鬼伝説と不老不死の水、ツンデレ幼馴染といく冒険探索

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第二の事件現場

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 本田玲子ほんだれいこはベランダから身を乗り出して、そのやぶの中をじっと見つめた。

 第二の殺人事件現場となったヤクザの親分の別荘は、ログハウス風の優美な建物だった。ベランダにはまだ少し血痕が残っており、備え付けの灰皿からタバコの臭いがした。
 事件からあと数時間で二十四時間が経とうとしており、重要な情報もいくつか出ている。玲子は夜の闇の中を足で歩き回りネタを探していた。

「こっちの藪から犯人は侵入してきたわけね?」
「藪の中に足跡が見つかっています。もし人間だったらかなり、いや異様に大きな人物という事になります」

 制服巡査はハンカチで汗を拭きながらそう言った。彼は玲子を前にするとかなり緊張するらしい。現場たたき上げの刑事にしては彼女は美しすぎた。棒有名ガンアクション漫画の女刑事のようだとよく言われる。

 木々に囲まれた静かな地区なので、暑さは市街地より幾分かましだが、それでも蒸し暑い。

「靴を履いてないってことはやっぱり猛獣なのかしらね」
 足跡は跳躍の瞬間に付いたものだ。鑑識の話だと数百キロの巨体を持つ生き物が跳躍したような足跡だという。

「確かに猛獣の様な咆哮を聞いたという証言はいくつかあります」
「でも、今回の足跡も該当する猛獣は無しって感じでいいのかしら?」
「そうです……我々にも何が何だか」
 申し訳なさそうに制服巡査はそう言った。

「静かね……」
 辺りは微かな虫の鳴き声以外何もしない。
「とりあえず犯人が現場に戻ってくることは無さそうね」

 辺りには何人もの警察官とライフルを持った猟友会の若い男たちが巡回している。猟犬も駆り出されているが、例の足跡の臭いを嗅がせた猟犬が異様な怯え方をしたと言う報告も上がっている。

「被害者の情報を頂戴……ヤクザの親分って話だけど」
「被害者は金田正利かねだまさとし六十五歳とその孫、つとむ君八歳です」
 玲子はあごに手を当て考え始める。

「特に恨みを買う様な人物じゃあなかったって話だけど」
「はい、金田氏は夜見市で風俗店やマージャン賭博などを取り仕切っていたのですが。薬物や詐欺などには手を伸ばさず、店の方もトラブルなどはほとんどなく、ヤクザと言えども堅実な商売をしていたそうです。性格も温厚な人物だったらしく、他の暴力団等ともいさかいは無かったと言われています」
 ふむ、と玲子は頷きながら制服巡査の話を聞いた。

「一件目が質の悪いチンピラで、二件目がヤクザの親分……何かつながりそうなんだけど」
 玲子はトントンとこめかみを指で叩く。

「一件目のチンピラは強請ゆすり、窃盗、暴力事件と色々とやらかしていたそうですね」
「犯行の残虐性も一件目の方がだいぶ上よね。一件目に比べるとこっちは仕方なくやった様に思えるのよねー」
「仕方なく……ですか」

 制服巡査はじっと玲子を凝視ぎょうしした。この女刑事が何を言いだすのか興味があるからだろう。
「鈍器の様なものを使って一発で殴り殺している。藪の中の巨大な足跡、見えない猛獣の姿……」
 黙考する姿はミステリアスな美女と言う感じだった。かなりの切れ者という評判で、この事件でも主導的な地位にいる。

「私たちも少し外を歩こうかしら」
「はい……御供おともします」
 玲子はベランダの階段をおり、藪へ向かって歩いた。足跡の近辺がテープで囲ってある。玲子は慎重にテープをくぐると足跡にライトを当てた。

「確かに……大きい。体重もかなりありそうね」
 一見すると車のスリップ痕にも見えそうな足跡だ。

「この跳躍一発でベランダまで飛んだのかしら?」
「次の足跡はもうベランダの中なんだそうです」
「凄まじい敏捷性……この巨体で?」
 玲子の顔が険しくなる。もしこれが猛獣だとしたら、恐ろしい相手だ。

「少し藪の中も見てみましょうか」
 足跡を崩さないよう気を付けながらその場を離れ藪の中に入る。
「うわ……凄い……何も見えないじゃない」
 原生林に一歩入ると、そこは漆黒の闇だった。

「こんな中を進んできたわけ?」
「夜目が利いたんでしょうかね?」
「やっぱり野生の獣並みの能力はあるようね」
 真実が明らかになるにつれ、より不可解になっていく、こんな事件は玲子も初めてだ。

「何か引っかかったりしてないかしら」
 付近の木や草には特に変わったところは無かった。

「草木を薙ぎ払って進んだんじゃなくて、器用に避けて進んでる? やっぱりこの藪の中でも見えていたのかしら」
「そういう猛獣がいるように見せかけたトリックじゃないかっていう人もいるんですが」
「私もそうあって欲しいとは思うけどね」

 トリックにしては出来過ぎている、よしんば足跡や歯形が偽装できたとして、機械も使わずに人間をバラバラにしたり、鈍器の一発で鮮やかに絶命させることが出来るのか疑問だった。
 虫の鳴き声、緑のむせ返るような匂い、足元の雑草。闇の中から何かがこちらを見ている様な気がして、背筋がひやりとした。

「藪の中に逃げ込まれたんじゃ、防犯カメラにも写らないし、追跡は困難ね」
「はい……元々この付近には防犯カメラも少なく、やはりカメラには何も写っていませんでした。まだ解析中の映像もありますが、犯行時刻前後の映像には当たりは無しですね」
 制服巡査が顔にたかってくる羽虫を払いながらそう言った。

「そこよね……数百キロの体重がある、大型の獣がカメラはおろか人目にもつかず神出鬼没に殺人を犯す。そこが一番の謎よね」
 玲子が腕を組む。考えても答えは出ない。

「ここら辺の防犯カメラってどんな場所に設置されてるの?」
「はい……まずは警備会社に登録してある別荘のカメラと、あとはゴミ捨て場ですね」

「獣だったらゴミ捨て場の食べ物の臭いに釣られて姿を現してもおかしくはないわね」
「それがゴミ捨て場のカメラに写っているのはカラスやせいぜい狸くらいでして、熊の姿すらなかったそうです」
 う~んと玲子は唸る。何か手がかりが欲しい。

「その怪物……昼間は何をしているんでしょうね?」
 額の汗をハンカチで拭いながら制服巡査がそう言った。
「昼間? やっぱり隠れているんじゃないかしら?」
 玲子は何か引っかかるものを感じた。

「藪の中にずっと隠れている様な生き物が、なぜ最初は市街地で犯行に及んだんでしょう?」
「そうね……そうよね」
 玲子は制服巡査の肩を掴んで、顔を覗き込む。美貌に見つめられた巡査は思わずたじろぐ。

「な……何でしょう? 警部」
「貴方……なかなか良いところに目を付けたわね」
 そうだ。誰も昼間にうろついている民間人なんかに注意は払わなかった。最初から大きな獣を探していたからだ。

「もう一度、防犯カメラを洗うわよ」
 もしこの事件が大型の獣がいるように装った事件なら、いや玲子が思っている様な伝説上の怪物が犯人なら、普段のその姿は普通の人間の様に見えるのでは?
 市街地での犯行ではきっと普通の人間の姿で現場から立ち去っている。この別荘にも昼間の間、下見に来ているかもしれない。

「防犯カメラのデータはどこにあるの?」
「はいっ! 対策本部のある夜見警察署の第一資料室に保管されていると思いますけど」
「すぐに行くわよ」

 藪をかき分けて別荘の前に出る、うっそうとした闇の世界から光が差す場所に出ると、やはりほっとする。虫の鳴き声が少しだけ遠ざかった。ここが人里との境界線なんだろう。
 すぐ近くに停めてあるパトカーに向かって歩く。

「あ、自分が運転します」
「よろしくね。あと今夜は徹夜だからね」
「はいっ! 御供します」
 二人が乗り込むと、唸りをあげてパトカーが発進した。
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