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加奈子の想い
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この恋心は殺してしまおう。加奈子は泣きそうになりながらそう決意した。
だって二人はこんなにも幸せそうなんだから。
近藤加奈子(こんどうかなこ)は真司に恋していた。それは甘くほのかな、でも確実な恋心だった。
この恋は成就しないのか? そんなことはない……かもしれなかった。
そんな時が来るのを加奈子はとても嫌だと思ったが、もし瑠璃子がこの世を去ったら。
その時はきっとこの胸の思いをぶちまけてしまうだろう。自分に嘘は付けない、だって真司くんが好きなんだから。
真司が加奈子の方を見て、どうしたの? と目で聞いてくる。なんでもないと加奈子も目で応えた。
「ここがセントアレフの首都、アレフィンバラよ。瑠璃子ちゃん」
三人の前には見事な石造りの城壁があった。見あげると首が痛くなるくらいその城壁は高かった。
城壁にはこれまた大きな門があり、門の奥から賑やかな喧噪が聞えてくる。大都会の予感がした。
「アレフィンバラに突撃するのだ」
興奮した瑠璃子が城門へ駆け込む、しっぽが付いてたらきっと激しく振っただろうなとその後ろ姿を見て加奈子は思った。
ゲームプレイ開始三日目、午後四時、真司と瑠璃子は初めてセントアレフの首都を訪ねた。そこは新しい冒険の予感に満ち溢れていた。
☆
遡(さかのぼ)ること一日、真司の姿は群青学園高等部の教室にあった。
数学の公式の解き方を解説する教師の話を聞き流しながら、ふと教室の隅に視線が行った。
机が並んだ席の最前列、一番奥側の窓際の机にはカメラ付きのポールが立っていた。
何らかの理由で学校に通学できない生徒や、群青学園の授業をオンラインで受けたい一般の人たちが授業を視聴するためのカメラだった。
そのカメラの奥に今は瑠璃子がいる。
瑠璃子は自らの余命があとわずかかもしれないと宣告されても、勉強を辞めなかった。
今はオンラインで授業を受けられる大学もあるからと進学も諦めなかった。
とにかく瑠璃子は群青学園での生活を頑なに守った。成績も悪くなかった。
強いな、と真司はいつも思った。
ふと、カメラが一瞬動いてこちらを向いたような気がした。でもよく見たらカメラの向いた先は真司ではなかった。
カメラを向けられた女の子が手を振った。
セミロングの黒髪におっとりとしたたれ目が実に愛らしい。加奈子だった。
そう言えばプレゼントのお礼をまだしてなかったな。と真司は思った。
本来お礼を言うのは瑠璃子だったが、瑠璃子のためにしてくれた好意は自分にしてくれた好意と同じだった。
朝一番に加奈子に話しかけようと思っていたが、加奈子は茶道部の用事があったらしく、授業開始ぎりぎりまで教室に現れなかったのだ。
ホームルームも免除されていたようだったので、学校公認の用事だったのだろう。
教師がもう一度公式の解き方の要点を短くまとめた後、この部分はテストに出るからな、と念を押した。
丁度よくチャイムが鳴り授業が終わった。真司は加奈子に声を掛けようと思ったが、それより先に加奈子がカメラの方に駆けて行った。
「瑠璃ちゃん来てる?」
「うん、おはよう~加奈ちゃん」
カメラのスピーカーから瑠璃子の声が聞こえる。瑠璃子はいまダイブギアに入っていて視覚をカメラにつないでいた。
「猫ちゃんの写真集ありがとうね~」
「うん、気に入ってくれた?」
「朝見たんだけどさ、やっぱり良いね。可愛い仔猫もいてさぁ~」
しばし、猫の写真集をネタにした乙女トークに花が咲いた。
瑠璃子の動物好きは筋金入りで、舐めるように見たプレゼントの写真集から細やかな情報を得ていて、話題は尽きなかった。
「昨日は加奈ちゃん来てたのに悪かったね。瑠璃ちゃんも僕もゲームにハマっててさ」
頃合いを見て真司が声をかけた。
「あ、うん、いいのよ。二人の邪魔しちゃ悪いと思ってたし」
さわやかな笑顔だった。本当に少しも不快感を感じなかったのだと真司は理解した。
二人とも18歳で初SEXOとくればおそらくVRセックスするんだろうなと加奈子は読んでいた。
だからあの日はさっさと撤退した。まず瑠璃ちゃんに塩を送る。真司のことは好きだが、瑠璃子のことも加奈子は殊の外好きなのだ。
「チュートリアル終わった?」
「いや、まだ初期村は半分くらいしか終わってないんだ」
「あは、まったりしてる二人らしいね」
やっぱり加奈子が以前SEXOをやっていると言っていたのは聞き間違いではなかったようだ。
それとなく経験者っぽく二人のゲームの様子を聞いてきた。
真司は所々で瑠璃子の行動を大げさに表現しながら昨日の出来事を説明した。
話の要所要所で加奈子は大きな口を開けて笑い、横から瑠璃子が余計なツッコミを入れてなお笑いを誘った。
「ストロベリアムでうどんが美味しくってねぇ~」
「ああ、みみうどんでしょ? あれ美味しいよね」
「瑠璃ちゃん食いしん坊だろ、だから初期村はストロベリアムにしたんだ」
「うん、正解だったね真司くん、ニラそばは食べた?」
「いや、それは食べてないな」
そばは瑠璃子も真司も好物だった。たしか栃木の名産品のニラをこれでもかとたっぷり乗せたそばが昨日みたメニューにあった気がする。
「私がチュートリアル案内しよっか? 早く終わらすのにはちょっとコツがいるのよ。終わったら初期村クリア記念にニラそば食べようよ。私がおごるよ」
「今日の晩御飯はニラそばなのだ」
瑠璃子はすっかり乗り気だった。
悪いなと真司が言うと、何言っているの友達じゃないと加奈子は笑った。
「それで、二人はギルドとかには入るの?」
加奈子の質問にちょっとだけ真司は沈黙し、申し訳なさそうに口を開いた。
「いや、実は二人でゲームを進めようと思って」
それは瑠璃子たっての希望だった。
「あ、でも加奈ちゃんとは一緒に遊びたい」
いつからか、別れが切なくなるからと、瑠璃子はあまり交友関係を広げなくなった。
決して引きこもったりとか閉じこもったりしたわけではない。今でもクラスメイトや病院の人とは普通に付き合う。
ただプライベートな時間に、あまり真司たち特定の人物以外と過ごさなくなっていた。
そしてその特定の人物とのプライベートな時間を瑠璃子はとても大切にした。
「一応。SEXOやるならゲーム研究会の部長の丸夫くんには挨拶しといた方が良いと思うよ。攻略とかで困った時助けてくれるよ」
「おおっ! そっか、丸夫の奴かなりゲーム上手いんだっけ?」
「うん、ちょっとエッチだけどすごく頼りになるよ。あくまでゲーム限定だけど」
「じゃあ、一応顔見せしとくのだ。加奈子ちゃん取り次げる?」
「うん、いいわよ。任せておいて」
「チュートリアルが終わったら、首都アレフィンバラに行きましょう。丸夫君は大抵群青騎士団のギルドホールに詰めてるから」
「首都かぁ……どんなところだろう?」
「ものすごい大都会よ。表通りはチェーン店が多いけど、屋台とかで面白い料理やお菓子売ってる人がいるんだよ」
「ううぅ気になるぅ」
「アレフィンバラに付いたらじっくり案内してあげるからね」
「うん、ありがとう加奈ちゃん」
加奈子は本当に笑顔を絶やさない女の子だった。茶道部で磨いたおもてなしの精神だろうか。どんな辛い時でも笑顔を絶やさない加奈子に真司と瑠璃子は何度も救われていた。
瑠璃子の無二の親友にして恋のライバル。
でも、ライバルの部分は巧に隠していた。もっとも瑠璃子はとっくの昔に加奈子の気持ちに気がついていたが。
自分が死んだときの真司の悲しみをきっと加奈子が癒すんだろうな、と漠然と瑠璃子は考えていた。
自分が死んだあと、真司と加奈子には幸せになって欲しかった。
それは切実な少女の祈りだった。
だって二人はこんなにも幸せそうなんだから。
近藤加奈子(こんどうかなこ)は真司に恋していた。それは甘くほのかな、でも確実な恋心だった。
この恋は成就しないのか? そんなことはない……かもしれなかった。
そんな時が来るのを加奈子はとても嫌だと思ったが、もし瑠璃子がこの世を去ったら。
その時はきっとこの胸の思いをぶちまけてしまうだろう。自分に嘘は付けない、だって真司くんが好きなんだから。
真司が加奈子の方を見て、どうしたの? と目で聞いてくる。なんでもないと加奈子も目で応えた。
「ここがセントアレフの首都、アレフィンバラよ。瑠璃子ちゃん」
三人の前には見事な石造りの城壁があった。見あげると首が痛くなるくらいその城壁は高かった。
城壁にはこれまた大きな門があり、門の奥から賑やかな喧噪が聞えてくる。大都会の予感がした。
「アレフィンバラに突撃するのだ」
興奮した瑠璃子が城門へ駆け込む、しっぽが付いてたらきっと激しく振っただろうなとその後ろ姿を見て加奈子は思った。
ゲームプレイ開始三日目、午後四時、真司と瑠璃子は初めてセントアレフの首都を訪ねた。そこは新しい冒険の予感に満ち溢れていた。
☆
遡(さかのぼ)ること一日、真司の姿は群青学園高等部の教室にあった。
数学の公式の解き方を解説する教師の話を聞き流しながら、ふと教室の隅に視線が行った。
机が並んだ席の最前列、一番奥側の窓際の机にはカメラ付きのポールが立っていた。
何らかの理由で学校に通学できない生徒や、群青学園の授業をオンラインで受けたい一般の人たちが授業を視聴するためのカメラだった。
そのカメラの奥に今は瑠璃子がいる。
瑠璃子は自らの余命があとわずかかもしれないと宣告されても、勉強を辞めなかった。
今はオンラインで授業を受けられる大学もあるからと進学も諦めなかった。
とにかく瑠璃子は群青学園での生活を頑なに守った。成績も悪くなかった。
強いな、と真司はいつも思った。
ふと、カメラが一瞬動いてこちらを向いたような気がした。でもよく見たらカメラの向いた先は真司ではなかった。
カメラを向けられた女の子が手を振った。
セミロングの黒髪におっとりとしたたれ目が実に愛らしい。加奈子だった。
そう言えばプレゼントのお礼をまだしてなかったな。と真司は思った。
本来お礼を言うのは瑠璃子だったが、瑠璃子のためにしてくれた好意は自分にしてくれた好意と同じだった。
朝一番に加奈子に話しかけようと思っていたが、加奈子は茶道部の用事があったらしく、授業開始ぎりぎりまで教室に現れなかったのだ。
ホームルームも免除されていたようだったので、学校公認の用事だったのだろう。
教師がもう一度公式の解き方の要点を短くまとめた後、この部分はテストに出るからな、と念を押した。
丁度よくチャイムが鳴り授業が終わった。真司は加奈子に声を掛けようと思ったが、それより先に加奈子がカメラの方に駆けて行った。
「瑠璃ちゃん来てる?」
「うん、おはよう~加奈ちゃん」
カメラのスピーカーから瑠璃子の声が聞こえる。瑠璃子はいまダイブギアに入っていて視覚をカメラにつないでいた。
「猫ちゃんの写真集ありがとうね~」
「うん、気に入ってくれた?」
「朝見たんだけどさ、やっぱり良いね。可愛い仔猫もいてさぁ~」
しばし、猫の写真集をネタにした乙女トークに花が咲いた。
瑠璃子の動物好きは筋金入りで、舐めるように見たプレゼントの写真集から細やかな情報を得ていて、話題は尽きなかった。
「昨日は加奈ちゃん来てたのに悪かったね。瑠璃ちゃんも僕もゲームにハマっててさ」
頃合いを見て真司が声をかけた。
「あ、うん、いいのよ。二人の邪魔しちゃ悪いと思ってたし」
さわやかな笑顔だった。本当に少しも不快感を感じなかったのだと真司は理解した。
二人とも18歳で初SEXOとくればおそらくVRセックスするんだろうなと加奈子は読んでいた。
だからあの日はさっさと撤退した。まず瑠璃ちゃんに塩を送る。真司のことは好きだが、瑠璃子のことも加奈子は殊の外好きなのだ。
「チュートリアル終わった?」
「いや、まだ初期村は半分くらいしか終わってないんだ」
「あは、まったりしてる二人らしいね」
やっぱり加奈子が以前SEXOをやっていると言っていたのは聞き間違いではなかったようだ。
それとなく経験者っぽく二人のゲームの様子を聞いてきた。
真司は所々で瑠璃子の行動を大げさに表現しながら昨日の出来事を説明した。
話の要所要所で加奈子は大きな口を開けて笑い、横から瑠璃子が余計なツッコミを入れてなお笑いを誘った。
「ストロベリアムでうどんが美味しくってねぇ~」
「ああ、みみうどんでしょ? あれ美味しいよね」
「瑠璃ちゃん食いしん坊だろ、だから初期村はストロベリアムにしたんだ」
「うん、正解だったね真司くん、ニラそばは食べた?」
「いや、それは食べてないな」
そばは瑠璃子も真司も好物だった。たしか栃木の名産品のニラをこれでもかとたっぷり乗せたそばが昨日みたメニューにあった気がする。
「私がチュートリアル案内しよっか? 早く終わらすのにはちょっとコツがいるのよ。終わったら初期村クリア記念にニラそば食べようよ。私がおごるよ」
「今日の晩御飯はニラそばなのだ」
瑠璃子はすっかり乗り気だった。
悪いなと真司が言うと、何言っているの友達じゃないと加奈子は笑った。
「それで、二人はギルドとかには入るの?」
加奈子の質問にちょっとだけ真司は沈黙し、申し訳なさそうに口を開いた。
「いや、実は二人でゲームを進めようと思って」
それは瑠璃子たっての希望だった。
「あ、でも加奈ちゃんとは一緒に遊びたい」
いつからか、別れが切なくなるからと、瑠璃子はあまり交友関係を広げなくなった。
決して引きこもったりとか閉じこもったりしたわけではない。今でもクラスメイトや病院の人とは普通に付き合う。
ただプライベートな時間に、あまり真司たち特定の人物以外と過ごさなくなっていた。
そしてその特定の人物とのプライベートな時間を瑠璃子はとても大切にした。
「一応。SEXOやるならゲーム研究会の部長の丸夫くんには挨拶しといた方が良いと思うよ。攻略とかで困った時助けてくれるよ」
「おおっ! そっか、丸夫の奴かなりゲーム上手いんだっけ?」
「うん、ちょっとエッチだけどすごく頼りになるよ。あくまでゲーム限定だけど」
「じゃあ、一応顔見せしとくのだ。加奈子ちゃん取り次げる?」
「うん、いいわよ。任せておいて」
「チュートリアルが終わったら、首都アレフィンバラに行きましょう。丸夫君は大抵群青騎士団のギルドホールに詰めてるから」
「首都かぁ……どんなところだろう?」
「ものすごい大都会よ。表通りはチェーン店が多いけど、屋台とかで面白い料理やお菓子売ってる人がいるんだよ」
「ううぅ気になるぅ」
「アレフィンバラに付いたらじっくり案内してあげるからね」
「うん、ありがとう加奈ちゃん」
加奈子は本当に笑顔を絶やさない女の子だった。茶道部で磨いたおもてなしの精神だろうか。どんな辛い時でも笑顔を絶やさない加奈子に真司と瑠璃子は何度も救われていた。
瑠璃子の無二の親友にして恋のライバル。
でも、ライバルの部分は巧に隠していた。もっとも瑠璃子はとっくの昔に加奈子の気持ちに気がついていたが。
自分が死んだときの真司の悲しみをきっと加奈子が癒すんだろうな、と漠然と瑠璃子は考えていた。
自分が死んだあと、真司と加奈子には幸せになって欲しかった。
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