上 下
20 / 41

母に送る写真

しおりを挟む
「はぁ……はぁ……直線距離2.4キロ……はぁ……到達時間ニ十分って……高低差をまったく考慮していないじゃないか」
 当摩が息を切らして言った。そのお寺は小高い山の上にあり、そこへいたる道はほぼ登山と言っても過言ではないほどの上り坂だった。
「だらしないわね。当摩は、そもそも鍛え方が足りないのよ」
「ははっ、まあスマホのナビだとそんなもんだよね」
 透が微笑んだ。神奈はそれを見て小さく頷く。

「はぁ……透君も段々調子が出てきたね……はぁ……笑った顔、初めて見た」
 ニカッと当摩も笑う。
「えっ! ああ……うん、そうかなここのところ悲しい気分ばっかりだったけど。二人を見てるとなんだか少し楽になった」
「そう? よかったわね」
 あれだけの上り坂を歩いてきたのに、神奈は汗ひとつかいていない。

「透君のお母様も助けられたら良かったんだけど。三大魔女なんていっているけど、万能には程遠い存在なの」
「誰にも何も相談するひまなんかなく、ガンが見つかってあっという間に死んじゃったからね」
 透は遠くを見るようにして、悲壮な顔を見せた。

「その青の塔は、いつかクリアして最上階からの風景を見ようねって、よく言ってたんだ。結局、見せてあげられなかったけどね」
「そのお母さんとよく異世界グレイルに行ってたの?」
 汗をぬぐいながら当摩が訊いた。
「うん、僕なんかよりよっぽど活動的な人で、冒険が大好きだったんだ」
 息を乱してはいないが、透も少し顔を紅潮こうちょうさせていた。

「そっか、良いお母さんだったんだね」
「うん」
「あの先に見えるのが目的のアジサイかしら」
「おっ!」

 わぁと思わず当摩は声を上げた。
 青いものから紫いろのアジサイが美しい文様を描き、咲きほこっていた。
 初夏の輝度の高い光に、わずかについた雨粒が光って美しい。

「本当に見事ね」
「出来ればでいいんだけど、アジサイをバックに黒崎さんを撮ってもいい?」
「もちろん、かまわないわよ」
 神奈はアジサイの前に立つと腰に手を当てポーズをとった。
 カメラのシャッター音が鳴る。

 撮れた写真はあまりに美しくて、当摩はおもわずためいきをついた。

 一通り写真を撮り終え、また歩いて帰路についた。
 その途中で神奈が当摩に耳打ちをした。
「尾行されているわけじゃないけど、こちらをうかがっている誰かがいるわ」
「えっ⁉ 本当?」

 その不審者がうかがっていたのは、おそらく神奈であろうと推測した。
 透が心配だったので、神奈と当摩は彼を家まで送り、念のために神奈特製のお守りを渡し、家に結界を張った。これで一応悪意あるものはこの家を見つけられないはずだ。

 ※

 翌日。
「うん、異世界も見事に雨雲はなし良い日の出が撮れそうね。凄いわね京史君の魔術」
 加奈美はかなり上機嫌だった。透も嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 待ち合わせの冒険者ギルド内の飲食スペースには神奈、当摩、加奈美、透と四人がいた。
「梨花ちゃんと京史君はどうしてるの?」
 当摩が訊くと。
「魔王教団と関りがあるんじゃないかと疑われている人間を調査させているの」
「そう……なんだ」
「ブラッディ・マリーを放置しておくことはできないわ、あいつも本物の人類の敵だから」

 神奈の言葉に加奈美は少し眉根を寄せて、何か言いたそうな様子だったが、なにも言わなかった。
「とりあえず、まずは透君の写真よ」
「うん、協力してくれてありがとう黒崎さん」

 ※

 冒険者ギルドを出て、転移門で最寄りの街に行き、そこから歩いて三十分くらいのところにそのダンジョン青の塔はあった。
「うわっ! すごっ! 高い」
 その外壁は青く、天を突かんばかりに高い。高さの割には基盤部分が細く、魔法で重力制御をして建っているようだ。
「なかなか風格のあるダンジョンじゃない」
 神奈が明かりの魔法で塔を照らすと、皆が感嘆のうなりを上げる。

「よし、行こうか」
 当摩が元気よく塔の入口へ歩いて行こうとした時だった。

 ズシンッ!
「んっ? 地震かな」
 最初はそう思った。地面が少し揺れたからだ。
 しかしすぐに地震ではないと悟る。塔の付近の森の中から何かが迫ってきたからだ。
 神奈が明かりの魔法をその何かに向かって飛ばす。

「うわっ! なんだアレっ!」
 それはアニメで見る巨大ロボットのようだった。
「ゴーレム、それも規格外にデカいわね」
 神奈は冷静だったが、他の面々はパニック状態になる。

「いったん塔から離れるわよ」
 神奈が走り出したので、慌てて三人も続く。

 ☆

(このゴーレム、Sランクの魔術師が動かしているわね。多分裏切り者ジューダスのからくり使い辺りかしら)
 最初はその異様に驚いたが、加奈美も冷静になる。神奈の魔法で倒せない相手ではない。

 たまたま動かしている現場に行き会わせたという様子ではなく、ゴーレムは確実にこちらを狙っていた。

 皆で走って逃げるが、そもそもの歩幅が違いすぎて、すぐに距離を詰められてしまった。
 ゴーレムは金属で出来ているようで、闇の中でも鈍く光った。体長は十八メートルくらいありそうだ。手に巨大な剣を持っていて、あれで斬られたら神奈以外の人間はひとたまりもないだろう。

 ゴーレムが剣を振りあげて、斬りかかってきた。狙いはどうやら透のようであった。
(弱い奴から順に始末するつもり? 抜かりないわね)

「当摩っ! 防いで」
 神奈が叫ぶ。
「任せろっ!」
 当摩が剣をかざして透とゴーレムの間に入る。当摩の剣はお金がかかった業物であるが、ゴーレムの剣から見れば真剣と爪楊枝くらいの差がある。

 しかし、派手な金属音をたてて当摩の剣はゴーレムの一撃を完全に防いでいた。
(A-の当摩君がSランクのゴーレムの攻撃をしのいだの?)
 防いだだけではなく、展開されている魔法障壁が全く削れていない。

 二回、三回とゴーレムの斬撃を防いでいく。まったくの無傷で、これはもう偶然では考えられない。
(これ……何かのエクストラスキル? もしかして)

「黒崎さんっ、何か手立てはあるの?」
「ええ、子供の頃、有名なロボット漫画を見てバスターランチャーってあるじゃない? あれ、撃てたらカッコいいなって思ってたのよ」
「ちょっ! 本気?」
「ええ、もう魔法も練れたから」

 神奈がまばゆい閃光を放つ。その光はゴーレムに当たって弾けた。
 凄まじい爆音と圧力さえ感じる光が周囲を包み込む。
 Aクラス冒険者である加奈美の魔法障壁もかなり削られたが……。

 ゴーレムはきれいさっぱり消えて無くなっていた。直撃した個所は空間が歪んで奇妙なモヤみたいに見える。
「恐ろしいな黒の魔女」
 男の声だけが聞こえた。
「こそこそと隠れてないで出てきたらどうなの?」
「いやぁ、君の魔眼の射程に入ったら生きて帰れそうもない」
 神奈の魔眼が赤く揺らめく、彼女が怒っていることは付き合いの長い加奈美にはわかった。

「あなた魔王教団ね?」
「あの明確な意識さえあるのかどうかわからん怪物ではなく、マリー様に仕えているが、まあ魔王教団ではあるよ」
「帰ってマリーに伝えなさい、今後私の仲間に手を出したら、棺桶から引きずり出して朝日を浴びせて灰にしてやるって」
「くくくっ……心得た黒の魔女よ」
 男の気配が消えると同時に、辺りを包んでいた緊迫した空気もなくなった。

「当摩君たちは?」
「ふぅぅ……びっくりしたぁ」
 のんきそうな声を上げて爆心地付近から当摩が現れた。
「今の何だったの?」
 透は少し動揺どうようしていた。
「神奈ちゃんが凄い魔法を撃つところだったから、とっさに透君を守ったんだ」
「そういう問題?」
(この子、もしかして魔法が効かない? いや、そんな存在いるはずがないけど……)

「とんだ邪魔が入ったわね。改めて朝日が昇る前に塔の最上階を目指すわよ」
 そして、いつもと変わらぬ優雅な動きで神奈は歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

母娘丼W

Zu-Y
恋愛
 外資系木工メーカー、ドライアド・ジャパンに新入社員として入社した新卒の俺、ジョージは、入居した社宅の両隣に挨拶に行き、運命的な出会いを果たす。  左隣りには、金髪碧眼のジェニファーさんとアリスちゃん母娘、右隣には銀髪紅眼のニコルさんとプリシラちゃん母娘が住んでいた。  社宅ではぼさぼさ頭にすっぴんのスウェット姿で、休日は寝だめの日と豪語する残念ママのジェニファーさんとニコルさんは、会社ではスタイリッシュにびしっと決めてきびきび仕事をこなす会社の二枚看板エースだったのだ。  残業続きのママを支える健気で素直な天使のアリスちゃんとプリシラちゃんとの、ほのぼのとした交流から始まって、両母娘との親密度は鰻登りにどんどんと増して行く。  休日は残念ママ、平日は会社の二枚看板エースのジェニファーさんとニコルさんを秘かに狙いつつも、しっかり者の娘たちアリスちゃんとプリシラちゃんに懐かれ、慕われて、ついにはフィアンセ認定されてしまう。こんな楽しく充実した日々を過していた。  しかし子供はあっという間に育つもの。ママたちを狙っていたはずなのに、JS、JC、JKと、日々成長しながら、急激に子供から女性へと変貌して行く天使たちにも、いつしか心は奪われていた。  両母娘といい関係を築いていた日常を乱す奴らも現れる。  大学卒業直前に、俺よりハイスペックな男を見付けたと言って、あっさりと俺を振って去って行った元カノや、ママたちとの復縁を狙っている天使たちの父親が、ウザ絡みをして来て、日々の平穏な生活をかき乱す始末。  ママたちのどちらかを口説き落とすのか?天使たちのどちらかとくっつくのか?まさか、まさかの元カノと元サヤ…いやいや、それだけは絶対にないな。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

異世界でただ美しく! 男女比1対5の世界で美形になる事を望んだ俺は戦力外で追い出されましたので自由に生きます!

石のやっさん
ファンタジー
主人公、理人は異世界召喚で異世界ルミナスにクラスごと召喚された。 クラスの人間が、優秀なジョブやスキルを持つなか、理人は『侍』という他に比べてかなり落ちるジョブだった為、魔族討伐メンバーから外され…追い出される事に! だが、これは仕方が無い事だった…彼は戦う事よりも「美しくなる事」を望んでしまったからだ。 だが、ルミナスは男女比1対5の世界なので…まぁ色々起きます。 ※私の書く男女比物が読みたい…そのリクエストに応えてみましたが、中編で終わる可能性は高いです。

処理中です...