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お見舞い一日目

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星河せいがくん……来てくれたんだ」
「うん、活美かつみちゃん……具合はどんな感じ?」

 自然に切り出せた。久しぶりに見た活美は色白で痩せていて、風が吹けば飛んで行ってしまいそうな儚い女の子になっていた。長い黒髪と小動物の様な愛らしい瞳。顔立ちは童顔で整った小鼻に薄い唇、やっぱり深窓の令嬢を思わせた。白い清潔そうな患者衣に身を包み、ピンクの可愛らしい靴下を履いていた。

 病室は暖色のやや黄色がかった肌色がベースになっていて、消毒液の臭いがする。窓は開け放たれていてカーテンが夏の風にそよいでいる。大き目のベッドには活美が腰掛けていて、こちらに柔和にゅうわな笑み見せていた。

 個室に一人きりだった活美は少し寂しそうにしていたけど、星河たち二人が来ると、とても嬉しそうに喜んで見せた。

「あは……私だいぶ弱っちゃった。星河くんとデートするにはもう少し体力つけないとね」
「僕はいつでも活美ちゃんとデートできるからね」

 セリフを言っていて妙に気恥しい、星河は何ともあいまいな笑みを浮かべた。
 久しぶりに会った二人は思い出話に花が咲いた。昔夏にやった花火、川で遊んで優心にこが大きな魚を釣った話、りんご農園を猿から守った話、みんなどれもこれも大切な思い出だ。
 一通り話し終わると今まで部屋の隅でじっとしていた優心がベッドの脇にやってきた。

「昨日も行ってきたわよ。夜見山に」
「例の事件が解決するまでは危ないよ……優心ちゃん」

「いいから、いいから、いつものごとくメモ取って」
「ホントに……しょうがないんだから」

 活美はそう言うと部屋の隅からノートパソコンを持ってきて、食事用の台の上に置いた。
「まずは昨日は探索を始めてすぐに野犬のジョーにあったわ、ジョーは最初あたしに吠えかかってきたけど、ドライソーセージをあげたら大人しくなったわ。あたしの足元に来て、くぅぅ~んと鳴いたの」

 身振り手振りを交えながら優心が話す。
「もし、ジョーが言葉を話せたら、重要な情報が聞けたかもしれないよね。ジョーは何かを語り掛ける様にあたしにくん、くんと言ったけど、やっぱり犬が話始めることはなかったわ」
「本当に優心ちゃんは野良犬とか野良猫とかに懐かれるよね。一種の才能だよね」

 活美がうんうんと頷く。
「ジョーと別れてから、あたしは森の奥の方まで探険してみたの。雑木をかき分けながら進んでみると、ブゥゥ~ンと羽音が鳴ったわ、これがデカいスズメバチ、奴はあたしの周りをぐるりと一周すると、こちらにおそいかかってきたの」

「え~! 刺されたりしなかったよね?」
「うん……あたしは素早くザックから蜂用はちようのジェット殺虫剤を取り出すと、ぶしゅぅぅ~と奴目がけて吹きかけた、さすがに強力な殺虫剤を浴びた奴はコロリと地面に落ちてもがいていたわ。あたしの勝利ね」

「ふん、ふん……」
 優心の話を聞きながら活美はノートパソコンに何やら打ち込んでいく。

「ところで……二人は何をしているの?」
「何って、冒険小説よ。あたしと活美は文芸部なのよ」
 さも当然なことの様に優心が言う。

「うん……優心ちゃんの冒険をネタに書いているの。まだ終わりが決まってないけどね」
「ああ……そう言えば前からそんなようなことやってたよね。で、冒険ってそこらへんをうろついて?」
「うん、主に夜見山をね。山道や雑木林の中とかを」

「夜中も?」
 と、星河が訊くと。
「夜中も」
 と、優心が答える。悪びれた様子はまるでなしだ。
「そんなっ! 危ないだろ、何考えてるんだ」

 優心と活美が顔を見合わせる。優心は笑顔で活美は苦笑した表情だ。
「うん……私も危ないからやめようって言ってるんだけどね」
「大丈夫よ。ちゃんと考えて探索しているから」

 優心は何の根拠があるのかはわからないが自信満々でそう言った。
「例の殺人鬼だって、まだその辺をウロウロしているかもしれないじゃないか」

「ノープロブレム、あたしの逃げ足の速さは天下一品だから」
「だからって!」

 星河がさらに食って掛かろうとする。すると優心はムキになって。
「でもあたしたちには時間が無いの……早く小説を完成させなきゃ!」

「うっ……でも……」
 優心はいつでも活美のために一生懸命なのだ。頭からそれを否定することは星河には出来なかった。

「今、優心ちゃんは夜見山キャンプ場にテントを張って、山を探索しているの。凄く危ないと私も思う……けど」
 活美が語尾をにごす。

「何を言われてもあたしは辞めないから……それだけ」
 優心も腰に手を当て仁王立ち、取り付く島もない様子だった。

「優心はそれがどうしても必要だと思うの?」
 優心はちょっと気まずそうに目を泳がせたあと、はっきりとうなずいた。

「星河くん……お願い……優心ちゃんを助けてあげて」
 活美が潤んだ瞳で星河を見上げる。その小動物的な顔を見ているとお願いを断るのは難しい。

「うん……分かった。それが必要なことだって言うのなら、僕も優心のキャンプに参加する」
「言っとくけど、遊びじゃないんだからね」
「分かってる」

 星河は力強く頷く。出来る事なら小説を完成させてあげたい。
「でも、殺人鬼に襲われてバッドエンドなんてことにはさせないぞ」
「もちのろんよ。出来るなら殺人鬼を見つけてお縄にしたいところだけど、危険と判断したらすぐに逃げるか助けを呼ぶわ」

「危険は出来るだけ避ける……優心、約束だよ」
 優心は神妙な顔でコクリと頷いた。優心は我がままだが聞き分けの無い娘ではない。

「しかし……冒険か~優心の将来の夢はまだ変わってないわけ?」
「もちろんっ! 将来の夢は冒険家になることなんだからっ!」
「は~……ホント相変わらずだね」
 優心の大威張りに星河は苦笑する。

「おばあちゃんに電話しなきゃ」
 星河はスマホを取り出すと、おばあちゃんの家へ電話する。優心とキャンプ場で生活すると言うとおばあちゃんはとても心配したが、優心を一人するのは危険だと言うと渋々納得してくれた。

「とりあえずは、これで良し」
「私の小説のせいで……迷惑かけるね」
「何言ってんのよっ! これはあたしが始めたことでしょ。活美に冒険小説を書けって言ったのはあたしなんだから」
 優心はそう言うと活美の頭を撫ぜた。活美はちょっと嬉しそうに、猫みたいに笑った。

「しかし……鬼の伝説が出てきたことで一気に小説にも臨場感が増してきたわね……殺人鬼か猛獣もうじゅうか、その正体に迫る」
「それっぽいのがいたらすぐ逃げるぞ」
 星河がくぎを刺すと「うるさいわね~分かってるわよ。その時は星河を置き去りにして逃げるわよ」とブツブツ言った。

「そういえば星河くんは犯人を何だと思ってるの?」
「う~ん、やっぱり猛獣かな……今の所見つかってないだけでそのうち見つかるよ。伝説の鬼なんてあるわけないからね」
 淡々と星河は言う。彼は割りと昔から現実主義な男の子だった。

「も~浪漫がないやつね。ここはやっぱり里の伝説の鬼でしょ」
「活美ちゃんはどう思うの?」

 星河がそう尋ねるとしばらく沈思してから答えた。
「私も猛獣かもって思うけど……里の伝説はそんな嘘や迷信ばっかりじゃないって……思うの」

「そっか、伝説好きだもんね。でも何が正体でも四人も殺したんじゃこれはもう退治されるしか無いと思う」
 こういう時、星河は真面目だ。

「そうだね……絶対許せないよ」
 活美も同意する。か細い声ながらもしっかりと。

「ふう……一杯お話したら少し疲れた……」
「そう……じゃあ今日はこの辺でお開きにしましょうか」
「活美ちゃん明日も来るからね」

 星河が笑顔でそう言うと、活美は嬉しそうにはにかんだ。
「うん……待ってるから」

「じゃあ、あたし達はキャンプ場へ行くから、何かあったらすぐ電話して、すっ飛んでくるから」
 二人は連れ立って病室を後にした。帰りしな活美の方を見るとノートパソコンをいじりながら何やら真剣に考え込んでいた。
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