ナツキス -ずっとこうしていたかった-

帆希和華

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4.天使がいた夏

365日、ずっと一緒にいたかった。

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 花陽公園に着いた。
 絽薫くんにお土産を渡したくて、群馬から帰ってくるとすぐさま片づけを済ませ家を出てきた。すぐ戻るからとママに伝えて駆け出していた。
 髪や服装は車の中である程度整えていたので、身支度に時間はかからなかった。
 日が落ち始めて、遠くの空がいちごとオレンジのシロップが染みていくように、優しく色付いていく。

「お待たせ!」

 声の方を向くと、絽薫くんが自転車を押してこちらまで歩いている。

「絽薫くん」

 立ち上がると、引き寄せられるように目の前まで駆けていた。

「待った?」
「全然。今来たばかり。ごめんね、急だったでしょ?」
「うん、急だった」

 ニヤけた顔で見てくる絽薫くん。わたしも自然と笑顔になる。

「車の中で……座る?」
「うん」

 帰りの車の中でずっと考えていた。絽薫くんは和歌山を昼前には立っていたため、わたしが名古屋に帰ってくるよりも二、三時間は早い。お土産なら翌日渡してもいいし、今日は疲れているだろうから、ゆっくりしていたほうがいいよねと思っていた。でも、ROWでメッセージを送ってしまった。

『お土産渡したいから少しだけ会いたい』

 送信ボタンを押す気はなかったのに、触れてしまったから。

「百彩ちゃん、俺も持ってきたんだ。はい」
「ありがとう」
「お菓子とか食い物だけど……」
「うれしい。パパとママと食べるね」
「うん」

 照れるように頭を掻く絽薫くんがなんだかかわいい。

「わたしもね。お菓子とこれ」

 まず紙袋を渡して、その後にポリ袋に入った木製のブレスレットを渡した。

「何これ?」
「ブレスレット」
「ブレスレット? 俺、食い物しかないのに……」

 やっちゃったよーと眉を下げて下を向き、考える人のような姿勢になった。

「おじいちゃんからもらったやつなの。キャンプ場のロゴ入りグッズのひとつ」
「へー、ぼすこさぽれ?」
「うん、ボスコサポーレ。イタリア語なの。おじいちゃんピザ焼いたり、パスタ作ったりしてて、イタリア好きなんだって。それでかな? ……んっ?」

 絽薫くんが覗くように見てくるので、変なことでも言ったのかなと首を傾げた。

「楽しかったんだね、おじいちゃんのキャンプ場。めっちゃ笑顔だよ。かわいい」
「えっ?」

 確かに楽しかった。友達と遊びに行くのも楽しいけれど、家族や親戚と過ごす日々も、また違った楽しさがあった。小さな頃から知っていて、友達にはいいところを見せようとするところも、家族にはわがまま言えたり甘えたりと、気を抜いて過ごしていた気がする。

「来年は受験勉強に挑む前に、ポスコサポーレでみんなでキャンプできたらいいな」
「うん、そうだね」

 当たり前のようにそう答えていた。すぐに気づいたけれど、わたしにはタイムリミットがある。
 最近はそのことを忘れそうになる。あまりに自然でありふれていて、ずっと葵百彩だったような感覚になっている。
 ——このままここにいたい。

「どーかした?」
「ううん」

 少し話したあと、家まで送ってくれた。「じゃあ、明日」と絽薫くんが後ろを向き行こうとした瞬間呼び止めた。

「絽薫くん」

 こちらを向き直すと同時に抱きついた。

「百彩ちゃん?」
「大好き」

 目を見つめた。絽薫くんのハッとした表情がかっこよくて、恥ずかしくなり下を向いた。

「百彩ちゃん、俺も大好き」

 顔を上げ視線が合うと、そのままキスをした。顔が熱くて胸の鼓動が波打つたびに、全身が弾かれているようだった。
 
 ずっとこうしていたかった。
 三六五日、ずっと一緒にいたかった。



     *     *



「お待たせ」
「うん」
「百彩、気をつけてねー」

 午後五時半過ぎ、絽薫くんが家の前まで迎えにきてくれた。お母さんは絽薫くんを見てみたかったのようで、玄関ドアを開けて声をかけてくれた。
 絽薫くんは慌ててぺこっと頭を下げてあいさつをしていた。

「いってきまーす」

 今から盆踊り大会に向かう。名古屋城の隣の名城公園で毎年開催される大きなイベント。どんなものなのか興味があり、行ってみたいなと言っていたら、「夜だから余裕でしょ!」と、みんなの勢いに押されて今日行くことになってしまった。
 朝から電車に乗りプールに行き、十五時過ぎには家に帰ってきた。そこから急いで用意をして、今となる。丸一日遊び倒すことなんて初めてで……というか、今日も初めてづくしで疲れるなんて言葉は浮かんでこなかった。
 ただただ楽しい。

 名城公園駅を出ると夕焼けが空を染めていた。茜色が燃える炎のように揺らぎながら、青色から藍色、紺色の夜空を連れてくる。
 耳をすませば、会場の方から祭囃子が聞こえてくる。なんだか少し鼓動が早くなってきた。

「どうかした?」
「何でもないよ」

 そう言いつつ公園入り口を抜けていくと、目の前に広がる世界に目を見開いた。提灯やLEDでライトアップされ、道を作るように屋台が並び、どこからともなくいい匂いが漂ってくる。
 自然と吸い寄せられるようにクレープ屋さんの前まで来ていた。

「百彩ちゃん、どーしたの?」
「えっ? ここって……クレープ?」
「そーだよ。食べる?」
「うん! あっ、あとでね」
「そーだね。みんな待ってるし。行こっ」
「うん」

 会場に着くと、輪になって踊るように中心にやぐらがあった。上段には太鼓が置いてあり、二段目には浴衣を着た数名の女性が話していたり、振りを確認し合っているようだった。
 みんなと合流して少しわちゃわちゃ話をしていると、太鼓がドドーンッとなりアナウンスが流れた。

「みなさん、今日は名城公園盆踊り大会にお越しいただきありがとうございます。夏も半分過ぎました。ますます楽しんでいきましょー! さあ、ベンチにいる方も、散らばっておられる方もこちらの輪の周りに集合ください。踊りますよー!」

 再び太鼓が鳴ると、音楽が流れ出した。初めて聞くわけではないけれど、恋のキューピッドのときは音楽を聞いたり、踊るためにこういうところにいたわけではなかった。今まさにその空気の中にいるなんて不思議な感覚で、宙に浮いてしまいそう。

「みんなわかるよね? もっちゃんはわたしたちについて真似て踊れば大丈夫だから」
「よしっ! いっちょかますぜ!」

 福居くんの声がかき消されるほどの勢いで輪が動き出す。踊りながら流れるように歩いていく。
 凛花は手慣れた感じで踊っていて、その隣で坂戸くんは少し恥ずかしそうに調子を合わせている。福居くの動きは大きくて体操のお兄さんのように見えてくる。明歩はさすが演劇部、照れた様子もなく綺麗に踊りをこなしている。絽薫くんは慣れたもので周りを見ながら軽く踊り、わたしはみんなの見よう見まねでついていった。初めは見るのに必死だったけれど、振りには一定性があってなんとか一緒に踊れた気がする。
 続けて二曲を踊った。ミストがあったり、サーキュレーターがあるけれど、大勢の人の中ではあまり意味がなさそう。絽薫くんは早速汗だくになってようで、ハンディーファンを取り出しクルクルと全身に回していた。

「百彩ちゃん」

 絽薫くんはわたしにハンディーファンを向けてくれた。

「涼しいね。ありがとう」

 こんな何気ない瞬間が、何にも変えられない大切な時間なのかもしれない。いつも相手のことを思って、歩み寄って、優しい気持ちになれる。
 特別な何かってすごく胸が膨らむ、けれど、いつものただ当たり前の風景がふとした瞬間に尊いと気づく。とても幸せなんだと。

 
 磨都くんと中原さんに会ったあと、名古屋城まで走ってきた。賑やかさが少し遠くに感じられた。祭りの音は優しく耳に流れ、お城の周りの柔らかな空気が全身を包み込んでいく。

「あんま来ないけど、夜来るといい雰囲気だな?」
「いい雰囲気とは? サッカードくん」
「それはさ……」
「あっ、しょうちゃんたち来たって」

 絽薫くんはスマホを確認した。

「戻るよー」

 前に、電車の中で会った絽薫くんの友達が来たらしい。
 みんなで会場に戻り合流をした。アナウンスが流れてわたしたちは、えっ? と顔を見合わせた。

「一曲目はアイドルの榎園愛夏さんの生歌で踊りましょー」とやぐらの上に手を振り登場をした。
 思わぬ登場に応援するように呼びかけをしたり、手を振ったりしながら一曲目を踊った。続けて踊っていると、榎園さんがこちらへとやってきた。

「さすがはアイドル! なかなかよかったぞ」
「何様のつもり! でも、お礼は言っとく。ありがとう」
「もはやコントだよね?」

 
 今日は本当に楽しかった。プールにお祭りに夏が凝縮されたようだった。
 明歩は中野翔くんと一緒に来ていた大屋涼くんとなんだかいい雰囲気で、ふたりで屋台に行ったりしていたし、福居くんと榎園さんも距離が縮まっている気がする。
 実ったばかりの小さな愛を、ゆっくりと育んでいるんだなと微笑ましくなった。
 今も恋のキューピッドならきっと赤い糸を結んでいるはず。
 わたしと絽薫くんの小指を確認した。
 
 大好きだよ、絽薫くん。

 
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