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『ふむ、成る程。ではあの場面、村の人間が来ることをあらかじめ知っていたというわけか』



ふよふよと浮かぶ黒い塊。ダークネスドラグーンの魂が興味深そうに聞いてくる。



「うん。だから皆に伝えておいたんだ。村の人が来たらそちらを優先して守ってって。まあ、敵を全滅させてくるとは思わなかったけど」



『そうだのう。まさかあの上級魔族たちを全て倒してくるとは、お前の仲間たちは末恐ろしいな』



「そうだね。皆がいなければこの戦いに希望は見いだせはしなかった。こうして再び立ち上がることも……あ、これ入れといて」



ダンジョン36階層。倒した魔獣の素材をノワルの中へと突っ込む。



『……なんかお前、我を便利なリュックとでも勘違いしてないか?一応言っておくが、七つの世界の一つ、我は誇り高き影の冥竜【ノワール】だぞ』



「いや、勝手に俺の体に憑いたのノワルだし。いやなら出てってよ」



『むぅ……それができぬ事を知ってるくせに』



「そうそう。君は俺から離れられないし俺は君を追い出せない。なら共存するしかないんだ。助け合っていかなきゃね。それに働いた分ちゃんと見返りは上げてるだろ?」



『まあ、それはそうじゃが……』



この喋る黒い塊は、いうまでもなくあのダークネスドラグーンの魂だ。実は魔王の手によって【ダークネスドラグーン】という名で縛りをされ利用されていたらしく、真名を【ノワール】というらしい。



魔族としての死を迎えたこいつはノワールとして戻ることができたらしい。しかし肉体がないため俺の体を呪い憑くことで仮宿としたようだ。ちなみにノワルという呼び方は「可愛いからそう呼んで」との本人からの希望だ。



(つうか、マジでこの無限に入るストレージは便利すぎる。なんならずっと憑いていてくれてもいい)



『しかし、お前の仲間以上に恐ろしいのはリンの方だがな。最後の一撃、あれはどういうからくりだったのだ?刺されたあの瞬間までそこには存在してなかったように思えたんじゃが。というか、そもそもおまえあの直前にわれの火球で焼かれたじゃろう』



「ああ、あれは『ファントム』っていうスキルで作り出した俺の偽物だったから」



『ファントム』:HPの三分の一を消費し自身にそっくりな幻影を召喚する。それは攻撃力はを持たず、攻撃されると消えてしまう。



『偽物。幻影か……しかしそのあとお前の気配と魔力反応が消えたぞ。だから死んだものと』



「それはこのルベウスダガーの特殊能力、『月影』を使ったんだ。これは使用者の姿、気配、更には魔力すら見えなくするからね。火球が俺の『ファントム』を飲み込んだ瞬間、『月影』を発動……それと同時に作り出した『漆烏』でお前の気を引いている隙に頭上へ移動。着地と同時に【死門】を貫いたってわけ」



『あの烏の影は陽動の役割が……』



最期まで【魔眼】を隠すことで、それがしっかりとベストな形で活かされた。もしも前段階でガルドラや他の魔族を即死させていたら、ダークネスドラグーンに警戒され【死門】を突くことはできなかっただろう。



俺はルベウスダガーを眺める。



いや、それだけじゃない。あの状況を生み出せたのは、クロウがくれたこのダガーの『月影』『漆烏』の能力、そして……ラッシュ、コクエ、ウルカ、カムイが一緒に戦ってくれていたからだ。



(俺一人だと、ダークネスドラグーンを倒せてもこの村の被害は防ぐことはできなかった)



『しかし何度聞いても信じられんな。お前のその【魔眼】……人の域を超えた代物。一突きで死を与えるなど、魔王や邪神ですら無し得ない業だぞ』



まあ、そうだよね。改めてチートなユニークスキルだと実感しているよ。でも文句言うなら開発に言ってくれ。



「ま、あるんだから仕方ないじゃない。それに【死門】を突くってのはノワルが思っている以上に難しいんだよ?」



『そうそう、それそれ。その即死を成立させられる予知の如き動きももう神っててヤバい』



「いや、神っててって……」



なんかこいつ威厳的なのが薄れていってる感じがするんだが。まあ、話しやすいからいいけど。



「さて、そろそろ戻ろうか……あ、わかってると思うけど皆の前では出てこないでよ」



『むう、わかっとるわ。そう何度も言うな』



「ほんとかな……そう言って昨日も普通に喋りかけてきたしな」



『あれは我悪くない。お前に話しかけられたかと思って勘違いしただけじゃし』



「いや、皆の前で話かけるわけないでしょ。子供みたいな言い訳しないでよ」



『はいはーい』



こ、こいつ……。











外へ出るとコクエが立っていた。紅いワンピースを着る彼女は珍しく髪を結っている。山の合間に夕陽が落ち、さらされた彼女の陽彩の髪は透き通り美しい。



「やっぱりダンジョンに居たのね。行くときはあたしたちも連れ行きなさいっていってるのに」



あの魔族襲来の事件後、俺はダンジョンへ単独で入ることを認められた。あのダークネスドラグーンとの戦闘を目の当たりにした村長らの判断により、実力を認められソロでも問題ないとされた。ただしそれは俺だけで、ラッシュ、コクエ、ウルカは俺が同判事のみ。だから一人で入っていたとバレると決まってこうしてどやされる。



「ごめんごめん、でもほらコクエたちはお祭りの準備があると思ってさ」



「そりゃそーだけど」



ぷっくりと頬を膨らませたコクエ。俺はなだめるように彼女の隣に並ぶ。



「次行くときは言うからさ……機嫌なおして」



「そ?なら良いわ。約束よ」



俺の言葉を聞いた彼女は、さっきまでの拗ね顔は何だったのかというほどの笑みを見せた。前世では女性との接点がほとんどないような人生だったので、今更ながらこうした手合いの接し方に戸惑ってしまう。



(掌で転がされてるような感覚……)



「ささ、リンも早く着替えてね。皆でお祭り行くでしょ」



「うん、いくいく」



「じゃリンの家まで行こっか」



「え、先に行っててもいいよ?ラッシュとウルカがまってるでしょ?」



「いーのいーの。ほら、いくわよ」



「?」



先導し歩き出すコクエ。いつもと違う様子の彼女を不思議に思いながらも隣に並ぶ。

鈴虫の鳴く音と遠くから聞こえてくる祭りの音。笛の音色と、太鼓の音色が美しく響いている。



(……気温が少し落ちたのか、頬撫でる風が心地いい)



悪夢のような一週間が過ぎ、俺は平穏を取り戻した。それをこうしてふとした瞬間に感じるたび、胸が熱くなり泣きそうなくらい嬉しく感じる。



「ねえ、リン」



「ん?」



「来年、王都の魔法学園【グラムダール】に行くって……前に言ってたわよね?」



「ああ、うん」



魔法学園【グラムダール】国外からも多くの魔道士が集まる名門。そこでは名のある大魔道士や冒険者が生徒に魔法を教えている。

試験を受けるのには結構な大金が必要で、難易度の高い入学試験もクリアしなければならない。

けれどその学園で得られる魔法やスキルは有用なものが多く、魔道士ジョブをしているなら間違いなく行っといたほうがいいと言われている……ネットとかの情報サイトで。



(ちなみにダンジョンへ行きまくってるのは入試の費用を稼ぐためだったりする)



「でもすごく大変なんでしょ、試験」



「まあ、それなりに。……どうしたの急に」



「え、いやほら、あたしも魔道士のはしくれだしさ。ちょっと興味あって」



「もしかして、コクエも行ってみたいの?」



「え、いやいやいや……!あたしなんて、ほら別にリンみたいに頭良くないし、無理でしょ。ただどんな感じなのかなって話をきいてみたくてね」



コクエの視線が泳ぎまくっている。これは図星だったな。いや、まあ前にこの話をした時からそんな感じはしていたけど。



「そう。でも、私はコクエだったら受かるとおもうけどな」



「……へ?」



「魔法の力は申し分ないと思うよ。あとは学力だけど、これから勉強すれば来年には間に合うと思うし……入試の費用はダンジョンで稼げばいい。コクエも一緒に受けてみる?」



よほど恥ずかしかったのか唇をつーんととがらせ彼女はうつむいた。



「……あたしは、リンが行くならいきたい……」



「?……うん、それじゃあ一緒にがんばろっか。任務が無い日は勉強しよう」



「……頑張ってみる」



それきりコクエは無言になってしまい、妙な空気感のなか家へと向かった。俺、なんか変なこといっちゃったか?



それから着替えを済まし、コクエに手を引かれ皆と合流。コクエは祭りのイベントで出番が来ると言って奥へと消えていく。



「やあ、リン」「よお、リン」「ワン!」



ウルカ、ラッシュ、カムイがこちらに気が付き駆け寄ってきた。



「遅くなってごめん」



「そんなことないぜ。ちょうどこれからメインイベントだし」



上を指さすラッシュ。いつの間にか大きな月が二つ浮かび群青と化した夜空。そこに一筋の光が昇る。



――ドーーーン!!



大きな赤い閃光。まるで大輪の花のように咲いた炎魔法の花火。いうまでもなくこれはコクエの魔法。複数人いる黒魔道士が祭りの催しとして美しい魔法を空へ打ち上げ、毎回祭りを盛り上げる。その中でも特段大きな規模で咲くあの大輪はコクエ以外にはいないだろう。



「綺麗だね」



ウルカが微笑む。それに頷くラッシュと俺。



いつか、オフィスの窓から花火大会を見たことがあった。一人、仕事をしながらみたそれは何の色味もなく味気もなかったただの騒音。



なのに不思議だな。この花火はとても綺麗に思える。



「さて、祭りも終わりだな。そんじゃ次は月見丘へ移動だ」



「?、月見丘に?なんで……?」



俺は首を傾げた。



「それは決まっているだろ。祝うんだよ」



「祝う…‥?」



コクエが駆け寄ってきた。



「あれれ、今日なんの日か忘れた?」



ラッシュがにやりと笑い、せーの!と音頭をとる。



「「「リン、誕生日おめでとう!!!」」」「ワン!」



突然、心の急所をつかれ涙腺が破壊された俺。ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。



(……どうやら俺の【死門】はここだったようだ)





ああ、この世界に生まれて来られて、本当に良かった。





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