賢者、二度目の転生――女性しか魔術を使えない世界だと? ふん、隠しておけば問題なかろう。(作中に飲酒シーンが含まれます、ご注意ください)

鳴海 酒

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第八章 渦巻く嫉妬

眠れない夜

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 ~インストゥルメンタル~

 夜が来た。
 吸血鬼の時間だ。
 皆が寝静まる中、リーインベッツィは一人布団から起き出した。

「やれやれ、あの嬢ちゃんがこんなにも酒に強いとは思わなかったわい。さて、そろそろ動き出すかのう」

 ひたひたと、素足で廊下を歩く。石の冷たさが心地よかった。

「おい、どこへ行く?」

 後ろからリーインベッツィに声をかけるものがいた。ゆっくりと振りむくと、そこにいたのは美形の青年。
 そう、われらがイングウェイ・リヒテンシュタインだ。

「ほう、気付くものがおったか」
「ふん、レイチェルのマナの陰に隠れていれば、わからないとでも思ったか? 悪意は感じなかったから泳がせていたが、あまり好き勝手に我が家をうろつかないでもらいたいな」

 リーインベッツィは嘲るような笑みを浮かべる。
「夜のわしを止められると思っているのなら、やめておいたほうがいいぞ。酒の礼じゃ、今なら見逃してやる」

 対するイングウェイも、魔術師殺しメイジキラーを抜く。
「それはこっちのセリフだ」
 剣に魔力が循環していく。イングウェイが魔力を高めるのに呼応して、黒い刃が鈍く光を放つ。

「む、貴様、男のくせに魔力操作がうまいのー。あとその魔力、なんか覚えあるんじゃが」
 リーインベッツィは、素直に驚いた様子を見せた。隙だらけの姿勢を見せていた。ただしそれは実力差からではなく、イングウェイに敵意がないことを見透かしているからだ。

 イングウェイもわかっていた。レイチェルと酒で打ち解けていたのだ、悪いやつのはずがないだろう。

「俺に吸血鬼の知り合いなどいない」
「では、北の城に住む魔術師の噂とかは聞いたことないかのう?」
「北の城? 魔王城か。伝説でしか聞いたことはないな、実在したのかも怪しいが」

 吸血鬼はけたけたと屈託なく笑う。

「魔王か。愉快じゃのう、そんな呼ばれ方をしておったとは。

「知っているのか?」
「おお、知っとるし、なんなら会ったこともあるぞ。なんせわしは400年以上生きているからのう」

 どうやらこの相手はずいぶんと博識のようだ。
 イングウェイは、ふと思いついたことを聞いてみる。

「魔法を使える男について、なにか知っているか?」

「おう、知っとるぞ。転生者とかいうやつの中に、たまにそういうやつがいるのう」

 なんだと? イングウェイは耳を疑う。が、すぐに思い直した。
 この世界に来て以降、転生者という言葉を聞いたことはない。だが、自分が転生している限り、他の転生者がいない理由などない。
 むしろ、なぜその可能性を考えなかったのか、不思議なくらいだ。
 転生者が他にもいるのは、自然なことだろう。問題はそいつが敵かどうかだ。

「戦うつもりがないなら、わしはもう行くぞ。嬢ちゃんによろしくな、酒の礼を言っておいてくれ」

 リーインベッツィはばさりと音をたて、コウモリのような漆黒の翼を展開した。
 窓に足をかけ、宙に踊る。

 イングウェイはその様子をぼんやりと見ていた。
 彼女の能力スキルに興味はあったし、吸血鬼の同居人というのも悪くはないが、他のメンバーに迷惑がかかるのも困る。
 勝手に出ていくなら、引き留めるほどの理由はない。

 ただ、この娘とは、どこかで再び会うような予感がしていた。



 翌日、昼過ぎに起きてきたレイチェルに、事の次第を説明した。
 レイチェルは何も言わずに消えた友達のことを残念がっていたが、まあいいかで済ませた。
 ここにビールがある限り、またふらっとやってくるだろう。今度は、シャンディーガフでも作ってやろう。
 そんなことを考えていた。

 リーインベッツィは血が苦手だったため、吸血鬼だが血をまともに飲んだことはない。
 したがって、血の匂いもしない。
 誰も、彼女が吸血鬼だとは気付きもしなかった。



 リーインベッツィはふらっと勢いで飛び出したため、あてもなくさまようはめになった。
 朝が来る前に、暗い空き家を見付けてお邪魔して。また夜になったら飛び出し、今度は王都を飛び出てみた。
 探検だ。あてもない探検だ。
 数十年単位で昼寝をする吸血鬼にとって、結局あてなんてものはないのだ。

「そういえばあやつ、魔王がどうとか言ってたの。たまには古巣に顔を出しに行ってみるか」

 リーインベッツィは、レノンフィールド領のさらに北を目指し、飛んで行った。
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