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第四章 イン・ラスト・プレイス
警備兵が来る前に
しおりを挟む広々とした校庭。その中心で、キャスリーとメアリーが対峙する。
他の生徒たちは円を描いて取り囲み、固唾を飲んで見守っていた。
二人が持つのは、刃引きをしてあるとはいえ、本物の鉄製の細剣だ。当たり所が悪ければ、命の危険もある。
それでも止まらないのは、酔った勢いか、真剣さのためか。その答えを知っているのは、胃の中の梅酒のみだ。
「それでは始めるか。どっちが勝っても恨みっこなしだ、いいな」
「異議ありませんわ」
「同じく」
「始め!」
俺の合図とともに、二人はフルーレを構える。
やりとりするのは名誉のみ。
メアリーはゆっくりと間合いをはかりつつ、キャスリーを挑発した。
「ふん、おとなしく魔術での勝負を挑めばいいものを。剣の勝負でわたくしが負けたことがあったかしら?」
キャスリーは答える。
「うるさい、ばーか。だいらい、うっぷ、あんたはお嬢様だからぁ、真剣に勝負することが無かっただけじゃない!」
キャスリーの言う通りだ。学院の生徒たちは、ただの学生ではない。彼女らは個人として見られることは決してなく、常にその背景にある家、血筋がついて回る。
それが良いことか悪いことかなんて、論じる意味はない。現実がそれを冷たく拒否するのだから。
キャスリーのいう「真剣勝負をしたことがない」という指摘は、そういう意味で当たってもいるし、間違ってもいる。
なぜなら、「真剣勝負をする必要がなかった」という背景もひっくるめて、メアリーという個人の力なのだから。
対してキャスリーは、限りなく裸に近かった。
レノンフィールド家は武家で、中央への影響力は小さい。
あげくに今は、キャスリー本人がお漏らしという汚名を着せられている。
キャスリーを支えているのは、意地だけだった。
キャスリーが、猫のようにしなやかにとびかかる。が、間合いは少し遠い。
メアリーはその瞬発力に驚いたようだが、何とかかわして反撃に転じようとする。
きいん、と金型が閉じるような音がして、二本の剣がぶつかった。普通なら起こらないフルーレのつばぜり合いだが、二人ともお構いなしだ。
カチカチとトルクレンチを回すような音が響く。
さすがは武家の血筋の気迫。キャスリーがわずかに押しているように見える。しかし、単純な技量ではメアリーが少し上か。
メアリーは力ではかなわないと見るや、素早く自分から身を引き、姿勢を崩したキャスリーに強引に突きを放った。
腕を回しながらねじ込んでいく様は、まるでロングドライバーだ。
まずいな、キャスリーはかわせない。
ケガをさせるわけにはいかない。俺が試合を止めようとした瞬間だ。
キャスリーの瞳が、ぎらりと光った。
ずぷりとキャスリーの腕に、フルーレが食い込む。と同時に、メアリーの腹にも、一本のフルーレが突き刺さっていた。
冷えたランナーがぽきりと折れて落ちるように、二本のフルーレは地面に落ちた。
メアリーが崩れ落ちたのは、その直後だ。
「はあ、はあ、やりました、わ……」
俺はキャスリーの力を見誤っていたことを、思い知らされた。剣の腕だけではない、もっと高潔な、強い意志の力を。
「そこまでだ。誰か、すぐに救護班を!」
メアリーを抱き起し、俺は途方に暮れた。
メアリーは、すでに死んでいた。
王の依頼で来たとはいえ、さすがにこの展開は予想していなかった。
この場合、責任はだれにあるのか。
言うまでもない、俺だ。
俺は、警備兵が来る前に逃げるべきかどうか、真剣に考えなければならなかった。
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