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第12章 魔獣討伐

天網恢恢ブレインウォッシュ

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「くっ、この炎熱のサルーをあっさり追い詰めるとは、貴様何者だ?」
 炎熱のサルーとやらは、魔族にふさわしい肉体を持っていた。炎熱というだけあって、熱がりなのだろう。羽織っているマントの下は、まるで水着のような紐のような。

 サルーはこちらを睨みつける。じりじりと右手を動かし、呪印を組もうというのだろうか。
 だが、魔力の組み方がまだまだ荒いな。巨大な魔力量にばかり頼っているから、質的コントロールがおろそかになるのだ。
 俺は魔術師殺しメイジキラーを軽く振り、魔力の流れを遮断する。魔力は霧散し、反撃は不発に終わる。

「貴様ぁ、何をしたっ!」
 炎熱のサルーが叫ぶ。さっと右方向に駆けだしつつ、今度は片手、無詠唱で≪火炎の矢フレア・アロー≫を連射する。

 素早さは認めるが、甘いな。
「≪鏡面リフレクション反射・マジック≫」
 数で攻めてくるやつには、これが効く。俺が手を振ると同時に、複数の魔法盾マジックシールドが出現する。

 乱反射した≪火炎の矢フレア・アロー≫が巻き起こる煙を突っ切って、俺はサルーに切りかかる。
 サルーはすんでのところで身をかわすと、俺と再び向き合った。

「なかなかやるな、貴様」

 その時、取り巻きの兵士の一人が叫んだ。

「この男、今、魔術を使ったぞ。もしかして、この冒険者も魔族か? 気を付けろっ!!」


 その瞬間、サルーが何か閃いたように、笑みを浮かべて兵士を見た。ルビーのように赤い瞳がぎらりと光る。

 サルーは俺を指さすと、いきなり大声で叫んだ。

「バカかきさま、作戦が台無しではないかー!」

 ひどい棒読みだ。まるでロバのゲップだな。何を言っているんだ、こいつは?

 次の瞬間、サルーは残った力を振り絞り、宙に飛び上がった。

「ふはははは、先に陣に戻っているぞ、お前も早く帰ってくるんだなぁぁぁぁぁーー!!」

 それだけ言うと、サルーは一目散に逃げだした。
 あたりにこだまするサルーの声。

「……ん?」

 俺は、回りの兵士たちの異様な雰囲気に気付いた。
 兵士たちは俺を取り囲み、震えながらも剣や槍を向け、決死の形相で睨みつける。

 これは、もしかして、俺が疑われているのか? バカめ、あんな魔族の捨て台詞など、軍が簡単に信じるわけないではないか。

 俺は敵意がないことを示すため、とりあえず剣をしまい、兵士たちに声をかける。
「危なかったな、お前たち。もう大丈夫だ、魔族は逃げた」

「お前、まだバレていないつもりか、死ねえっ!」
 勇敢な兵士の一人が、剣を振りかぶって切りかかる。危ない。
 困るほどの腕前ではないが、一応手に持っているのは武器である。とりあえずかわしざまに足を引っかけ、転ばせる。

「おい、落ち着け。何を勘違いしている。俺は人間だぞ?」
「バカを言うな、魔法を使う男などいるわけがないだろう!」

 俺は少し考える。そして思い出した。そうだ、この世界で魔法を使える男は、魔族だけだった。
 しまった、完全にサルーの罠にはまってしまったようだ。
 この事態を切り抜けなければ。なるべく、人的被害を出さずに。

 しばし考え、言い訳を口にする。
「俺は女だ」

 ――しばしの沈黙と困惑がが、その場を支配した。



「おい、剣を引け。奴に話がある!」
 口を開いたのはタントゥーロ。さすが一軍の将、話が通じるかはわからないが、なんとか説得してみるしかない。

「タントゥーロ。俺は依頼で王都から来た、ギルド・ミスフィッツのリーダーだ。名はイングウェイ・リヒテンシュタイン。俺が魔族だと勘違いされているが、それは誤解だ。信じてくれ」

 タントゥーロは言った。
「確かに最初は、お前は剣で戦っていた。空を飛んだりもしていたが、その程度なら高レベルの魔法道具マジックアイテムならできなくもないだろう。だが、最後の鏡状の魔法盾は……。おい、お前が本当に魔族ではないと証明できる奴はいないのか?」
 助かる。タントゥーロは顔の怖さに似合わず、話の通じる奴のようだ。
「俺のギルドメンバーを、いや、レノンフィールド侯を呼んでくれ!」


「――それには及ばない!」
 突如響いたのは、聞き覚えのある太い声だった。人垣を割って出てきたのは、剣士ホルス。

 タントゥーロは警戒を続けたまま、ホルスに聞く。
「君は、ギルド・フロイドのリーダーだったな」
「ああ、そうだ。王都からここまでの道中は、リヒテンシュタインと一緒だった」
「それでは……」

 ホルスは意味ありげに頷くと、俺を睨みながら言った。
「その道中、俺たちはドラゴンに襲われた。そして、それを使撃退したのが、彼だ。こちらについてからは、レノンフィールド侯と親密にしており、彼の娘は既に奴の虜だ!」

 タントゥーロは顎髭を触りつつ、言い放つ。 
「そうか、なるほど。読めたぞ。貴様、レノンフィールド侯に取り入り、人間の軍に入り込むつもりだったのか」

「いや、違う、そうじゃない」
 既に俺が何を言っても無駄だった。
 じりじりと向かい合う、兵士たちと俺。

 緊張がその場を支配した。

「タントゥーロ様、勇者パーティーがすぐにこちらに来ます、あと少し持ちこたえてください!」
 兵士の一人が言った。勇者パーティーなど敵ではないと思うが、ここで戦いを始めても本物の反逆者になるだけだ。

 悔しいが、ここは引くしかない。そう判断した俺は、≪飛行フライ≫の呪文を唱える。
 すっと宙に浮かぶ。
「やっぱり術を! 魔族だったんだ!」
「裏切り者め、降りてこーい!」
「戦えー! 正々堂々戦って死ねー!」

「ちょっとイングウェイさん、めっちゃ魔族扱いされてますよ! いいんですか?」
 空気を読んで黙っていたメタ梨花まで、小声でツッコミを入れてくる。
「仕方ないだろう。そんなこと言ったって、完全に囲まれているんだし、どこから逃げろと言うんだ」
 長居は無用だ。俺は森の深い北方へとさっさと飛んでいく。


「イングウェイさーん、逃げるのはいいとして、ここからどこへ行くんです?」
「しまったな、この展開は考えてなかったからな。いっそ魔族軍にでもかくまってもらうか?」
「ははは、相変わらずジョークがへたくそですねー」

 俺のあてのない逃避行は始まったばかりだ。
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