上 下
28 / 200
第四章 イン・ラスト・プレイス

毒と薬

しおりを挟む

「ここが例の生徒の部屋です」
「すみませんが、俺一人でやらせていただいてもかまいませんか?」

「え? ええ、いいですけど」

 メガネの担任が去ったのを確認し、俺はノックをして声をかけた。
「キャスリー・レノンフィールド、いるか?」

 返事はない。
 再度ノックをするが、部屋からは物音ひとつ聞こえない。
 試しにドアノブを回してみるが、ガチャガチャと乾いた音が響くのみ。

 俺は周囲を見回し、人気が無いことを確認して、そっと呪文を唱える。
「――≪透過シースルー≫」

 とぷりと泥の沼にはまるように、俺の腕は木製のドアを通過する。そして、そのまま俺は、ドアをくぐった。

 部屋の中はカーテンが閉められており、薄暗かった。
 ベッドの上では、静かに寝息を立てるキャスリーが、ワニのぬいぐるみを大切そうに抱きしめていた。

 俺はベッドの隣に腰を下ろし、そっとキャスリーの髪をかきあげる。
 優しいブロンドの綿毛が、指に絡みついた。

 耳元に唇を寄せ、呼びかける。
「キャスリー、起きろ。俺だ」

 二度目の呼びかけとともに、キャスリーは急にばちっと目を開けると、飛び跳ねるように上半身を起こした。
 俺は人差し指をたて、静かにしろと合図する。

 俺は女装のためにまとめていた髪をばらすと、ぐしぐしと手櫛で崩し、普段の容姿に戻った。

「キャシー、俺だ。わかるか?」

 キャシーは目を丸くして驚いた。が、声は出さず、無言でこくこくと何度も首を縦に振る。
 利発な子だ。やはりこの子に魔法の手ほどきをしたのは、間違っていなかった。
 キャシーのうわさは、クラスメイトたちから軽く聞いている。普段の様子も、今回やったことも。褒められたことでは無いけれど、理由も無しに他人を陥れるような子でもない。一体、なにが彼女をそうさせたのか、俺は気になっていた。

「久しぶりだな。元気にしていたか?」
 俺がふっとほほ笑むと、キャシーはたっぷりと深呼吸したあと、小声でささやいた。
「インギー、なんであなた、こんなところにいるんですの?」

「ちょっと事情があってな。ある偉い人からの依頼で、お前の助けになってやれと。今の俺の立場は、この魔法学院の予備教員だ。……女のふりをして、入り込んだ」

 キャシーは、わずかではあるが、笑ってくれた。俺もそれを見て、笑い返す。
 良かった。彼女は相変わらずだ。これなら、なんとかなるだろう。


「単刀直入に言うぞ、キャスリー。学校に来い。そして、授業を受けろ」

「それは、できませんわ」
「理由があるのか? 話せるかい?」

 キャシーは少しだけ迷ったように見えたが、やがて震える声で言った。
「レノンフィールド家の名誉と、意地がありますの。でも、今の私は、ただの負け犬ですわ」
 キャスリーの覚悟は固いように見えた。

「負け犬か」
 俺はベッドに座りなおすと、両手を後ろにつき、天井を仰いだ。

「インギーも、何かあったんですの? その、昔に」

「あったよ、色々と。……でも、俺はそもそも平民の出だからな。最初から負け犬みたいなもんだったよ」
「信じられませんわ、あの強くて素敵なインギーが」

「信じられないなら信じなくてもいいさ。でも、俺は、キャシーを信じている」
「でも――」

 なお迷い続けるキャシーに、俺は一つの瓶を渡した。中には液体に浸かった小さな果実が入っている。
 精神に作用する魔法薬というのは、流通も使用も、法で厳しく制限されていた。麻薬のようなものだから当然なのだが。
 俺が渡したのは、合法のとある薬。魔法ではなく、日本などでも古くから製造・使用されてきたものだ。
 こちらの世界でこれを探すのは苦労した。自分で精製しようにも、前世で知っていたものと同一の果実は、なかなか見つからなかったからだ。

「この瓶は?」
「どうしても勇気が出ないなら、明日、学校に行く前にこれを飲め。元気が出る薬だ」
「わざわざ私のために?」
「ああ。キャシーは俺の恩人だからな。以前世話になった礼だ」

 俺は立ち上がり、前髪を直す。ドアに手をかけ出ようとしたところで、キャシーが叫んだ。
「インギー! ……あの、わたくし、わたくし――」

 言い淀むキャシーを、俺は待たなかった。
 後ろ手に閉めたドアは、やけに重たく感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司
ファンタジー
 偶然、同じバスに乗り合わせた男たち──最強のチンピラ、最凶のヤクザ、最狂のビジネスマン、最弱のニート──は突然、異世界へと転移させられる。彼らは元の世界に帰るため、怪物の蠢く残酷な世界で旅をしていく。  この世界は優しくない。剥き出しの残酷さが、容赦なく少年の心を蝕んでいく……。 「もし、お前が善人と呼ばれる弱者を救いたいと願うなら……いっそ、お前が悪人になれ。それも、悪人の頂点にな。そして、得た力で弱者を救ってやれ」  この世界は、ぼくたちに何をさせようとしているんだ?

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...