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お見舞い二日目

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「あ……おばさまこんにちは」
 活美かつみをお見舞いに行くとちょうど活美の母がいるところだった。時間は午前十一時を少し回ったところ、天高く太陽が輝いていて、陽光が窓から差し込み病室を明るく暖かく照らしていた。

 活美の母は活美によく似ていた。儚げな印象、美しく長い黒髪、白い肌。飾り気の少ないワンピースを着ていたが十分美しかった。

「あら、優心にこちゃんに星河せいが君も、よく来てくれたわね」
「あの……お土産持ってきました。フルーツ王国のプルーンで作ったジャムです」
「プルーンの……活美の好物ね」
 母は薄く笑い活美と目を合わせると、もう少しだけ笑顔になった。

「ありがとう優心ちゃん」
 活美は瓶を受け取ると大事そうにベッドの脇に置いた。

「優心ちゃん達……ちょっといいかしら、活美ちょっと二人とお話してくるわね」
 母がそう言うと活美はコクリと頷いた。母に促され二人は一度病室をでた。

「あのね活美はね……活美は……」
 話始める前に母は涙をこぼした。
「おばさま……」
 優心が母をそっと抱きしめる。

「ありがとう……活美は……もうダメそうなの……この夏を越えられるかのどうか……もうわからないって」
「そう……ですか」
 星河は唇を噛んで涙をこらえた。
 覚悟していたことだとはいえ、やはりはっきり言われると辛い。

「最後はね……もうあの娘の好きにさせてあげようって……そう思っているの」
「おばさま……それが良いと思います。あたしたちも出来るだけいい思い出を作って、そして送ってあげるつもりです」
「ありがとう優心ちゃん星河君……ありがとうね……」
 母の涙は止まらない。

「おばさん、こんな顔活美に見せられないから、ちょっと席を外すわね。二人は活美と話してあげて」
 二人が小さく頷くと母は歩き去った。

「まだ希望はある……あの霊薬さえ手に入れば」
 優心はいたって真剣にそう言った。二人は顔を見合わせて、そして一度頷いて病室に戻った。

「お待たせ活美、おばさんはちょっと買い物だって」
「うん、優心ちゃんのジャム美味しかったよ」
 見ると一匙だけ舐めてみたようだ。美味しいというのも嘘ではないようで活美は上機嫌だった。

「作った甲斐かいがあったわ……ねえ、昨日は星河を加えての初の冒険だったけど、まあ、大した進展はなかったんだけどまたネタを持ってきたから」
「そうなんだ」
 活美はノートパソコンを取り出すと食事用の台に乗せる。

「山おじさんが出たんだよ。優心は慣れっこだったみたいだけど、僕はびっくりしたな」
「あの謎のおじさんの声、また出たんだ」
 何度も出ているというのは嘘じゃなかったようだ。活美は顔をほころばせる。

「あと僕もジョーに会ったよ。首輪はしてなかったけど野犬って感じじゃなかったな」
「そう、そう、毛並みも良いし綺麗なのよね。あれも謎の犬ね」
 こんな感じに昨日あったことを話すと、活美はウンウン頷きながらメモを取った。

「いいなあ……私も優心ちゃん達とキャンプしたいなぁ……」
「何とかならないのかしらね……」
 と優心が訊くと。

「ごめんね……もう立って歩くこともできないの……」
 と活美は言った。

「また元気になったら行けばいいよ。そのために僕たちも頑張っている」
「あの水というか霊薬の話、星河君にしたんだ」
 活美はさっしが良い、ちょっとした星河のセリフだけでたちどころに状況を理解した。

「本当にあればいいよね、どんな病もたちどころに治って不老不死になる霊薬」
 時の権力者の中には不老不死に取り憑かれた人間は多い、だが誰もそんなものは手に入らなかった。やはり夢幻ゆめまぼろしの物なのだろう。

「これから例の殺人事件も調査してみようって、星河はまだ渋ってるけど」
「本当に大丈夫なのかな? 危険は無いの?」
 活美が心配そうに優心を見つめる。

「殺人犯とばったり~てなことになったら危ないだろうけど、そんなことにはならないわよ。それっぽいのがいたら、遠目に見ても逃げるから」
「上手く逃げられると良いけどな……一応優心は僕がしっかり見てるから」

「星河君よろしくお願いね。これでもけっこう心配してるんだから、私の小説より優心ちゃんや星河君の命の方が何倍も大事なんだからね」
「分かってるわよ……でも時間が……あんまり無いじゃない」
「そう……だね」
 優心の言葉に活美は少し落ち込んでしまった。

「本当に大丈夫だから、活美は心配しないで」
 うん、と活美は小さく頷いた。それでも心配な気持ちは拭いきれない、目が訴えている。そんな活美の頭をポンポンと優心が撫ぜた。

「そうだ、クラッカーあるからさ、ジャム食べてみようよ」
「あ、そうだね、私一人じゃ食べきれないし」

 優心がプレーンのクラッカーをリュックサックから出す。普段から準備の良い優心のリュックサックからは様々な食べ物や飲み物が出てくる。まるで某猫型ロボットのポケットの様だとかつて活美が言っていたのを星河は思い出した。

「はい……まずは活美から」
 プルーンのジャムをたっぷりめに付けたクラッカーを活美は小動物を思わせる口でちまちまと食べる。

「うん、やっぱり美味しいよ」
 一口食べてぱっと活美の表情がほころぶ、心配事も吹き飛ぶような会心の出来のジャムだった。

「ほら、星河も食べてみて」
 優心からジャムクラッカーを受け取り、星河は一口で食べた。フルーティな香りに力強い果実味、甘さが口一杯に広がりかなり美味しい。
「うん、うん……これ良く出来てるよ」

 優心も一口でペロリと平らげる。
「おお……味見してなかったけど、なかなかナイスな感じに出来てるじゃない」
 三人共通の意見、これは美味い。

「活美はもう少し食べられそう?」
「美味しいけど……お腹はそんなに減ってないの、私はもういいわ」
「そっか……また後で食べましょうかね」

 主役の活美を差し置いて、残りをバクバク食べるわけにもいかず、ちょっと名残惜しそうに優心は瓶の蓋を閉めた。
 病室の隅にある電気湯沸かし器を使って優心が紅茶を淹れた。三人でゆっくりとカップを傾ける。

「もし優心がさ、霊薬を見つけて、それで活美ちゃんの病気が治ってさ、また子供の時の様な時間が戻ってきたらさ……活美ちゃんは何をしたいと思う?」
「そうだねぇ……優心ちゃんのキャンプに行きたい」
「うん、行きたいね」
 頷く優心の目に涙がにじむ。

「それでぇ……お魚釣ってぇ……バーべキュウしてぇ……」
「しよう……絶対に」
「普通で良いの……普通が良いの」
 そう言って活美は黙ってしまった。

「活美ちゃんと優心が見たっていう洞窟、その謎だけでもわかれば面白いよね」
 ちょっと陰鬱いんうつな雰囲気へなりそうになった時、星河が話題を変えた。
「伝説の黄泉の入り口……三途の川か」
 優心がつぶやき。

「その水を持ち帰れば、不老不死の霊薬になる」
「そんな水が本当にあるかどうかなんて、私はあまり重要じゃないと思うの、ただ優心ちゃんが本気で探す。その冒険が私の心を奮い立たせてくれるの」
「あたしは本気で見つけるつもりだけどね」
 優心が胸を張る。

「でも……あの時の洞窟は本当に不思議な場所だったね」
「うん……あたしはもう一度あの場所に行ってみたい」

「きっと行けるよ。僕もその洞窟は見てみたいな」
 何にも手に入らなくても、きっとこの冒険の思い出はかけがえのないものになる。

「うん、うん、うん……イメージが湧いてきたよ」
 活美がパチパチとノートパソコンのキーを打ち始める。
「そう……じゃああたしたちはそろそろ行くわ、気分が乗ってるところ邪魔しちゃ悪いし」
「活美ちゃんまた明日も来るよ」
「うん、ありがとう」
 二人が病室を出る時も活美はじっと画面を見つめてキーを叩いていた。
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