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告白 3(司)
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「組長はまず俺に、『帰りたいか?』って聞いたんだ。俺は『今は…帰りたいです』って言葉を濁した。結局ガキがいきがってただけだったんだ」
「すんなり帰してくれたの?」
俺は頭を横に振った。
「組長は先生にこう言ったよ。『先生、返してやっても良いが、それなりの仁義は通してもらわなきゃ』って。先生はカバンから札束出して、『百万ある、これでこいつを返してくれ』って頭を下げてくれたんだ」
「それでどうなったの?」
「組長は『金なんかより、面白いものが見たい』って言ったよ。『本来なら指つめさせるところだけど、カタギに指つめさせると後々警察がうるさいから、組長がいいって言うまで、組員にあんたを殴らせてくれ』って。先生は断らなかった。それで事務所の庭で下っ端の組員が、無抵抗の海老沢先生をサンドバッグのように殴ったんだ」
ボロ雑巾のようになってもなお俺を気遣おうとする先生の姿が、頭の中に溢れ出す。
『う゛……リンダ……大丈夫だからな……ぐぇッ……心配すんな……俺と一緒に帰ろうな……』
言葉を失うほど愕然としている数子の瞳には、痛みや困惑が滲み、瞼には今にも溢れ出しそうなほどの雫が、せり上がっている。
ごめん、と何度か口にしたものの、思いが溢れて言葉に詰まり、数秒なのか数十秒なのか、空白の時間が流れた。
「……いたたまれなくなって俺を殴ってくれって組長に頼んだけど、聞き入れてはもらえなかった」
数子は小さく頷いた。
「最初は面白がってた組員達も、良心の呵責を覚えたのか、徐々に拳に力がなくなってね、そしたら組長が言ったんだ、『帰れ司、こんなに良い先生に迷惑かけんな。二度と戻ってくんじゃねえぞ』ってね」
先生に肩を貸し、組から出てタクシーを待つ間、俺は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、先生に尋ねた。
『こんなにボロボロになるまで殴られて、あんたホントに馬鹿じゃないのか……。どうして俺なんかのために、こんなことするんだよっ!』
『いいか……、俺なんかなんて二度と言うな! 教師ってのは生徒に寄り添うのが仕事だ、くだらないこと言ってんじゃねぇ! それにお前みたいな寂しがり屋、放っておけるわけがないだろう!!』
絞り出すように言った直後、先生は迎えに来たタクシーの後部座席にドサリと倒れ込んだ。先生の家に先に行こうと言ったが、『バカヤロー、教師が生徒に送られてたまるか』先生はそう言って、結局俺が先にタクシーを降りた。
『ゴールデンウイークが終わったら、ちゃんと学校来るんだぞ、楽しみにしてるからな』
体中相当痛かっただろうに、別れ際、先生は満面の笑顔を浮かべながら言ってくれた。
とその時、数子は何かを思い出したように、「そう言えば」と懐かしそうな目をして言った。
「小学生の頃、お父さん『飲んで喧嘩した』って言って、大怪我して帰って来てたことがあったの。確かゴールデンウイークの頃だった。何日間か寝込んでたけど、あれは喧嘩じゃなかったって事ね……」
数子の両方の目から、水晶のような煌めきが零れ落ちる。
「とにかく先生に恩返しがしたくて、俺はきちんと学校に通ってまじめに勉強するようになった。やっと二けたの割り算が出来るようになった俺に、先生が言ったんだ。『今から勉強すれば、お前ならどんな職業にだってつける』って。その時は、『そこらの小学生よりアホな俺つかまえて、なにハッタリ言ってんだよ』って思わず突っ込んだよ」
自嘲気味に笑うと、数子もくすりと笑ってくれた。
「『ハッタリかどうかは卒業するころに分かる。数学には愛と希望がつまってる』って、未だに意味は分からないけど、とにかく先生は、小学校からの理数系の勉強と英語を俺に叩き込んでくれた」
「……」
数子は微笑しながら頷いた。
「それで、受験の頃には予備校の全国模試の上位に、俺の名前が載るようになってた。先生は俺の実力だって言ったけど違う。俺が現役で医学部に合格できたのは、間違いなく先生のお陰なんだ」
「そう……。司君、色々教えてくれてありがとう。そんな風に思って貰えて、お父さん教師冥利に尽きると思う」
数子は穏やかに言った。
「話聞いて、俺を嫌いになった?」
優しい色をした瞳には、心配そうな俺の顔が映っている。束の間の沈黙の後、「少し……」と零れ落ちた呟きに、胸をえぐられる思いがした。
致し方ないことだけれど、
「あ…えと…あの」
狼狽を隠せない俺を、数子は静かな瞳で見つめながら微笑んだ。
「少しも嫌いになるわけがないでしょう?」
「こ、こら、数子っ!」
俺は小憎らしい数子を力いっぱい抱き締め、思う存分お仕置きのキスをした。
_________________________________________________________
~ 閑話 仲良しBoysのおしゃべり ~
海老沢先生の手術の二日前、守と新庄は病院の休憩室でコーヒーを飲んでいた。
「新庄、俺の彼女のパパの手術、よろしくな。モニター越しにバッチリ見張ってるからな~♪」と守。
ちょうど近づいてきた司が、不機嫌な様子で口を挟む。
「誰がお前の彼女だ!?」
守はそのツッコミには直接は答えず、
「いいか司、マック、ミスド、RPG、世の中には短縮言葉が溢れてるだろう?」
と、相変わらずふわふわした感じで言った。
「そういえば、セフレもそうですね~」
ケロッとした顔で言う新庄に、「いいねぇ」と守は親指を立てる。
「だから『俺の弟の彼女』は『俺のセフレ』あ、ちがっ」
守の言葉に新庄は、口に含んだコーヒーを吹き出した。
守は上手い具合にコーヒーをかわし、「汚いな~」とお気楽に言う。
司はそんな守に刃のような視線を向け、「守、ぶっ殺されてぇか!!」と。
「うわっ、医者が殺すとか言っちゃうのはどうなのかなぁ~。怒んなよ、ちょっと言い間違えただけだろう? 新庄が変なこと言うからさ、悪いのはぜぇんぶコイツだ」
守はいけしゃあしゃあと言い放ち、「ゲゲっ、佐藤先生酷すぎるでしょう!」なんていう新庄の抗議の声はガン無視だ。
「俺が言いたいのは、『俺の弟の彼女』は、縮めると『俺の彼女』ってことだ」
清々しい顔でキッパリ言い切る守に、司は手に持っているファイルを振り上げ、「短縮の仕方がおかしいだろー!」と。
ガツン!!
「イテっ、角っこでたたくなよ~、悪いのは全部新庄だー!」
「「まだ言うか!」」
「すんなり帰してくれたの?」
俺は頭を横に振った。
「組長は先生にこう言ったよ。『先生、返してやっても良いが、それなりの仁義は通してもらわなきゃ』って。先生はカバンから札束出して、『百万ある、これでこいつを返してくれ』って頭を下げてくれたんだ」
「それでどうなったの?」
「組長は『金なんかより、面白いものが見たい』って言ったよ。『本来なら指つめさせるところだけど、カタギに指つめさせると後々警察がうるさいから、組長がいいって言うまで、組員にあんたを殴らせてくれ』って。先生は断らなかった。それで事務所の庭で下っ端の組員が、無抵抗の海老沢先生をサンドバッグのように殴ったんだ」
ボロ雑巾のようになってもなお俺を気遣おうとする先生の姿が、頭の中に溢れ出す。
『う゛……リンダ……大丈夫だからな……ぐぇッ……心配すんな……俺と一緒に帰ろうな……』
言葉を失うほど愕然としている数子の瞳には、痛みや困惑が滲み、瞼には今にも溢れ出しそうなほどの雫が、せり上がっている。
ごめん、と何度か口にしたものの、思いが溢れて言葉に詰まり、数秒なのか数十秒なのか、空白の時間が流れた。
「……いたたまれなくなって俺を殴ってくれって組長に頼んだけど、聞き入れてはもらえなかった」
数子は小さく頷いた。
「最初は面白がってた組員達も、良心の呵責を覚えたのか、徐々に拳に力がなくなってね、そしたら組長が言ったんだ、『帰れ司、こんなに良い先生に迷惑かけんな。二度と戻ってくんじゃねえぞ』ってね」
先生に肩を貸し、組から出てタクシーを待つ間、俺は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、先生に尋ねた。
『こんなにボロボロになるまで殴られて、あんたホントに馬鹿じゃないのか……。どうして俺なんかのために、こんなことするんだよっ!』
『いいか……、俺なんかなんて二度と言うな! 教師ってのは生徒に寄り添うのが仕事だ、くだらないこと言ってんじゃねぇ! それにお前みたいな寂しがり屋、放っておけるわけがないだろう!!』
絞り出すように言った直後、先生は迎えに来たタクシーの後部座席にドサリと倒れ込んだ。先生の家に先に行こうと言ったが、『バカヤロー、教師が生徒に送られてたまるか』先生はそう言って、結局俺が先にタクシーを降りた。
『ゴールデンウイークが終わったら、ちゃんと学校来るんだぞ、楽しみにしてるからな』
体中相当痛かっただろうに、別れ際、先生は満面の笑顔を浮かべながら言ってくれた。
とその時、数子は何かを思い出したように、「そう言えば」と懐かしそうな目をして言った。
「小学生の頃、お父さん『飲んで喧嘩した』って言って、大怪我して帰って来てたことがあったの。確かゴールデンウイークの頃だった。何日間か寝込んでたけど、あれは喧嘩じゃなかったって事ね……」
数子の両方の目から、水晶のような煌めきが零れ落ちる。
「とにかく先生に恩返しがしたくて、俺はきちんと学校に通ってまじめに勉強するようになった。やっと二けたの割り算が出来るようになった俺に、先生が言ったんだ。『今から勉強すれば、お前ならどんな職業にだってつける』って。その時は、『そこらの小学生よりアホな俺つかまえて、なにハッタリ言ってんだよ』って思わず突っ込んだよ」
自嘲気味に笑うと、数子もくすりと笑ってくれた。
「『ハッタリかどうかは卒業するころに分かる。数学には愛と希望がつまってる』って、未だに意味は分からないけど、とにかく先生は、小学校からの理数系の勉強と英語を俺に叩き込んでくれた」
「……」
数子は微笑しながら頷いた。
「それで、受験の頃には予備校の全国模試の上位に、俺の名前が載るようになってた。先生は俺の実力だって言ったけど違う。俺が現役で医学部に合格できたのは、間違いなく先生のお陰なんだ」
「そう……。司君、色々教えてくれてありがとう。そんな風に思って貰えて、お父さん教師冥利に尽きると思う」
数子は穏やかに言った。
「話聞いて、俺を嫌いになった?」
優しい色をした瞳には、心配そうな俺の顔が映っている。束の間の沈黙の後、「少し……」と零れ落ちた呟きに、胸をえぐられる思いがした。
致し方ないことだけれど、
「あ…えと…あの」
狼狽を隠せない俺を、数子は静かな瞳で見つめながら微笑んだ。
「少しも嫌いになるわけがないでしょう?」
「こ、こら、数子っ!」
俺は小憎らしい数子を力いっぱい抱き締め、思う存分お仕置きのキスをした。
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~ 閑話 仲良しBoysのおしゃべり ~
海老沢先生の手術の二日前、守と新庄は病院の休憩室でコーヒーを飲んでいた。
「新庄、俺の彼女のパパの手術、よろしくな。モニター越しにバッチリ見張ってるからな~♪」と守。
ちょうど近づいてきた司が、不機嫌な様子で口を挟む。
「誰がお前の彼女だ!?」
守はそのツッコミには直接は答えず、
「いいか司、マック、ミスド、RPG、世の中には短縮言葉が溢れてるだろう?」
と、相変わらずふわふわした感じで言った。
「そういえば、セフレもそうですね~」
ケロッとした顔で言う新庄に、「いいねぇ」と守は親指を立てる。
「だから『俺の弟の彼女』は『俺のセフレ』あ、ちがっ」
守の言葉に新庄は、口に含んだコーヒーを吹き出した。
守は上手い具合にコーヒーをかわし、「汚いな~」とお気楽に言う。
司はそんな守に刃のような視線を向け、「守、ぶっ殺されてぇか!!」と。
「うわっ、医者が殺すとか言っちゃうのはどうなのかなぁ~。怒んなよ、ちょっと言い間違えただけだろう? 新庄が変なこと言うからさ、悪いのはぜぇんぶコイツだ」
守はいけしゃあしゃあと言い放ち、「ゲゲっ、佐藤先生酷すぎるでしょう!」なんていう新庄の抗議の声はガン無視だ。
「俺が言いたいのは、『俺の弟の彼女』は、縮めると『俺の彼女』ってことだ」
清々しい顔でキッパリ言い切る守に、司は手に持っているファイルを振り上げ、「短縮の仕方がおかしいだろー!」と。
ガツン!!
「イテっ、角っこでたたくなよ~、悪いのは全部新庄だー!」
「「まだ言うか!」」
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