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優心を追って

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 星河せいがは山猫号が停まっていた場所まで来てみたが、すでに車は走り去った後だった。何度電話しても優心にこは出ない。
 ダメ元で話がある落ち着いて聞いてほしいとラインを送るが、既読にもなりはしなかった。

「おじさん、自転車借りる! おつりはいらないから」
 神社にほど近い駅前の貸し自転車屋に飛び込むと、カウンターに一万円札を叩きつけた。

「おおっ! 藤田のとこの星河君、何か急ぎかい?」
「うん、緊急事態」
 かなり真剣な表情で星河がそういうと。
「行ってきな」
 おじさんは理由も聞かずに自転車を貸してくれた。

「ありがとう」
 電動アシストの自転車を走らせ、まずはキャンプ場へ向かった。
「はぁ……はぁ……いない」
 キャンプ場はただ静寂せいじゃくがあるばかりで、誰もいなかった。

 もしかして山の方の神社に一人で行ったのか? と思うと背筋に悪寒が走った。
 神社までここからならそう遠くはない、星河はペダルを思いっきりこいで自転車を走らせた。
 山の方の神社にたどり着いた時、そこから怒号と悲鳴が響いてきた。ただ事ならぬ事態が起こっていることを予感させた。

「まずいっ! 遅かったか」
 神社の石段の前で自転車から飛び降りる。境内けいだいの中で何が起こっているのかはここからでは見えない、星河は石段を駆け上る。

 ――付近に鬼の匂いがします。わらわが目覚めるのに少し時間がかかってしまいました。ご機嫌はいかがか我が主人。
 と、突然女の人の声がした。頭の中に。

「だっ! 誰? どこに?」
 ――妾の名前は屍鬼切り、妖を滅するために打たれた破邪の刀です。
 優心が言った通り秘密兵器は本当に女の子だった。多少面喰ってしまったが、このまま一人で鬼と戦うよりは頼もしかった。あんな鬼を見た後だ多少の超常現象じゃもう驚かない。

「僕でも食屍鬼グールと戦えるの?」
 ――それはもちろん造作もない事ですよ。妾が付いています、食屍鬼の一匹や二匹、邪神と戦うことに比べたら何ということもありませんわ。
「そうだと良いけど、僕は藤田星河……一応君のご主人ってことになるのかな?」
 ――承知いたしております。さあ鬼狩りの時間ですわ。
「うん、よろしく」

 石段を登り切り鳥居をくぐり境内へ駆け込む、瞬間微かに血の臭いがした。
 薄暗がりに電灯が一本だけ点いている。月明かりとわずかな明かりしかないが辺りは何とか窺えた。

 ――すでに一人やられていますわね。
「優心っ!」
 境内に人影は星河を除きよっつあった。まずは優心、次いで食屍鬼、そして制服の警官が二人、警官の内一人は血を流しながら地面に倒れしていた。

 警官一人を仕留めた食屍鬼はよだれをたらしながら、獲物を物色する様に悠然と立っていた。
 ――油断めさらぬ様に、まずは妾を抜いてくださいまし。
 ゆっくりと星河は屍鬼切りを抜いた。

「刀が……光ってる」
 刀身が赤く光り、熱を帯びている。食屍鬼がその光りを見て怯えた様な鳴き声を上げた。

 ――来ますっ!
 食屍鬼が物凄いスピードで星河に迫ると、かぎ爪で薙ぎ払うようにして襲いかかってきた。
 金属の衝突するような大きな音が鳴った。瞬間火花が散る、星河が刀で爪を受けたのだ。

 ――良いですよ。細かな身体の動きは妾に任せて下さいまし、主様はとにかく意思を強く持ってくださいませ、主様の闘志とうしが妾の力の源になります。
 最初の攻撃が失敗するやいなや両手から次々と猛攻を繰り出してくるが、星河はそれらをことごとく打ち落とした。
「すっ……凄い」
 自分で自分の動きに驚いてしまう。星河が反撃に出ようとしたところで食屍鬼は大きく飛んで下がった。こちらをにらみながら唸り声を上げている。

「星河っ! お巡りさんが、あたしを守ろうとして」
「くっ! なんてことだ」
 倒れている警察官をみる、かなり出血しているがまだ息はあるようだ。
「早く助けないとっ!」
 優心が叫ぶ。

「分かってるっ! でも……」
 食屍鬼がいて動けない、先ほどの攻防でこちらの実力を知ってしまった分、より警戒しているようだ。隙を見せたらやられると星河は思った。
「このっ! 化物め」
 もう一人の警察官が拳銃を抜いて、食屍鬼を銃撃した。立て続けに三発、発砲する。そんな武器ではほとんど傷を与えられなかったが、食屍鬼に隙ができた。

「お巡りさんっ! ナイスガッツ」
 星河と優心はほぼ同時に走り出した。星河は食屍鬼に優心は倒れた警官に。
 飛び込みからの星河の一撃を食屍鬼が受ける、再び火花が散った。あの怪力の化物が星河に押されている。非力な青年である星河とは思えない重い一撃を次々と繰り出す。

 一方、倒れた警察官に駆け寄った優心、まずは息を確認する。息はある! 弱々しいが脈もある。出血もだいぶ治まってきていた。
「良かった。生きてる」
 優心は大きく息をついた。そんな場合ではないのに、すこしほっとしてしまった。

「優心は今のうちにその人を連れて逃げるんだ」
「うん、星河、絶対勝ってね」
「任せろっ!」
 優心は自分が血に濡れることもかまわず、怪我人を抱えて立ち上がった。でも女の子にとって成人男性一人を運ぶのはかなりの重労働だ。

「そっちのお巡りさんも逃げるの手伝って」
「あっ……ああ」
 拳銃をもったまま放心していた様子の警官が、優心に呼ばれて気を取り直す。すぐに怪我人に駆け寄ると二人で抱えた。

「よしっ! 行けるわねっ!」
 とにかく安全な所まで運んで、応急手当をして救急車を呼ばなければ。目的を見定めたときの優心は時々凄い力を出す。今がちょうどそんなときだ。

 そこそこに鍛えている現役の警察官と運動神経抜群の優心の二人だったので怪我人の搬送はんそうは思ったよりスムーズだった。境内を通り抜け石段を下りていく。
 ――妾達が優勢でございますね。邪魔な人間も消えて、思う存分戦えますわ。

 そう、食屍鬼は追い込まれていた。伝説の秘密兵器の力は圧倒的で、非力な青年である星河が扱ってさえ難無く食屍鬼と対峙たいじできた。
 食屍鬼に焦りが見え始めた、赤い瞳はキョロキョロと落ち着きなく星河を窺い、何度もかぎ爪を振るうが、ことごとく弾かれるか避けられるかしている。

 ――このまま一気に首を落としましょう。
「う……うん」
 まだ僅かにためらいがあった。そのため刀の動きが一瞬だけ鈍った。その隙を食屍鬼は見逃さなかった。

 ――まずい、逃げるつもりのようでありんす。
 食屍鬼は星河の横をすり抜けると、石段の方へ駆けていった。
「まずいっ! 優心がっ!」
 星河も全力で石段まで駆けるが、食屍鬼の脚力には追い付けない。
「なっ! 何よこいつっ! 嫌ぁっ! あっち行けっ!」

 見れば食屍鬼が優心に襲い掛かる所だった。食屍鬼はかぎ爪を使わず手を広げ手刀を作り、器用に彼女の首を打った。その一撃で優心は意識を失った。
「うっ! うわぁっ! 助けてくれっ!」
 警察官の方もパニック陥り優心を助けるどころではない。
 食屍鬼は気絶した優心を担ぐと、そのまま残りの石段をあっという間に駆け抜け、夜の闇に消えていった。

「優心っ! にこぉぉぉぉっ!」
 ――主様……気を強く持ってくださいまし。
「でも……優心が……優心……」
 星河は放心したように口を開け涙をこぼした。

「青年、手を貸してくれ」
 そこでハッと正気を取り戻す。まだ終わってない。優心を探したいがその前にやる事がある。
 星河は怪我をした警官に駆け寄り、肩を貸す。

「青年、気を確かにな、今応援を呼ぶ」
 警察官が無線で助けを呼んでいた。星河は茫然ぼうぜんとしたままそれをじっと見ていた。
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