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第15章 再びアサルセニア
メメント・モリ
しおりを挟むマリアは、工房に役人二人を案内した。
もちろんマリアは仕事中だ。
「おはようございまーす、マリアさん。お客さんですよー!」
「ほーい、レイチェル。今朝は早いね」
振り向くマリア。驚く男二人。
「「こ、これは! ゾンビが鍛冶をしている!」」
そうだ、青白く縫い目のある肌は、まさにゾンビ―!
と、すかさず反論するマリア。
「はあ? 失礼だなあ。君が知っているゾンビは、こんな流暢に喋るのかい?」
そうだ、ゾンビは脳まで腐っている。こんなに話が通じるゾンビなど信じられない。
「いやしかし、……そうだ! キミは人間ではないな。 まさか、魔族……?」
眼鏡男は、学生時代の魔術の授業を思い出した。
ゾンビの知能が低いのは、魂の無い残りカスの魔力では、体の維持が精いっぱいだからだ。知能の高いアンデッドモンスターというのは存在するが、それらはどれも高い魔力を持っており、魔力で魂と知能をその体につなぎとめているのだ、という説だ。
つまり――。
眼鏡の男性はマリアの胸を見た。それはすぐに、憐れむような視線に変わる。
「魔族なわけ、ないか」
小声だったが、マリアにはしっかりと聞こえていた。
(こいつ、あとでぜっったいに、ぶんなぐる!)マリアはぷるぷると槌を震わせながら、ひそかに決意した。
レイチェルは言った。
「あのー、マリアさんはエルフですよ。ゾンビ―のコスプレをしているのは、ナウマンダーヴ教の教えにのっとってですけど」
「なにナウマンダーヴ? それにこすぷれとは?」
「コスプレとは、仮装のことです。自分の憧れや目標の存在と似た衣装を着て、それに近づこうという教えですよ」
「ほう、ではナウマンダーヴとは?」
「彼女の信仰している宗教です。ナウマンダーヴ教の教義には、こういうものがあります。『汝、死を忘れることなかれ』と」
「やはり邪教ではないか! 死をたたえるとは!」
興奮した眼鏡男を、レイチェルは男を冷静に諭した。
「それは誤解ですね。ナウマンダーヴ様の教えの表面しか見えていません。いいですか、今現在、私たちは幸せに暮らせています。しかし、明日も同じとは限りません。事故でいつ死ぬかもわからない。だからこそ、我々は一日一日をしっかりと、誠意をもって生きねばならないのです。
それを一言で表す言葉、そして快楽に流される自分への戒めとして、『死を忘れることなかれ』とナウマンダーヴ様はおっしゃりました。そして!」
「そして?」
「ゾンビとはまさに死の象徴。自らゾンビ―の衣装を着ることで、今日の自分をしっかりと生きることにつながるのです」
「なんと、そんな深い考えが」
眼鏡男は腕を組み、納得したようにうんうんとうなずいていた。
「しかし、これは本格的すぎません? 縫い目だってえらくリアルに作られてー」
横から口を出したのは小柄男。
なかなか鋭いつっこみだったが、想定内だ。レイチェルは困った様子も見せず、言葉を続けた。
「まあ、マリアさんは特に熱心ですからね。でも、私だって、ほら」
レイチェルが白衣をしゃなりと脱ぎ捨てると、なんとその下に着ていたローブには、深く、そして大きなスリットが各所に入っていた。
「これはなんとすばらし、いや、はれんち、いや、ええと、」
どぎまぎする小柄男に、レイチェルは凛と言い放つ。
「――『清貧』、ですわ」
「そ、そうだ、清貧だ! 贅沢をせず、布地も少なく、なんて質素な」
「私は体までは無理ですけど、衣装くらいはと思い、ゾンビさんの真似をしているんです。ナウマンダーヴ教がもっと広まれば、こういう方も街に増えるかもしれませんねえ。町中で、こういう服の女性が……」
小柄男と眼鏡男は、顔を見合わせて言った。
「ありですね」
「ええ、問題なさそうです」
((うっしゃあっっ!!))
作戦は成功だ。効果はばつぐんだ。
レイチェルとマリアは、心の中で互いに腕を組み、努力を讃えあうのであった。
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