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 血だっ! 血だっ! 我を動かすわ乾きなり。血をよこせ。

 藪の中をゆっくりと進む。深夜の森は虫の鳴き声がこだましていた。

 目の前に微かな明かり、豪奢ごうしゃな別荘の姿が徐々にあらわになる。
 鬼になった我の鼻は犬並みに利く、芳醇な緑の香りの中にターゲットの臭いがする。タバコの臭いだ。
 男はベランダで一服をしているところだった。

 悪党に制裁をっ! 正義は我にあり。

 慎重に……慎重を期して距離を詰める。心臓がバクリとなり出す。そう……殺人にまだ慣れているわけではない。いや、こんなもの慣れることはないのかもしれない。

 暗闇のはずなのに昼の様に良く見える。そう……奴の姿も……。
 いた……ベランダで背もたれのついた木製の椅子に深々と座り、美味そうにタバコをふかしている。

 そのタバコも、この別荘も汚い金で買ったに違いない……違いない? そう……汚くなくては困るんだ。正義は我にあるんだ。
 もう一度男を見る。普通の……初老の男だった。

 また心臓がバクンと跳ねる。本当に殺してしまってよいのだろうか?
 ダメだっ! 血だっ! 殺してはいけないっ! でも血がっ! 血が無いとっ! 乾いて消えてしまう。何でだ? 我は不死のはず。死の底の闇を覗いてそこから帰還したんじゃなかったのか?

 小枝を踏んだ、小さく音が鳴る。それに気が付いたのか男が怪訝けげんそうな顔をしてこちらをのぞき込んだ。次の瞬間、顔が青ざめる。

 跳躍ちょうやくした。我の巨体が風を切り大きな音が鳴る。恐怖で引きつった男の顔が良く見えた。

「ひぃぃぃっ! ばっ! 化物っ!」
 男は椅子から転げ落ち、這って逃げようとする。

 我は男を見下ろした。肩で風を切って歩く普段の姿からは想像もつかない、小さく卑小ひしょうな存在に見えた。

 男の頭目がけて右手を振り下ろす。ぐしゃっと音が鳴り、その一発で男は息絶えた。
 右手に血が付いている。芳醇ほうじゅんな血の香り、ベロリと舐めた。甘い……甘い香り。
 欲望に抑えが効かない、潰れた男の頭から血をすする。

 ああ……乾きが癒されていく。我はどうなってしまったのだろう? 人を殺して血をすすって……何をしているのだろう?

「おじい……ちゃん?」
 ふと気が付くと少年が立っていた。血の臭いへ夢中になり気が付かなかった。

 少年と目が合う。その顔が恐怖に引きつり……やめろっ! そんな目で我を見るなっ!
 反射的に手が動く、拳が当たる、その一撃で少年はただの肉塊になる。

 あれ……? おかしい……こんなはずじゃなかった……我の正義はどこにある?
 こんな小さな子供を殺めて……まるで我の方が……悪魔みたいじゃないか?

「ギャハッ! ギャハハハハハッ! ギャハッ!」
 思わず笑い声が出た。なんだ? なんだ? もう訳が分からない。

「グオッ! グォォォォォッ! グォォオオオッ!」
 夜空に向かって吠えた。

 モウ……ナニガナンダカ……ワカラナイ。
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