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その少女、魔女につき

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 キラキラと春の陽気が温かいショッピングモール。平和なオープンカフェの一画で銃声が甲高く鳴り響き、血と脳漿のうしょうが飛び散った。
 辺りはあっという間にパニックに陥る。浜屋当摩はまやとうまは次の瞬間、渦中の中心に飛び込んで叫んだ。

「ダメだ!!! 神奈ちゃん!!!」

 ※

 時を遡ること十数分まえ、当摩はイタリアンジェラートなどをパクつきながら、ぶらぶらとショッピングモールをうろついていた。
 今日は休日、買い物目的ではなく映画を見にきたのだ。VRMMOを扱ったその映画はとても面白かった。
 当摩はすでに原作小説を読んでいたので話の筋書きは知っていたが、お気に入り声優さんの熱演やアニメスタッフの作画力の高さに感激し、しばし感激に浸りながら映画館を後にしてその足ですぐにイタリアンジェラートを買った。

「えっと……トリプルジェラートをカップで、そんでアップルパイ、濃厚ミルク、ピスタチオでお願いします」
 綺麗な色とりどりのジェラートを受け取るとさっそく一口食べる。
(う……美味い)

 目力全開でスクリーンを凝視していたので、頭も疲れていた。そこに糖分が優しく沁み込んできた。

 お店のウィンドウへ設けられた鑑に自分の姿が映っている。顔立ちは至って平凡、短く刈り込んだ頭のせいでよく野球部に間違えられる。スクールカーストは中の中。別に不満はない。ただ少し平凡すぎる自分の小市民的な性格を変えたいと思うことも多々ある。

 思い立って漫画を描いてみたり、小説を書いてみたり、歌ってみたりもしてみたが、どれも長くは続かなかった。
 そのうちゲームをはじめて、まあ俺はこんなもんか、と妙に納得してしまう。しかしジェラートは美味い。別に人生それだけで十分だと思った。
 しばし平和なひと時を満喫していると、突然怒鳴り声が聞こえる。

「おい姉ちゃん、だれの許可を得てここで商売しとるんじゃ! 魔術関係の仕事をわしらの許可なしでやるとはいい度胸してるなぁ!」

 見ると占い師のお姉ちゃんが、三人のたぶん新興宗教関係のヤクザっぽい男達に囲まれている。

 いまから二十年以上前の千九百九十九年十二月に起こった魔術革命以降、オカルトは冗談ではなく人類社会を構成する重要要素となっていた。
 一部の指定暴力団がシマを魔術関係に変え、怪しげな新興宗教を立てその手の仕事を裏で取りしきっているのは周知の事実だ。もちろん魔術の世界が皆そんなではないんだが。
 なまじ『本物』があるせいで、偽の魔術も多いのだ。

「誰の許可って、私はこのショッピングモールの責任者にちゃんと許可を取って占いをしているのよ。あなたたちになんの権限があるのかしら」
 聞き覚えのある声、そしてその顔。超が付くほどのド美人で切れ長の美しいアイラインに整った小鼻、艶やかな唇、一度聞いたら忘れられないその美声。長く美しい黒髪は腰ほどまである。白と紫を基調にした巫女っぽい貫頭衣とはかまのようなものを着ている。どことなく卑弥呼を連想させるような格好だ。
 クラスメイトの黒崎神奈くろさきかんなだった。

 途端に当摩の顔が青ざめる。
「あのヤクザ、命がいらないのか?」

 黒崎神奈は二代目『黒の魔女』世界でも数十人しか確認されていない、本物の魔術『大魔術アークマジック』の使い手なのだ。

「よく見りゃ姉ちゃん、メチャメチャ美人だな。こんなところで占いなんかしてないでちょっとAVに出てみんか?」

「うっとおしいわね、もういいわ」
 それだけ告げると神奈は指をパチンと鳴らした。直後、神奈の目が微かに赤く光る、たったそれだけでその場の空気が変わった。

「銃をもっているそこのあなた」
 他の男より頭ひとつ背が高く、がっしりとした体格をした、いかにも荒事が得意そうな男に神奈は声をかける。

「そちらの男を撃ち殺して」
 三人の中では一番下っ端に見える背の低い男を神奈が指さすと。
 大男は無言で拳銃を懐から出し、背の低い男の頭を撃ち抜いた。

 パーンッ! と花火のような甲高い銃声がなり、スイカが破裂したような赤い中身を吹きだして三下男は絶命した。

「それが済んだら自害なさい」
 続く神奈の一声で、大男は口に銃を突っこんで引き金を引いた。再度の悪夢のような光景に当摩は本当に肝を冷やした。

「さて、あなたはどうやって殺してあげようかしら」
 普段は相当な強面で通っているのだろうリーダー格の男はあまりに突然の出来事に、顔を真っ白にして凍りついた。

 反射的に、そう、本当に反射的に当摩は神奈の前へ飛びだした。叫び声をあげて。
「ダメだってっ! 神奈ちゃん! 殺しちゃダメだっ‼」

 神奈は心底嫌そうな顔をすると、当摩をゴミを見るような表情で見た。
「あなた誰? こっちは忙しいのよ」
 めつける美貌びぼうには異様な迫力があった。

「ぐわっ! 心が折れそうな一言だな、学園でずっと同じクラスだったろうが、浜屋当摩だよ」
「知らないわ、部外者は黙っていて、今そこのチンピラに相応しい最高の死にざまで死ぬ呪いをかけるところなんだから」

「ひっ! ひぃっ!」
 男はその場にへたりこみ失禁した。

「だからっ! ダメだって‼」
「うるさい、黙りなさい」
 再度、神奈の目が光る。
「イヤだっ! 黙らないっ!」

 神奈が目を見開く、そのまま数秒、二人は見つめあった。
 すると神奈の瞳からポロリポロリと涙がこぼれる。
「あなただったの……」

「えっ……?」
(な、なんだこのリアクション、ていうかなぜガチで泣いてるんだ)

「もういいわ、そこのチンピラは助けてあげる。すぐに私の前から消えて」
「まっ! 魔女だぁっ!」
 
 足をもつれさせながらも男は全力疾走で走り去って行った。

 涙を拭うこともせず、神奈はオープンカフェの椅子に座り直すと、優雅な手つきでブレンドコーヒーを一口飲んだ。
 当摩は「飲んどる場合かぁ~!」と某人気漫画のナチス将校のようにやってみたかったが、そんな勇気は出なかった。

 神奈がもう一度パチンと指を鳴らすと、辺りを包んでいた異様な雰囲気は一瞬で無散した。
 見れば大男と小男はう~んと唸りをあげ、完全に失神していた。そこにはもう血や脳漿は無かった。

「初めから……幻術だったのか……」
「あなた、私がむやみに人の命を奪うような人間だと考えていたのかしら?」
「えっ? いや……その」
「ジェラート……溶けてるわよ」

 言われて見てみれば確かに手には食べかけのジェラート。こんなものを持ったまま修羅場に乱入していたのか。
「まあ、いいわ……少しあなたに話があるから付き合いなさい」
 それだけ言うと、飲み終わったコーヒーのカップをソーサーに置き立ちあがって歩き出した。
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