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何か見える③

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 くねくねの正体は不明である。生命体なのか幽霊や妖怪の類なのかもはっきりしない。あるネット上に投稿された創作怪談が流布の起源ではないかとする説が有力である。
 その創作怪談もおおもとは掲示板にあった書き込みが元ネタであると確認されている。掲示板の書き込みは恐らくは体験談であったろうと推測されるが、怪談の真偽を追求することはあまり実りがないので僕はしない。

 目撃情報は圧倒的に夏が多く、川や田んぼ、海など水辺で目撃される例が多い。夏の気温で水蒸気が発生して蜃気楼の様に何かが見えるのをくねくねだと思うという説がある。
 見たものに精神的なショックを与えるのは、蜃気楼の複雑な揺らめきや反射する光を奇怪に揺らめく正体不明の物体と認知してショックを受けるからともいう。

 土着の神々や妖怪と結びつける説、本物の水死体だという説もあるが、これがくねくねの正体であると確定したものは何一つないのが現状だ。何か狩野氏に因縁の様なものがあれば正体が分かったかもしれなかったが、どう考えてもそんな因縁じみたものは無いと苅野氏はいった。

「何が正体かわからんのでは、お経を聞いて成仏するかもわかりませんな」
 夢幻和尚は眉間にしわを寄せ、うなるようにそういった。
「やはり、ダメなんでしょうか?」
 苅野氏は半ば諦めたように俯く。

「調伏の護摩を焚いてみますか」
「調伏の護摩……ですか?」
 苅野氏は顔を上げ夢幻和尚をまっすぐ見た。

「護摩壇という祈祷の一種に魔障を祓うものがありましてな、普段は御霊の成仏を願いお経を上げるだけですが、相手が正体不明の怪異となれば、それなりのことをしませんとな」
「ああ……よろしくお願いします」
「夢幻和尚はただの飲兵衛に見えますが験力だけは確かですよ」
 幽子さんが良い感じの笑みを浮かべながら言った。

「はははは、幽のお神酒は般若湯でしてな」
 と豪快にごまかす夢幻和尚。

 くねくねの正体がドッペルゲンガー、つまりは自分自身だという説もまことしやかに語られている。
 もしかしたら苅野氏の心の奥深くにある闇の様なものが、くねくねとして表れているのではないか、そんな考えがふと僕の頭をよぎったが、それを確かめることなんて出来ない。
 心の中の事なんて誰にもわからないのだから。

 その後、夢幻和尚と狩野氏は打ち合わせを始めて、僕は一人お酒を飲んだ。
 祈祷の邪魔をしないことを条件に、僕も調伏の護摩を見学させてもらったのだが、いつもはだらしがない夢幻和尚が護摩の時はビシッと決めていて、とても格好良かったのには驚いた。その姿はいつもの生臭坊主っぷりからはかけ離れていて、なんだか別人みたいだった。

 護摩が本当に効果があったのか、それは分からないが、それ以降狩野氏の視界にくねくねが現れることは無くなったそうである。
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