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第六章 女神の洗濯
終わりなき論争
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「じゃあ、行ってくるぞ」
「行ってきますねー、お留守番お願いします」
「気を付けなよー、二人が戻ってこなかったら、ボクの体を治してくれる人がいなくなるんだからさ」
今日の仕事は、俺とレイチェルの二人だけだ。見送ってくれたのはゾンビのマリア。
レイチェルの能力は今回の仕事に適任なので、特に不安はないのだが。出かけるときはだいたいサクラも着いてくるので、レイチェルと二人きりで仕事というのは、実は今回が初めてだ。
依頼の内容は、とある宗教団体の調査。といっても、ブラックな労働条件についてではない。洗脳に違法な薬物を使っていないかというやつだ。
……というのが、表向きの話。実は王には、裏の依頼をされている。こちらは少々危険な内容なので、他のメンバーには伝えていない。
それにしても、人数が増えるのはいいが、守りの目が行き届かなくなるのは問題だな。
それと、王のこともちょっと困っている。ひょんなことで知り合って以来、センシティブな依頼をちょくちょく押し付けてくるアサルセニア王だが、こんな底辺冒険者ギルドなんかに、気軽に相談し過ぎだろう。王のくせに。
実際のところ、俺の情報を彼がどこまで知っているのか。――要するに、男性の魔術師だということを知っているのかについては、謎のままだ。
まあ、持ってくる依頼の内容から考えるに、信頼はされているのだろう。少なくとも敵視はされていないと思う。口が堅いお抱えの便利屋あたりに思われているのだろうか?
まあ、考えていてもしかたないか。
「ここだな」
「ごめんくださーい、入りまーす」
立派な石造りの扉をくぐると、すぐ正面に、大きな絵が飾られていた。
一人の女性が、物干し竿に何人もの赤ん坊を吊るしている絵だ。この意味不明さからして、宗教画だろうか?
この絵は何の絵だ? 俺が聞くと、レイチェルはメトロノームのように首を振りつつ答えた。
「ええと、たしかこれがここの神様ですよ。名前はたしかー、キャンポテーラ様でしたっけ」
「ええと、キャンテ……?」
「キ ャ ン ポ ー テ ラ 様、ですよ。死んだ人間を洗濯して、罪や汚れを洗い落としてくれるんです。これは、洗い終わった赤ん坊を、生まれる前に干して乾かしているところを描いた絵なんですよ」
俺たちの話が聞こえていたのだろうか、信者らしき老婦人に声をかけられてしまった。
ううむ、なんと舌を噛みそうな名前の神様だ。
しかしさっぱりわからんな。
「俺は2回ほど死んでいるが、こんなやつ見たことないぞ」
「私だって、ゾンビから、生き返る前に洗濯されかけたなんて話は、聞いたことありませんよ」
俺たちは信者に聞こえないよう、小声でぶつぶつ言い合った。どうやらレイチェルは、ここの信者ではなかったようだ。
そのとき、一人の若い女性が俺たちに声をかけてきた。
「あなたたち、ここは初めて? あなたもこの世界のために祈りに来たのかしら?」
「あ、いや、俺は――」
急に話しかけられ、答えにつまった俺を、レイチェルは腕をぐいと引っ張ってごまかしてくれた。
「ありがとうございます、夫と!二人で!見学したいんですけどー、そういうの受け付けてます? 例の魔物襲撃の事件から、毎日が不安で。なにか助けてくれる人はいないかなーって思ってたんです」
「ああ、それでしたらこちらへ」
やけに『夫と』をアピールするレイチェル。とんとん拍子で進む入信。やめろ、俺はまだ心の準備ができていない。
通されたのは、広い講堂だった。見た目は普通の教会のようだな。ここで教祖様のありがたい教えとやらを聞くのだろう。
俺たちの対応をしてくれたのは、とある女性だった。
女性は、ヒューラと名乗った。胸を見るに、魔力量は少なそうだ。
と、俺がどこを見ているかすぐにバレたようで。
「ああ、私の胸が気になりますか? たしかに魔力量が少ないというのは、不便なものです。しかし、キャンポーテラ様の教えにはこうあります。持たざる者こそが、皆を助ける心を持つ、と」
俺は入口の絵画を思い出しながら言った。
「確かにキャン、……なんとか様も、控えめなお胸でいらっしゃいますね」
「ちょ、ちょっとイングウェイさん、失礼ですよ!」
ところが、ヒューラはくすりとほほ笑んで言う。
「気にしないでください。さきほど信者の方からも聞かれたでしょう、キャンポーテラ様は洗濯の神だと」
確かに聞いたが、それがなにか、魔力と関係が?
「ですから、洗濯板なのです」
ああ、なるほど。ぽんと手を打ち、納得するレイチェル。
だが俺は簡単にはだまされなかった。簡単な理論だ。質問に意外な答えを用意しておくことで何となく納得させておき、なんだか全体的にも正しい感じに思わせる。詐欺師の手口だ。
今度は俺が笑う番だった。ただし、鼻で笑いとばしてやるのだ。
「はっはっは。話を聞くに、キャンポーテラ様とやらはずいぶんムダが好きな神様みたいじゃないか」
「なっ、なんですあなた、失礼な!」
ヒューラは赤い顔で反論してきた。
やれやれ、こういう宗教論争は趣味じゃないのだが、仕方ない。
俺は相手をなるべく逆なでしないように、軽く論破することに決めた。
「行ってきますねー、お留守番お願いします」
「気を付けなよー、二人が戻ってこなかったら、ボクの体を治してくれる人がいなくなるんだからさ」
今日の仕事は、俺とレイチェルの二人だけだ。見送ってくれたのはゾンビのマリア。
レイチェルの能力は今回の仕事に適任なので、特に不安はないのだが。出かけるときはだいたいサクラも着いてくるので、レイチェルと二人きりで仕事というのは、実は今回が初めてだ。
依頼の内容は、とある宗教団体の調査。といっても、ブラックな労働条件についてではない。洗脳に違法な薬物を使っていないかというやつだ。
……というのが、表向きの話。実は王には、裏の依頼をされている。こちらは少々危険な内容なので、他のメンバーには伝えていない。
それにしても、人数が増えるのはいいが、守りの目が行き届かなくなるのは問題だな。
それと、王のこともちょっと困っている。ひょんなことで知り合って以来、センシティブな依頼をちょくちょく押し付けてくるアサルセニア王だが、こんな底辺冒険者ギルドなんかに、気軽に相談し過ぎだろう。王のくせに。
実際のところ、俺の情報を彼がどこまで知っているのか。――要するに、男性の魔術師だということを知っているのかについては、謎のままだ。
まあ、持ってくる依頼の内容から考えるに、信頼はされているのだろう。少なくとも敵視はされていないと思う。口が堅いお抱えの便利屋あたりに思われているのだろうか?
まあ、考えていてもしかたないか。
「ここだな」
「ごめんくださーい、入りまーす」
立派な石造りの扉をくぐると、すぐ正面に、大きな絵が飾られていた。
一人の女性が、物干し竿に何人もの赤ん坊を吊るしている絵だ。この意味不明さからして、宗教画だろうか?
この絵は何の絵だ? 俺が聞くと、レイチェルはメトロノームのように首を振りつつ答えた。
「ええと、たしかこれがここの神様ですよ。名前はたしかー、キャンポテーラ様でしたっけ」
「ええと、キャンテ……?」
「キ ャ ン ポ ー テ ラ 様、ですよ。死んだ人間を洗濯して、罪や汚れを洗い落としてくれるんです。これは、洗い終わった赤ん坊を、生まれる前に干して乾かしているところを描いた絵なんですよ」
俺たちの話が聞こえていたのだろうか、信者らしき老婦人に声をかけられてしまった。
ううむ、なんと舌を噛みそうな名前の神様だ。
しかしさっぱりわからんな。
「俺は2回ほど死んでいるが、こんなやつ見たことないぞ」
「私だって、ゾンビから、生き返る前に洗濯されかけたなんて話は、聞いたことありませんよ」
俺たちは信者に聞こえないよう、小声でぶつぶつ言い合った。どうやらレイチェルは、ここの信者ではなかったようだ。
そのとき、一人の若い女性が俺たちに声をかけてきた。
「あなたたち、ここは初めて? あなたもこの世界のために祈りに来たのかしら?」
「あ、いや、俺は――」
急に話しかけられ、答えにつまった俺を、レイチェルは腕をぐいと引っ張ってごまかしてくれた。
「ありがとうございます、夫と!二人で!見学したいんですけどー、そういうの受け付けてます? 例の魔物襲撃の事件から、毎日が不安で。なにか助けてくれる人はいないかなーって思ってたんです」
「ああ、それでしたらこちらへ」
やけに『夫と』をアピールするレイチェル。とんとん拍子で進む入信。やめろ、俺はまだ心の準備ができていない。
通されたのは、広い講堂だった。見た目は普通の教会のようだな。ここで教祖様のありがたい教えとやらを聞くのだろう。
俺たちの対応をしてくれたのは、とある女性だった。
女性は、ヒューラと名乗った。胸を見るに、魔力量は少なそうだ。
と、俺がどこを見ているかすぐにバレたようで。
「ああ、私の胸が気になりますか? たしかに魔力量が少ないというのは、不便なものです。しかし、キャンポーテラ様の教えにはこうあります。持たざる者こそが、皆を助ける心を持つ、と」
俺は入口の絵画を思い出しながら言った。
「確かにキャン、……なんとか様も、控えめなお胸でいらっしゃいますね」
「ちょ、ちょっとイングウェイさん、失礼ですよ!」
ところが、ヒューラはくすりとほほ笑んで言う。
「気にしないでください。さきほど信者の方からも聞かれたでしょう、キャンポーテラ様は洗濯の神だと」
確かに聞いたが、それがなにか、魔力と関係が?
「ですから、洗濯板なのです」
ああ、なるほど。ぽんと手を打ち、納得するレイチェル。
だが俺は簡単にはだまされなかった。簡単な理論だ。質問に意外な答えを用意しておくことで何となく納得させておき、なんだか全体的にも正しい感じに思わせる。詐欺師の手口だ。
今度は俺が笑う番だった。ただし、鼻で笑いとばしてやるのだ。
「はっはっは。話を聞くに、キャンポーテラ様とやらはずいぶんムダが好きな神様みたいじゃないか」
「なっ、なんですあなた、失礼な!」
ヒューラは赤い顔で反論してきた。
やれやれ、こういう宗教論争は趣味じゃないのだが、仕方ない。
俺は相手をなるべく逆なでしないように、軽く論破することに決めた。
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