54 / 200
第六章 女神の洗濯
ユースアムネジア
しおりを挟む俺たちはサクラと別れた後、岩山のふもとにあるダンジョンを訪れていた。
とにかく歯ごたえのある戦いがしたいとギルドで言ったところ、ここのダンジョンを紹介されたのだ。
アリサはこう言っていた。
「あそこはとにかく脳筋の魔物が多いんですよ、なんででしょうねー。よかったらついでに調査もお願いします」
とりあえず引き受けたものの、確かにここのモンスターは強い。強いが、ストレートな強さだ。
「ふん、そんな大振り、当たるわけないにゃー、くらえにゃー」
通常より3割増しの筋肉を持ったオーガの蹴りを、フィッツは軽くかわす。かわしつつ、爪で腕の筋を断つように鋭い攻撃を繰り出す。
うん、フィッツは問題なさそうだ。
そして――
「――書き記せ、動き出せ。
お前は殺すために生まれた最初の子だ。
私は這い寄る死だ。
≪屍体兵召喚≫っ!!」
ぐわんと黒い影がゆらめいた。
正体は、先ほど俺が殺したポイズン・ジャイアントだ。
紫色の巨体が動き出し、柱のように太い腕が、マイアー・ボアをまとめてなぎ倒す。
厳密に言えば、レイチェルが支配下におくのは死体そのものではなく、死霊。魂そのものだ。それらを死んだポイズン・ジャイアントの体に憑依させて操っているのだ。
細かい制御ができない半面、操作時の術師の負担や、使用する魔力は少なくて済む。長期戦、特にダンジョンなどにもぐり続けるときには、とても有用なスキルだ。
死霊術師というクラスは研究者的側面が強いけれど、まさかレイチェルがここまで実践的な術を修めているとは思わなかった。俺も彼女についての認識を改めなければならないな。
しゃーっ!
パンパンっ! ぐぎゃー。
ジャイアントの足元を抜けてきたマイアー・ボアを、キャスリーがピンポイントで打ち抜いた。
「ありがとうございます、キャスリーさん」
「ふん、たいしたことないんですの」
正直、ここのダンジョンとキャスリーの相性は悪い。銃は貫通力は優れているが、制圧力には劣る。敵モンスターの筋肉量が多いと、どうしても利きが悪いのだ。
ところがキャスリー自身、それに気付くとすぐに、援護中心に戦い方を変えた。
今の漏れた敵の処理もそうだが、オーガの目を狙うなどの技も披露した。
高飛車なお嬢様だったので協力プレイが苦手かと思っていたが、大ぶりのレイチェルと個人主義のフィッツ、ふたりの間の潤滑油となり、うまくやっている。
ギルドに入って戦ううちに、心境の変化があったのだろうか。この調子なら、俺の出番はないな。
と思っていた矢先、レイチェルが再び呪文を唱える。
いや、別に呪文を唱えることが不思議ではないのだ。問題は、唱え始めた呪文だ。
「――書き記せ、動き出せ、お前は――」
「おいレイチェル、今度はなにを操るつもりだ?」
「え? あ、あれ? ポイズン・ジャイアントは……って、もう動いてる? おっかしーですねえ?」
おい、しっかりしろ。いつものアルコールの過剰摂取による錯乱か? それにしては様子がおかしい。
「すみません、真面目にやろうと思ってビールを控えていたのが、かえって悪かったんですかねえ?」
「それは良くないな、いつものペースをくずすのはかえってよくない、飲め」
俺は荷物からビールを取り出し、レイチェルに手渡す。礼を言って、瓶をぐぐっと傾けるレイチェル。
「ぷっはー、うまい! やっぱりこれですよこれ! あれ、ところであそこで戦っている猫さんって誰ですか? すごく強いですねえ」
「ん、猫さん? フィッツのことか? ……おいレイチェル、どうした? お前、何かおかしいぞ」
「あれー、そうですかあ? やっぱり酔わな過ぎて調子が悪かったのかな? あれ、そういえば美形のおにーさん、あなたどなた?」
小さな違和感が少しずつ大きくなる。今までにレイチェルがこんな酔い方をしたことがあっただろうか? いや、ない。
彼女は普段から飲んでいるだけあり、酔い慣れをしているはず。
翌日に昨夜の記憶を失っていることはあっても、その場での記憶があいまいになるなんて、見たことが無い。
もしかして、何かの呪いだろうか?
前の世界と同じものかはわからないが、似たような呪いを聞いたことはある。
たしか、「若年性記憶喪失」だったか?
記憶系の呪いはやばい。
本人が知覚できないのが、非常にまずいのだ。
発見の遅れが呪いの対処を遅らせ、取り返しのつかないことになる場合もある。
これがモンスターからの攻撃ならまだ簡単だが、そんな変な攻撃を食らった記憶はない。
もしも、ダンジョン自体が由来となると――。
少々面倒なことになってしまった。
2
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説
Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――
金斬 児狐
ファンタジー
ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。
しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。
しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。
◆ ◆ ◆
今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。
あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。
不定期更新、更新遅進です。
話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。
※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。
いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成!
この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。
戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。
これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。
彼の行く先は天国か?それとも...?
誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中!
現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
おっさんの異世界建国記
なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる