなんか変な感じがするし、謝るのも兼ねて連れてきた。
 俺の勘違いだったのかな? 今日は何も聞こえてこなかった。あの声、すごく好きな雰囲気だったのに。子供をあやすかのような、穏やかに語りかけられているような、そんな優しくて、澄んでいて心地いい声だった。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございました」
 カフェを出る前にもう1度絵を見返した。何なんだろ? あの絵、なんとなく気になっているのかもしれない。自分でもよくわからないけど、視線を感じるって言ったらいいのかな? でも嫌な感じじゃなくて、なんて言ったらいいんだろ? 優しい微笑みのような感覚かな?


    ◇  ◇  ◇

 空を見上げた。
 きれいな三日月だった。
 あの三日月に座って、この街を見渡せたらきれいだろうなぁ。
 深月秦音は、窓から外を見上げて、そんなことを考えていた。

「よし、それじゃしんとに教えてあげるよ。よく覚えるんだよ」
「うん」
 しんとの祖母は木製の救急箱のようなものを持ってきて、その中に入っているものを組み立て始めた。
「まず、この箱を開けて中の3本の棒を取り出す。そうしたら、箱の中に3つ穴があるだろう? そこにこの棒を刺していく」
 中には綺麗なツヤのある木製の棒が3つに、表側は棒と同じツヤのある木製で、内側は漆器のようにツヤツヤとした黒色の筒があった。ちょうど湯のみほどの大きさだ。
「うん。やったよ」
「そしたら、その棒をこうやって交差させる。ちょうど3分の1くらいのところで止まるようになってる」
「とまったよ」
「よし、それじゃこの月映しに8分目まで水を汲んできておくれ」
「ツキウツシ、ハチブンメ?」
「この器にここまで水を入れてきておくれ」
「うん、わかった」
 しんとはゆっくりゆっくりこぼさないように、忍び足で水の入った器を持ってきた。
「こぼさず持ってこれたね。それじゃ、水の入った月映しをこの交差している棒の真ん中に置くんだよ」
「こう?」
 しんとはそーっと棒の真ん中に月映しを置いた。
 高さは500ミリのペットボトルくらいだろうか? ここに火を灯せば和風なキャンドルにも見える。だけど、そんな使い方はしないみたいだ。
「そーだよ。そしたら箱の中にこれが入ってる」
「何それ?」
 しんとの祖母は小さなみかんほどの大きさの丸い木箱を取り出した。
「これはね、とっても大事なものなんだよ。この深月家に伝わる秘密のものさ」
「ヒミツ?」
「そうだよ。まぁだけどね、これを使えるのは私たちだけだよ」
「だれ?」
「ばぁばとしんとだよ」
「ぼくとばぁばだけ? しまちゃんは?」
「しまちゃんはね、使えないんだよ。ばぁばとしんとには首のとこに三日月のアザがあるだろ?」
「うん」
「特別な証なんだよ」
「とくべつ?」
「そうさ、だから2人だけの秘密だよ」
「うん」
 特別と聞いてしんとは嬉しかった。自分は特別で秘密を持っていると思うと、テレビで見るヒーローにでもなったしまったかのように。
「しんと、窓のとこまでおいで」
 しんとはウキウキと楽しさでいっぱいだった。
「水の中にこれをパラパラとひとつまみかける」
 小さい木箱を開けて、その中にある粉のようなものを筒の中の水にパラパラとかけた。
「うん」 
「これで月映しの皎籠の完成だ」
「こーろー? うん」
「今日は晴れだからしんとにもわかりやすくていいね」
「ばぁば、みかづきだよ」
 しんとの指差した西の空には隠れてそうな三日月が浮かんでいた。
「いいかい? 三日月は日が沈んでから2時間くらいしか出てないんだよ。その時をしっかり狙うんだ」
「うん」
「皓籠をこうやってユラユラ揺らす。しんと、水の中に三日月は映り込んだかい?」
「うん! ユラユラしてる」
「そうか、よーく中を見てるんだよ。いいかい?」
「キラキラしてる」
 水の中を見ると、映った三日月に何やらキラキラとした結晶が集まっていく。
「おそらとおなじみかづきができたよ」
 見ると濁りのないきれいな水の中に、皓々と神秘的な光を放つ小さな三日月が浮かんでいた。
「そうかい? これを大事に持っておくんだよ」
「うん」

    ◇  ◇  ◇



「お疲れさまでーす」
「翔くん、今日も早上がり? ゴールデンウィーク以来ラストやってないでしょ?」
「いや、希望じゃないんですよ」 
「だったらラスト希望しなよ~」
 上がり時間、アイドルタイムも終わりディナータイムになる。それと同時に客席は混雑をし始めていた。さっきまではスイーツの注文が多く厨房からは甘い香りがしていたが、今はチーズの焼ける匂い、トマトソースの甘酸っぱい匂いでいっぱいだ。ここにいるだけでヨダレが出そうになる。
 そんな中、最近ラストをやることが少なくなっていることに対して、茶々を入れてきたのは先輩スタッフの森園花梨だ。
「いや、希望しても最近は新しい学生も育ってるし、なかなかは入れないんですよ」
「ふーん、とか言ってデートでしょ?」
「まぁ、たまたまです」
「へ~、私もデートしたいけど」
「したほうがいいですよ」
「翔くんと違って、誰でもいいわけじゃないから~」
「誰でもって、俺も……」 
「いらっしゃいませ~。ごめんね、引き止めて。おつかれ」
 俺だって誰でもいいわけじゃないし。ただ、トキめくとかキュンキュンするとかよくわからないだけだし。好きか嫌いかって言われたら好きだしね。それで付き合ったらダメなわけ? それに、フリーターだし、社員になって安定しないってことはどうせ遊びでしょ? 的な感じなるしね。
 だってまだ、大学2年の歳だよ。就職なんて……
『なぁ、翔、マジでお前やることないなら社員になれよ』
『えっ? まぁ、そのうちに、考えときます』
 いつだってなんとなく躱してるけど、そういうこと考えていないわけじゃないよ。
 まぁ、今からデートだしね。こんなこと忘れよ。
 付き合って半年経つかな? この店の仲間で飲み会したときに、同期の荒井くんが連れてきていた。
 自分から告白したわけじゃないけど、なんとなく、2人きりなって、いい雰囲気かな? って。で、ライン交換して連絡取って、遊んだりしているうちに付き合わないんだって雰囲気、わかるよね? そう、だから付き合う? って言った。まぁ、俺から告白した感じになっちゃったのかも? いや、そうだよね。
 今日は映画を見に行くつもり。
 俺は映画が好きで、1人でも見に行くし。あっ、でもっレイトショーね。やっぱり20才にもなってドラえもん見たい~~‼︎ なんて言えないし、子供と保護者ばっかりのところに飛び込んで行く勇気がない。
 ちょっと小心者ですけど、何か⁉︎
「ちょっと、何、1人でぶつくさ言ってるの?」
 突然、ポンっと肩を叩かれた。
「えっ? 何だ、七海か」
「何だって何なの? もう、お待たせ」
「特に待ってないよ」
「何1人でぶつくさ言ってたの?」
「何も言ってないよ、ただツッコミの練習」
 右手を芸人のやるツッコミ風に七海の腹のところに突き出した。
「はっ? 何それ? 芸人にでもなる気?」 
「……ない」
「もう、意味わかんない。翔のバカ~」
「バカって言ったほうが」
「バカなんでしょ?」
「そうなの? 俺、そんなこと言ってないからね」
「アハハッ、もうめんどくさ~い」
「ほら、行くよ」
「待ってよ~」
 デートって言っても、俺の好きなことに付き合わせているようなもんだけど。
 今日は映画でしょ? この前はスパ銭と岩盤浴。たまに行きたくなるんだよね? 体のメンテナンスしなきゃって。不規則な生活だからか、岩盤浴するとまさにデトックス‼︎ っていう満足感で気分的にも楽になる。
 この前は渋谷の巻いていないクレープを食べに行ったし、その前は……まぁいろいろ遊んでリア充ってやつだよね?
 
 ビーーーー、暗くなる劇場内、ギュッと手を握る。

 歩きながら少し残ったキャラメルポップコーンを口に頬ばり、コーラをズルルと最後まで飲み干した。
 そのままゴミを捨てて感動に浸りつつ、エスカレーターで1階まで降りてきた。
「キュンキュンするよね? やっぱりあーやって包まれた~い」
 手を胸の前に組んで、キラキラ視線を空の方に向けるのは彼女の西島七海だ。
「ごめん、165センチなくて」
 ボソッと吐き捨てるように言ってみた。
「あっ、そーゆー意味じゃなくて~。ほら、あれだよあれ」
「あれって何? 俺、お前よりはでかいからね」
 別に拗ねているわけじゃない。ただ、ほんの数パーセント、0・0Xくらい嫌な感じがしただけ。
「わかってるって。怒んないでごめん~」
 恋愛映画を見た。
 主演の俳優は180センチ以上ある高身長、ヒロインはそれに釣り合ってモデルみたいに綺麗でって、本物のモデルなんだけどね。で、日常にそんなのある? なくない? そりゃ、あんなカッコよかったら女の子はキュンキュンすると思うよ? 俺だってあのイケメンがキスを迫ってきたときは、少なからずキャッてなったし。  
 ? んっ? 別におかしいこと言っていないよね? 普通でしょ? そんなの。 イケメンにキス迫られたら男だってキャっくらいなるよ。
 それに俺らは小さい同士いい感じに組み合わさっているだろうし、でこぼこすぎるカップルよりは絶対にいいよ。
「どーしたの? ぶつくさ言って」
「えっ? 何でもない」
 映画館の外に出た。これからどうするかな? このままだといつも通り居酒屋に行くって言い出しちゃいそうだけど……
「どーする? 居酒屋でも行く? それと……」
 あっ、口が滑った。たまには違うとこでもいいんだけどな。
「いいよ、居酒屋で」
「ホント? 定番だけどいいの?」
「いいよ。その後家に来るでしょ?」
「うん」
「じゃあ早く行こ~」
 やっぱり居酒屋になった。
 恋愛映画を見た後だと急に現実味がしすぎて、もっとオシャレな可愛いお店とか行ったほうがいいのかな? と考えものだ。
 だからって行きたい場所があるわけじゃないし、七海がいいって言うならいいか? とその言葉にいつも甘えてしまう。


「たばこ吸ってくる」
 居酒屋を出て、少し酔っ払いながら2人で七海の家に帰ってきた。七海は大学生で実家が地方だから東京で1人暮らしをしている。俺が実家だからこういうときはちょうどいい。
 若い2人だから、夜やることと言ったら○○○は絶対だよね? 自分がそんなに望んでってわけじゃないけど、付き合っているんだからそれなりにやらなきゃさ、色々面倒なことになりうるのは目に見えている。
 七海はたばこを吸わないからベランダで吸わなくちゃならない。まだ、夜は肌寒い。昼間はあんなにポカポカ暖かかったのに、風邪引かないように気をつけないと。
 煙りを目で追って夜空を見た。三日月、あれっ? 居酒屋に行く前は見えてたのに。そんなにすぐに沈むもの? カフェで見た絵画を思い出した。そういえば、あの絵画三日月が描いてあったっけ?
 あの歌を口ずさんでみる。 
 ヒュ~~と冷たい風が吹いた。さむっ、部屋の中が恋しくなる。たばこをすーふー、すーふー、急いで吸った。
 中に入ると七海がココアをいれていて、カカオの甘い香りがふわりと漂ってきた。鼻がヒクヒクと動くように感じてしまう。
「飲むでしょ?」
「うん、ありがと」
「ねぇ、聞いていい?」
「えっ? 何を?」
 七海はクッションに座りテーブルに肘をついた。俺はその向かいに座った。
「何ですぐにタバコ吸いたがるの?」
「なんで? いや、別に理由はないけど」
「じゃあ、やめたらよくない?」
「まぁ、やめようと思ったらやめれると思うけど。って急にどーしたの?」
 七海は少し目を泳がせ、フーッと息を整えてから口を開いた。
「あー、ただ、エッチした後、すぐシャワー行ってたばこ吸いに行くでしょ?」
「うん、それがどーしたの?」
「うーん、なんかさ、エッチよくないのかな? とか気持ちがないのかな? とかさ、思えちゃって。あのね、考えすぎっていうのはわかっているんだけど、なんかさ」
 俺の行動がそんな深刻に考えることだなんて思ってもいなかった。今流行りの草食系男子ってわけじゃないと思う。けど、元々そんなにエッチがしたいわけじゃないし、終わったらベタベタするからすぐシャワー行くだけなんだけどね。そんなに考えることじゃないと思うけど、ここはとりあえず謝って穏便に済ましたほうがよさそうだね。
「ごめん、そんな風に思ってなくて」
「ううん、あたしの考えすぎなだけだし。逆にごめん」
「うん、もうちょっと気をつけるね」
「うん」
 女は面倒くさいなぁ。そんなこと気にしたって好きか嫌いかに関係ないのに。
 ココアを飲んで温まった体でベッドに入った。
「翔、歯磨きは?」
「あー」
 歯を磨かずに寝るところを呼び起こされた。
 明日は通しで明後日は遅番か、どーしよ、行ってみよっかな? あのカフェ。あの歌、聞けるかな?


「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「えっと、アイスモカとBRTサンドのセットで」
 ベーコン、トマト、ルッコラって食べたことあるっけ? でも、絶対おいしいよ。
 ここでいいっか? また絵の前の席だけど。
 午後3時、バイトは5時からだからあと1時間以上はここにいられる。
 遅めのお昼ごはんを食べて、ひたすらボーーーーッとして、アイスモカを飲んで、また、ボーーーーッとした。
 何だよ? やっぱり勘違いだったのかな? 何も聞こえてこない。定員に聞いてみる? いや、ないわ。そんなこと聞けないわ。
『歌、今日は歌ってないんですか?』
『いつ歌ってるのか教えてもらえますか?』
 いやいやいや、やっぱりないわ。
 絵を見てみる。三日月、なんか悲しそうな顔しているな。……顔? 顔じゃないよね? 絵だよね? 何言ってんだか。
 ふと、左上の時計に目が止まる。やべっ、4時半じゃん。ギリギリだよ~。トレーを片して、急いでバイト先へ向かった。

 
 やっと梅雨明けだ。
 長かった雨の日は昨日で終わり。天気予報は先日までとは打って変わり晴れマークが並び、お天気キャスターも笑顔が増しているように感じられる。

「あっ、三日月だ」
 バイト先のイタリアン食堂は国道沿いにあり、いつも駅から歩くと歩道橋を渡らなければならない。ちょうどその時、ひらけた道に沈んでいく三日月がタイミングがよければ見ることができる。
 今日も安定な早番だったけど、1時間延長を頼まれ、たまにはいいかなと19時に上がった。とりあえず、慎太郎と優弥にラインをしておいて、久しぶりにあのカフェに行ってみようと思う。
 まだあの歌を諦めたわけじゃない。まぁ、そう言っても3月の終わりくらいだったかな? 1回聞いただけで、もしくは聞こえたかもしれないって感じだけど、それでも気になってしまう。別に、思い入れがあるわけじゃない。ただ、あの歌声、メロディーがめちゃくちゃ心地よくて、できれば聴きたい。そう願っているって感じかな?
 夜は飲みに行くか、クラブにでも行くはずだから、それまでの時間しのぎのつもりだ。

「ほうじ茶ラテください」
 香ばしいほうじ茶とまったりとしたミルクの相性が抜群で、喉越しに練乳の濃厚な甘みを感じる。
 ボーーーーッとして、ほうじ茶ラテを飲んで、またボーーーーッとした。
 テーブルに置いたスマホがブルブルと震えた。見ると慎太郎からラインがきていた。
{ごめん! 1人欠勤で深夜番入ることになった
{マジか! 了解! がんばって
カプセルホテルでバイトをしてる慎太郎が遅番上がりで遊ぶ予定が、なくなってしまった。
 またスマホがブルブルと震えた。見ると優弥からだった。
{やっぱ昨日食べた牡蠣に当たったみたいで行けない! ごめん!
{マジか! ゆっくり休んで  ポカリ飲むといいよー
 そんなことある? 結局、2人ともダメになってしまった。家に帰る気分でもないし、どうしよ? 七海はバイトだし、明日は1限って言ってたから行っても邪魔になりそうだし…… 他にごはんでも行く奴いないかな?
 そうだ! この前、クラブに行ったときに知り合った徹に連絡してみようかな? 上地徹1つ年下でノリがよくておもしろいやつ。あいつなら暇してそうだし、何か面白いネタのひとつやふたつ持ってるはずだ。
{どこにいます?
{CAFE MOON 知ってる?
{知ってる!
 徹は来るなりノンストップで喋り出した。何やらこのカフェの七不思議があるらしい。
 三日月を見た夜にこの絵画の前に座ると絵画の前にいた人がいつしか消えている……らしい。
「うげっ⁉︎ マジッ‼︎」
「何? 翔くんこういうのダメなタイプ?」
「い、いや、そーゆーわけじゃないけど。じゃあ消えた人がホントにいるの?」
「いや、いない! だって消えたってか、帰ったってことじゃないすか?」
「そーいえば、今日三日月出てたよね?」
「じゃあ、今日翔くんヤバくない? アハハッ」
 俺は思わず、徹の隣に座った。
「えっ? 翔くん?」
「なっなに?」
「かわいいなぁ」
 徹はワザとだろうけど、舐め回すように俺を頭から爪の先まで見た。
「はっ? そんなんじゃないし」
「またまた~、まっ、ゆーてネットに出てたガセネタだけど」
「はっ? 何それ?」
 目立ってオシャレなカフェだから、誰かが話題作りのために作った話らしい。ここの店長さんがそのサイトでちゃんと訂正してなんとか収まったとか、ないとか。
「このカフェは前やってたオーナーが今の店長と知り合いで売ったらしいよ。この月の絵は綺麗だからそのまま残してるって、書いてあったような気がする」
「へぇ~」


 泣きたいならいいよ
 僕が隣にいてあげる
 ここにきてよ いつでも
 ねぇ ひとりぼっちしないでよ
 

 2人で並んで座っていた。
 2人ともその絵を見ていた。
「えっ? 何なの?」
「えっ? 何すか? 綺麗な絵だなって見てるだけだし」
「いや、だって……歌」
 聞こえてきた。あの歌だ。
「何? おばけでも見えちゃった?」
「はっ⁉︎ ち、違うし! 何言ってんの?」
 おばけという単語に少し動揺してしまう。
「翔くん、やっぱかわいいじゃーん」
「やめてよ。何言ってんの」
 どこから聞こえてきたのかな? 近い気がする? キョロキョロと周りを見るけど、歌っていそうな人もいないし。首を傾げて前を向くと月の絵が目に入った。 
 ……あれっ? 絵が、絵が、青くなってる! 思わず立ち上がり、一瞬時が止まったかと思った。何も考えることが出来ずになぜだか徹の顔を見た。
「どっどーしたの?」
「えっ……?」
 以前、田口慎太郎と長谷川優也とここで話したことを思い出していた。……おばけ、頭から離れない。グルグルと頭の中を回っている。それ以外何も考えられなくて動けなくなった。その直後、肩がギュッと締め付けられた。でも痛くはなくて暖かく包まれてるみたいだった。 
「翔くん! 翔くん!」
 ハッと前を見ると徹の顔が目の前にあった。
「わっ、なっ何?」
「何って、こっちが聞きたいよ。翔くんいきなり固まって動かなくなってさ。びっくりするわ」
「えっ? ごめん。ってか近いし、ツバ飛ばさないでよ」
「あっ、ごめんす」
 ん? もう手を離してくれていいけど。徹にそのように目線を送っているはずなのに、ずっとこっちを見たまま離そうとしない。何? あれっ? あの映画のワンシーンみたいじゃない? ……照れちゃうなとにわかに思った。
 でも、やっぱりこの雰囲気に耐えられなくなり、自分から手を振り払った。
「肩、痛いよ」
「あっ、そんなつもりじゃ」
「えっ? 何が?」
 なぜかわからないが、徹はアタフタしているようだった。ほっぺを赤くして恥ずかしがっているように見える。
「あっ、終わっちゃった」
 そうこうしているうちに気づくと歌が終わり、青く光っていた絵は普通の三日月の絵に戻った。
「えっ? 何? 俺らが?」
「はっ? 何言ってんの?」
「えっ? いや、何でもないす」
「そーだ、飲みにでも行かない?」
「いいね!」
 いつまでもここにいても何もならないし、とりあえず飲みにでも行って気分転換をしたい。
 
 どこから歌が聞こえてきたのかはわからないけど、近いところからっていうのは確かだと思う。途中で絵が青くなったのはホラーみたいで怖かったけど。……あの歌が聞こえてくるときには、もしかしたらこの絵が青くなるのかもしれない。そう考えてもおかしくないよね? だって前に歌が聞こえたときはここに絵があるなんてわかんなくて、青い張り紙くらいに思ってた。
 それと、三日月。ネットの噂はともかく、三日月の出てる日に何かが起こるのは本当なのかもしれない。また来てみようかな? 三日月の夜に。今度はもう少しあの絵をちゃんと見てみたい。
 ところで、どうやったら三日月の出る日なんてわかるわけ?
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