63 / 77
宵闇 1(司)
しおりを挟む
手術が終わり、自販機にコーラを買いに行くつもりで、2階の廊下を歩いていた。
何気なく遠くを見ると、渡り廊下の長椅子に座り、大きな窓から中庭の方を見つめている女の子がいた。
あ……
横顔だけでも、遠くからでもすぐに分かる、数子だ。
でも、何で病院にいるんだ? 俺に会いに来たのか?
足を速め、数子に近付いて行く。
数子は一点をじぃっと見つめたまま、ピクリとも動かない。
彼女の視線の先を追うように、俺も窓の外に目をやったが、暗闇の中にぽつりぽつりとオレンジ色の照明がついているだけで、何も見えない。
窓には徐々に近付いている俺の姿も映っているが、全く気付いていないようだ。
何かあったとしか思えない。
「数子」
傍まで行って静かに声をかけると、数子は一瞬ビクリと肩を上げ、俺の方に顔を向けた。
睫毛や頬に涙のあとが残っている。さっきまで泣いていたようだ。
「どうした?」
「お父さん、死んじゃうの?」
やっと聞き取れるくらいの声で言ったあと、涙腺が崩れ落ちたかのように、しとどに涙が溢れ出す。
彼女の声を聞きながら、涙に濡れる瞳を見ながら、俺の心は凍り付いた。
誰が話した? 海老沢先生か?
でも……
「誰がそんなこと言ったんだ?」
俺の問いに数子は答えない。
その代わりに涙で声を詰まらせながら、「お父さん…、何の病気なの?」と。
その時、胸のPHSが鳴った。
画面には守の名前が出ている。
電話をとると、守の慌てた声が耳に飛び込んで来た。
そういう事か。
「…………またかけなおす」
嘆息しながら電話を切り、数子を見つめた。
*
「……庭に出て話そうか」
カードキーを使い病院の庭に出た。
夜間、患者は庭園に出ることはできないため、人影はない。
時おり気持ちの良い風が吹くことが、救いだった。
「座ろう」
静かに言うと、数子は黙ったまま俺の言葉に従った。
二人並んでベンチに座り隣を見れば、潤んだ瞳が寂しそうに俺に語りかけてくる。
本当のことを教えて……
さやさやと吹いた風に、数子の絹糸のような髪が乱され、涙で濡れた頬にはりついた。
こんなに泣いて、こんなに傷付いて、口では数子を守ると言っておきながら、簡単に梨々花の悪意の矢面に立たせてしまった。
胸を掻きむしりたいほどの後悔に苛まれながら、数子に秘密がバレてしまった今、もう嘘で誤魔化すことは出来ない、そう思った。
嘆息し、重たい唇を開く。
「先生はね、数子には黙っていてほしいと言ったんだ。もちろん数子のことを思ってのことだよ」
そう切り出しながら数子の方に体を向け、黒い真珠のような瞳をまっすぐに見つめる。
「先生は膵臓癌だ。それもかなり進行している」
何気なく遠くを見ると、渡り廊下の長椅子に座り、大きな窓から中庭の方を見つめている女の子がいた。
あ……
横顔だけでも、遠くからでもすぐに分かる、数子だ。
でも、何で病院にいるんだ? 俺に会いに来たのか?
足を速め、数子に近付いて行く。
数子は一点をじぃっと見つめたまま、ピクリとも動かない。
彼女の視線の先を追うように、俺も窓の外に目をやったが、暗闇の中にぽつりぽつりとオレンジ色の照明がついているだけで、何も見えない。
窓には徐々に近付いている俺の姿も映っているが、全く気付いていないようだ。
何かあったとしか思えない。
「数子」
傍まで行って静かに声をかけると、数子は一瞬ビクリと肩を上げ、俺の方に顔を向けた。
睫毛や頬に涙のあとが残っている。さっきまで泣いていたようだ。
「どうした?」
「お父さん、死んじゃうの?」
やっと聞き取れるくらいの声で言ったあと、涙腺が崩れ落ちたかのように、しとどに涙が溢れ出す。
彼女の声を聞きながら、涙に濡れる瞳を見ながら、俺の心は凍り付いた。
誰が話した? 海老沢先生か?
でも……
「誰がそんなこと言ったんだ?」
俺の問いに数子は答えない。
その代わりに涙で声を詰まらせながら、「お父さん…、何の病気なの?」と。
その時、胸のPHSが鳴った。
画面には守の名前が出ている。
電話をとると、守の慌てた声が耳に飛び込んで来た。
そういう事か。
「…………またかけなおす」
嘆息しながら電話を切り、数子を見つめた。
*
「……庭に出て話そうか」
カードキーを使い病院の庭に出た。
夜間、患者は庭園に出ることはできないため、人影はない。
時おり気持ちの良い風が吹くことが、救いだった。
「座ろう」
静かに言うと、数子は黙ったまま俺の言葉に従った。
二人並んでベンチに座り隣を見れば、潤んだ瞳が寂しそうに俺に語りかけてくる。
本当のことを教えて……
さやさやと吹いた風に、数子の絹糸のような髪が乱され、涙で濡れた頬にはりついた。
こんなに泣いて、こんなに傷付いて、口では数子を守ると言っておきながら、簡単に梨々花の悪意の矢面に立たせてしまった。
胸を掻きむしりたいほどの後悔に苛まれながら、数子に秘密がバレてしまった今、もう嘘で誤魔化すことは出来ない、そう思った。
嘆息し、重たい唇を開く。
「先生はね、数子には黙っていてほしいと言ったんだ。もちろん数子のことを思ってのことだよ」
そう切り出しながら数子の方に体を向け、黒い真珠のような瞳をまっすぐに見つめる。
「先生は膵臓癌だ。それもかなり進行している」
0
お気に入りに追加
1,389
あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。


【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる