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エリクサー

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「どうしたの? 星河せいが、泣いてるの?」
 目を覚ましたら優心にこがこちらを覗き込んでいた。

「あ……うん……大丈夫」
「悲しい夢でも見た? あんたガチ泣きしてるわよ」
 頬に涙の跡がくっきりとある。胸が締め付けられる様な感触もまだ残っている。

「ううん、嬉しい夢だよ。活美かつみちゃんが元気になるんだ」
 とっさに嘘をつく、今の気持ちをうまく説明する言葉が無かったから。

「それなら正夢ね、これで活美も元気になるんだから」
 優心は水筒を手に取り、少し揺すって良い笑顔で笑った。小さく水がちゃぷちゃぷ鳴る。

「今日は朝ごはんちゃっちゃと食べたら、すぐに活美のところに行くわよ」
「ああ……そうしよう」
 星河は枕元に置いてあった屍鬼切りを手に取る。

 ――主様、良い朝でありんすね、ぐっすり寝られたようで何よりです。
 そういえばあまり疲れを感じない、よほど深く眠っていたのか、昨日はあんなに大変だったのに。

「うん、屍鬼切りちゃんもおはよう」
 テントを出ると今日も快晴で、虫の鳴き声がうるさいくらいだった。陽光に照らされた緑が眩い。

「優心ちゃん、星河君、おはようございます」
 テントの外では知恵ちえが待ち構えていた。ちょこんと行儀よく立っており、晴々とした笑顔だった。

「知恵さん、もう来てたんだ」
「ええ……屍鬼切りとご神体の石を回収しにきました」
「屍鬼切りちゃんとはここでお別れか~、また資料館へ遊びに行くからね」
 ――また、いつでも会いにくればいいんでありんす。

「うん……屍鬼切りちゃん今回は本当に世話になったね、ありがとう」
 ――これも使命でありんす。それにたぶんまた近いうちに再会する気がします。

 ちょっとしんみりしながら星河は屍鬼切りを知恵に渡した。
「確かに受け取りました……これから二人はどうするんですか?」

「うん、朝ごはんをちゃちゃっと食べたら、水を活美に届けます」
「水……手に入ったんですね」
「ええ、ほんの少しですけど」
「ご友人……助かると良いですね」

「助けてみせます。知恵さんも今回は本当にありがとうございました」
「あ……それとこれ」
 優心は山田邦夫の付けていた腕時計を知恵に渡した。

「やっぱり邦夫さんは」
「ええ、洞窟の中で息絶えていました。帰り道、洞窟が崩れそうだったのでそれだけ持ってきたんです」
「そう……ありがとう」

 知恵はちょっとだけ涙を浮かべて、それから小さく頷いた。
 屍鬼切りとご神体の石をもって、知恵はスクーターで去って行った。去り際に手を振ってきて優心はそれを見て知恵が見えなくなるまでずっと手を振った。

「じゃあ、朝ごはん食べるわよ」
「今日の朝ごはんは何だろう?」
「ティーバッグの紅茶に優心ちゃん印のカロリーメイトよ」

 見るとすでに朝食の用意は出来ていて、テーブルの上にはティーポットに紅茶が、お皿にはカロリーメイトのたぶんチーズ味が包装から剥かれ置かれていた。

「なんだ……カロリーメイトか、まあ急いでいるからしょうがないか」
 優心がカップに紅茶を注ぐ、ミルクと砂糖は? と訊いてきたので両方入れてもらった。
 セイロンティーのほのかな柑橘かんきつの香りに、ミルクと砂糖が加わって甘く柔らかい味わいがした。

 お皿の上のカロリーメイトを一口かじる。
「あれ? なんか美味しい、身体が栄養を求めているからかな? カロリーメイトってこんな味だったっけ?」

 小麦粉の粉の感じからなんか違う、なんだかしっとりしていて滑らかだし、チーズの風味はまるでイタリア産のパルメザンチーズをふんだんに入れた様な味がした。

「だから……優心ちゃん印だって言ったでしょ」
「えっ!? これ優心が作ったの?」
「お遊びでね、要はビスケットだからそんなに難しくないわよ」

 だからと言って見た目をここまで本物に似せる必要があったのだろうか? その才能の無駄遣いっぷりに舌を巻く。

「うん……美味い、美味い」
 カロリーメイト改め優心ちゃん印のカロリービスケット二本はするすると星河の胃の中に消え、濃厚チーズ味を紅茶で洗い流した。

「ご馳走様でした」
 食事を終えると優心はあっという間にキャンプを片付けテントを山猫号に積んだ。
「じゃあ、行くわよ」
 山猫号は軽快かつ元気に走り出した。今日は希望を乗せているから。

 ☆

「本当にあの洞窟から水を汲んできたの?」
「うんまあ、その辺の詳しい話はあとでしてあげる。今はとりあえず水を飲んでみて」
 優心は水筒を活美に渡した、活美は恐る恐るそれを受け取る。

「じゃあ……私、飲むよ」
 病室内に緊張が走る、星河と優心も固唾かたずを飲んで活美を見守った。
 活美の喉が小さく上下する。ゴクンという音がやけに大きく響いた。

「うん……味は普通だ……」
「活美……様子はどう?」
「どうって……特に変わったことは……」
 そこまで言ったところで活美はうっと唸り、身体を折り曲げた。

「なにこれ……うう」
「活美ちゃん! 大丈夫?」
 星河が駆け寄る、活美はお腹を抱え身体を丸め、目を見開いている。

「身体の底から力が溢れてくるっ!」
 活美はベッドから起き上がると病室の真ん中でぴょんぴょんと跳ねて見せた。

「あら……何の騒ぎかしら?」
 物音を聞きつけ活美の母が様子を見に来た。
「見てっ! お母さん、私元気になったよ」
「嘘……まあ……どうしたの活美」

 驚愕の表情を母は浮かべた。それもそうだ、ついさっきまで活美はベッドから起き上がる事さえできなかったのだから。
「凄い! 凄い……走れるよ」

 活美は病室から飛び出し廊下を走り回った。
「ちょっと! ちょっと! 活美ストップストップ」
 慌てて優心が止めに入る。

「はぁ……はぁ……走るとやっぱり息が上がるね」
「当然でしょ、無茶しないで」
「信じられない……何が起こったの?」
 皆目を丸くしていた。活美を包んでいた死の気配がすっかり消えている。


 診察した医師も驚きを隠せない様子だった。
「特に今までと変わった所見は見当たりません、なぜ急に動けるようになったのか、私にはわかりません」

 医師はそう言うと、少し顔をしかめ、それから嬉しそうに笑った。
「でも、良かったんじゃないですか、もう駄目かと思っていたところですから。これが一時的なものなのかそれとも本当に健康を取り戻したのかわかりませんが、これまで通りに活美ちゃんの好きにさせてあげるのが良いと思います」

 母親も嬉しそうに笑う。
「活美……あなたはどうしたいの?」
「優心ちゃんのキャンプに行きたい」
 その場にいた全員が顔を見合わせて、しばらく沈黙してそれからうんうんと頷いた。

「行ってきなさい、好きなだけ楽しんで来ると良いわ」
「やったぁ! お母さんありがとう」
 活美はぴょんぴょんとね、全身で喜びを表した、活美のそんな姿を見るのは何年ぶりだろう。

「容態が変わったらすぐに連絡してください」
 医師もそれだけ言うとその場を去った。
「優心ちゃん活美をよろしくお願いします」
 母親は丁寧に頭を下げた、その目に涙が光っていた。

「よろしく任されました。活美! とことん遊び倒すわよ」
「うん、優心ちゃん大好き」
 活美が優心に抱き着いて、頬をすり寄せた。それに応える様に優心は活美の頭をくしゃくしゃと撫ぜた。

「でも活美ちゃんにはあんまり無理はさせられないからな、僕がしっかり見張っているから優心の好きにはさせないぞ」
「なによっ! あんた、お邪魔虫ね、あたしと活美はこの夏休み遊び倒すと決めたのよ」
 優心は星河を睨みつける、が星河も負けてはいない。

「ゆっくり確実にでもしっかり遊ぼう」
「わかってるじゃないの」
 優心と星河がハイタッチして、そしてすぐに活美ともハイタッチした。
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