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エピローグ 手術
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歓迎会の後も瑠璃子たちは元気にSEXOで遊んだ。
すごく不味いと噂のハギスを食べにイギリスのコラボ都市を訪ねたり(意外に瑠璃子はハギスを気に入った)
超巨大ボスとの戦闘が本当に怖くて、瑠璃子が泣いてしまったり。
千利休のお茶室で加奈子が点ててくれたお茶が本当に美味しかったり。
そうやって夏が過ぎ秋も深まり、やがて冬になるころに瑠璃子は徐々に弱っていった。
「真ちゃん……ありがとう……優しさをいっぱいありがとう……美味しいごはんをありがとう……たくさん愛してくれてありがとう……そして……出会ってくれて……ありがとう」
瑠璃子が集中治療室に入る前に真司に言った言葉だ。
真司は集中治療室の前のベンチに座り、本当にひたすらに、瑠璃子の手術の成功を祈った。祈るしかできない自分がふがいなかった。
瑠璃子が治療室に入る前、加奈子がクラスのみんなを連れてやってきた。あの時ダンスした男子は全員が来ていた。それを見て瑠璃子はとてもうれしそうに笑った。
時間は刻々と過ぎた。治療室の赤いランプはまだ煌々とともっていた。
「真司君」かけられた声に真司は顔を上げた。瑠璃子のママだった。
「ご飯も食べずにずっとそうしていたの? 真司君の方がまいっちゃうわよ」
「でも、瑠璃ちゃんのそばにいたいんです」
特殊なナノマシン移植をして死んでしまった神経を復活させる、同時に心臓に手術を施し延命を図る、瑠璃子の手術の成功率は一桁程度だった。九割は死ぬ手術だった。
「あの子は強い子だから、きっと大丈夫、真司君はご飯食べてきなさい、って言ってももう食堂も閉まってるわね、売店のパンでもいいけど瑠璃子のダイブギアでVRフードでもいいわよ」
そう言われても何も食べる気は起きなかった。
「瑠璃ちゃんが頑張ってるのに、僕だけなにか食べるなんて……」
真司はポツリとつぶやいた。
「食べることは生きることの象徴、あの子は生きようとしている。だからいいの何か思いっきり食べてきて、こんなところでしんみりしてたらあの子も気になっちゃう」
「そう……でしょうか」
「やっぱりVRフードでなにか思い出の食べ物、食べてきてちょうだいな。きっとあの子も釣られて食べたくなって、きっと元気になるわ。あの子食いしん坊なんだもん」
「思い出の……」
ふと、あの時の食べ物が真司の頭をよぎった。ストロベリアムのあの食べ物だ。
☆
ストロベリアムの街は雪がちらりほらりと降っていた。美しい風景でそれほどは寒くなかった。環境設定をあまり厳しくするとそれはそれでクレームがつくからだ。
雪景色に程よい寒さ、いたるところい旅人の足跡があって、それがまた雪で消えていっていた。SEXOはホワイトクリスマスイベント中だった。
瑠璃子がみたら喜びそうな街の風景だった。
クリスマスイブなのでVRでデートするカップルがちらりほらりといた。彼らは寄り添いながらイチゴの庭亭に消えていった。
本当ならそのカップルの中に瑠璃子と真司も入っている予定だった。このころの瑠璃子はもうほとんど食事ができなかった。豊満な身体も随分瘦せてしまった。
それでも瑠璃子はあのイチゴジャムとみみうどんを食べたがった。
真司と瑠璃子はいつも個室で二人っきりか加奈子と三人でご飯を食べた。でも今日は共有エリアで食べた。喧噪が欲しかった。静かな部屋にいたらきっと気が狂ってしまう。
ストロベリアム、イチゴの庭亭の共有エリアはものすごく賑わっていた。クリスマスイブを飲んで騒いですごそうとする学生たちが、大きな嬌声を上げ、みんな楽しそうに酒を飲んでいた。
真司はカンター席の隅の方に一人腰かけた。NPCのウェイターに注文をする。
真司の前に温かいみみうどんが運ばれてきた。瑠璃子の運命に耳をそばだてる悪魔の耳を食べなきゃと思った。
箸をとって口にうどんを運ぶ、美味しかった。そのことにとてもほっとした。瑠璃子の好きだった味。あの恋の味。
ふと、悲しみが心を突き刺す。それは喪失の予感と言う恐ろしい刃物。痛かった。
悲しい、怖い、切ない、でもどんなに悲しくて怖くて切なくても、それだけでは死なないんだ。
死、死。
あんなに死ぬのを怖がっていた瑠璃子は手術の前に言った。「私、手術全然怖くないよ。上手くいくとかいかないとかじゃないの……ただ……ここで死んでも後悔はしない……だって……私……すごく一生懸命生きたじゃない? ゲームばっかしてたけど……思い出をいっぱい……作ったよね?」
そう言った瑠璃子の顔は確かに何かをやり遂げた満足感を含んでいた。
でも、まだだよ。まだいっぱい思い出を作るんだ。負けるなっ! 瑠璃ちゃんっ! 頑張れっ! 瑠璃ちゃん。
真司の胸に熱いものがこみ上げた。真司の祈りが天に突き抜けていったような、そんな感覚がした。
その時、集中治療室のランプが消えた。
すごく不味いと噂のハギスを食べにイギリスのコラボ都市を訪ねたり(意外に瑠璃子はハギスを気に入った)
超巨大ボスとの戦闘が本当に怖くて、瑠璃子が泣いてしまったり。
千利休のお茶室で加奈子が点ててくれたお茶が本当に美味しかったり。
そうやって夏が過ぎ秋も深まり、やがて冬になるころに瑠璃子は徐々に弱っていった。
「真ちゃん……ありがとう……優しさをいっぱいありがとう……美味しいごはんをありがとう……たくさん愛してくれてありがとう……そして……出会ってくれて……ありがとう」
瑠璃子が集中治療室に入る前に真司に言った言葉だ。
真司は集中治療室の前のベンチに座り、本当にひたすらに、瑠璃子の手術の成功を祈った。祈るしかできない自分がふがいなかった。
瑠璃子が治療室に入る前、加奈子がクラスのみんなを連れてやってきた。あの時ダンスした男子は全員が来ていた。それを見て瑠璃子はとてもうれしそうに笑った。
時間は刻々と過ぎた。治療室の赤いランプはまだ煌々とともっていた。
「真司君」かけられた声に真司は顔を上げた。瑠璃子のママだった。
「ご飯も食べずにずっとそうしていたの? 真司君の方がまいっちゃうわよ」
「でも、瑠璃ちゃんのそばにいたいんです」
特殊なナノマシン移植をして死んでしまった神経を復活させる、同時に心臓に手術を施し延命を図る、瑠璃子の手術の成功率は一桁程度だった。九割は死ぬ手術だった。
「あの子は強い子だから、きっと大丈夫、真司君はご飯食べてきなさい、って言ってももう食堂も閉まってるわね、売店のパンでもいいけど瑠璃子のダイブギアでVRフードでもいいわよ」
そう言われても何も食べる気は起きなかった。
「瑠璃ちゃんが頑張ってるのに、僕だけなにか食べるなんて……」
真司はポツリとつぶやいた。
「食べることは生きることの象徴、あの子は生きようとしている。だからいいの何か思いっきり食べてきて、こんなところでしんみりしてたらあの子も気になっちゃう」
「そう……でしょうか」
「やっぱりVRフードでなにか思い出の食べ物、食べてきてちょうだいな。きっとあの子も釣られて食べたくなって、きっと元気になるわ。あの子食いしん坊なんだもん」
「思い出の……」
ふと、あの時の食べ物が真司の頭をよぎった。ストロベリアムのあの食べ物だ。
☆
ストロベリアムの街は雪がちらりほらりと降っていた。美しい風景でそれほどは寒くなかった。環境設定をあまり厳しくするとそれはそれでクレームがつくからだ。
雪景色に程よい寒さ、いたるところい旅人の足跡があって、それがまた雪で消えていっていた。SEXOはホワイトクリスマスイベント中だった。
瑠璃子がみたら喜びそうな街の風景だった。
クリスマスイブなのでVRでデートするカップルがちらりほらりといた。彼らは寄り添いながらイチゴの庭亭に消えていった。
本当ならそのカップルの中に瑠璃子と真司も入っている予定だった。このころの瑠璃子はもうほとんど食事ができなかった。豊満な身体も随分瘦せてしまった。
それでも瑠璃子はあのイチゴジャムとみみうどんを食べたがった。
真司と瑠璃子はいつも個室で二人っきりか加奈子と三人でご飯を食べた。でも今日は共有エリアで食べた。喧噪が欲しかった。静かな部屋にいたらきっと気が狂ってしまう。
ストロベリアム、イチゴの庭亭の共有エリアはものすごく賑わっていた。クリスマスイブを飲んで騒いですごそうとする学生たちが、大きな嬌声を上げ、みんな楽しそうに酒を飲んでいた。
真司はカンター席の隅の方に一人腰かけた。NPCのウェイターに注文をする。
真司の前に温かいみみうどんが運ばれてきた。瑠璃子の運命に耳をそばだてる悪魔の耳を食べなきゃと思った。
箸をとって口にうどんを運ぶ、美味しかった。そのことにとてもほっとした。瑠璃子の好きだった味。あの恋の味。
ふと、悲しみが心を突き刺す。それは喪失の予感と言う恐ろしい刃物。痛かった。
悲しい、怖い、切ない、でもどんなに悲しくて怖くて切なくても、それだけでは死なないんだ。
死、死。
あんなに死ぬのを怖がっていた瑠璃子は手術の前に言った。「私、手術全然怖くないよ。上手くいくとかいかないとかじゃないの……ただ……ここで死んでも後悔はしない……だって……私……すごく一生懸命生きたじゃない? ゲームばっかしてたけど……思い出をいっぱい……作ったよね?」
そう言った瑠璃子の顔は確かに何かをやり遂げた満足感を含んでいた。
でも、まだだよ。まだいっぱい思い出を作るんだ。負けるなっ! 瑠璃ちゃんっ! 頑張れっ! 瑠璃ちゃん。
真司の胸に熱いものがこみ上げた。真司の祈りが天に突き抜けていったような、そんな感覚がした。
その時、集中治療室のランプが消えた。
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