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そして秘密は・・・(数子)

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火曜日夕方

定時で退社し、気分転換に銀座でお買い物して帰ろうと、自宅とは反対方向の丸の内線 荻窪方面に乗りこんだ。

車内はそれほど混んではいない。
吊皮を握って立ちながら、一昨日の事が頭に浮かんだ。

鈴田先生が帰ったあと、どうしてあんなに冷たい態度をとったのか、お父さんに聞いたけれど、鈴田先生が私に恋愛感情があるとは思えない、兎に角駄目だ、とまともに取り合っては貰えなかった。

父親にとって娘が特別な存在なのは分かる。
でも、きちんと話を聞いてくれないなんて、やっぱりへんだ。

お父さんとは、あれから殆ど口をきいていない。
でも私の顔色を窺っているのは、何となく分かっている。

昨日も帰ったら、私の好きな『マルミツ』の柿の種がテーブルに置いてあったし。
わざわざ遠くまで行って、買ってきたのだろう。
辛いからって、自分は食べないのに。

今朝、柿の種のボトルが開いてないの見て、ちょっと残念そうな顔してたっけ。

食事はお父さんの分だけダイニングテーブルに並べている。

しょんぼり一人でテーブルに着いている姿を見た時は胸が疼いたけれど、声はかけなかった。

一人では食欲が出ないのか、あまり食べていないようだ。
冷蔵庫には、ラップをかけた沢山の残りものが入っていたし。


まだお父さんには内緒だけれど、鈴田先生が明日の夜もう一度、家に来てくれる事になっている。

また冷たくあしらわれたらどうしょう……。

何気なく窓に目をやると、疲れて潤いのない私の顔が映っていた。



バッグの中でスマホが鳴り始めたのは、銀座に着き、地下から地上に続く階段をのぼり切った時のことだった。

スマホを取り出し、道の端の邪魔にならない場所へ寄りながら、カバーを開いた。

知らない番号からだ……
と思いながら、人差し指をスライドさせる。

「もしもし」

『もしもし、突然ごめんねぇ』

馴れ馴れしくて甘ったるくて、ちょっと毒を含んだ声。
相手が誰か直ぐに分かった。

「あの、どうして私の番号知ってるのか知りませんけど」もうかけてこないで。
そう続けようとしだけれど、「あぁ、それはね」と、あっさり遮られる。

『あなたが司に電話してきた時に、画面に出てた番号メモったの。あと『かずこ』って地味ぃな名前もね』

ムカッ、これ以上話しても嫌な気分になるだけだ。

「そうですか、何の用件か分かりませんけど、もうかけてこなぃ」

『私ね、司の新しい彼女がどんな子か知りたかったの』

「あ…の」
切りたい……。

『あなたの電話番号と下の名前と司の基本情報、私のプロダクションが提携してる興信所に伝えたらぁ、すぐに調べてくれちゃってぇ……』

興信所?    この人何だか粘着質だし、常識はずれ。
『ちゃって』って言い方も、ホント気に障る。
ん?    でも
「プロダクションて、あなた」

『司から聞いてない? 雨宮梨々花と付き合ってたって。私の後釜だからどんな美人かと思えば、写真見て超ビックリ……ほ~んとブッサイクで笑っちゃったぁ』

電話の向こうで楽しそうに、いやらしく笑っている。

無性に苛々して、思わず声を荒らげた。

「あなたみたいな性格ブスよりは、私の方がマシだったって事でしょう? もう二度とかけてこないで!   じゃ」

直ぐ切ろうとしたけれど、「待って、最後に良いこと教えてあげるから」と。

どうせはったり、無視した方がいい。
頭ではそう思いながら、ぴたりと指が止まった。

『あんたが私よりまし? ちゃんっちゃらおかしいんだけど? ねぇ、あんたのお父さん、病気みたいよ。しかも手遅れなんだってぇ』

一瞬で血の気が引き、思考のほとんどが止まった。

言われた事が理解できず、普通に呼吸する事すらままならない。

大きく見開いた眼には、色を失った街並みが映っている。

「なん…て……」

唇が勝手に動いた。

手も足もガタガタと震えが止まらず、心臓は、破裂しそうなほど激しく暴れまくっている。

『病院の関係者にお金払ったら、ペラペラ喋ってくれたんだって。私、興信所にそんな事まで頼んでないのに、何か調べてくれちゃってぇ』

「……」

『司、高校生の頃、あんたのお父さんに凄くお世話になって、今も恩を感じてるんだって。だからあんたなんかと付き合ってるんだよね……』

その後も何か言っていたけれど、覚えていない。
どのタイミングで電話を切ったのかも。

ただ、ふらふらと歩いてタクシー乗り場に行ったのだけは覚えている。


気が付いた時には、私は病院のロビーの椅子に座っていた。 







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