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横浜デート 4(数子)

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「すみませんがストローのように筒状で、出来るだけ硬さのあるものが欲しいのですが。それから、そこに通す事ができる硬くて長い棒はありませんか? アイスピックの軸のような感じのものが良いのですが」

先生は先程の男性職員に向かって、一息に言った。

男性は視線を下げ、「えぇと」と思案していたけれど、直ぐには思い浮かばない様子だ。

「すみません、筒のようなものでパッと思いつくのは売店のストローだけです……。シェイクを飲むやつが比較的硬いとは思いますが、ダメですか?」

「いえ、ではそれで。あとアイ」

とその時、
「あの、ストローの事ですが」

張りのある声に吸い寄せられ、皆の視線が先生の向かい側に立っている二十歳くらいの男の子に集中する。
髪は明るい紅茶色、ピアスにネックレス、見た目はチャラ……今風の子だ。

皆が見守るなか、焦げ茶のリュックからコンビニのドリンクコーナーでよく見かける、蓋付きのカップに入ったスムージーを取り出し、脇についているストローをビニールカバーごと手際良く外して、「これ使えませんか?」と先生に手渡した。

ちらっと見た感じではストローには太さと厚みがあり、だいぶしっかりしている。

「ああ、良いね。使わせてもらうよ、ありがとう」

「こちらこそ使って貰えて嬉しいです。昼に飲まなくて良かったぁ」

控えめな声の中に彼の優しさや礼儀正しさが垣間見える。
一瞬でもチャラ男なんて思った事を、申し訳なく思いながら先生に視線を戻した。

「竹串ならレストランに……」

「いえ、もう少し硬いものが良いのですが」

職員の男性との遣り取りを聞きながら、頭の中を閃光せんこうのようなものが過ぎった。

「ドライバーは!?」

思いつくまま投げ掛けるように少し大きな声を出し、バッグの外側のファスナーを開けポケットの中から長尺のプラスドライバーを引っ張り出した。

お父さんに言われていつも持ち歩いているこれが、思わぬ所で役に立つかも知れない。
独りでに足が動き先生のそばに駆け寄って、今まで一度も使った事の無いそれを手渡した。

「あ、ちょうど良いかも知れない」

深刻だった表情が、少しだけ和らいだように見える。
先生は皆が見守るなか、すぐにさっきのストローの中にドライバーを通した。

「ぴったりだ。数子、ありがとう。あと必要なのは……」

先生は、清潔なナイフとハサミとタオルを職員の男性に頼んだ。

タオルはあちらこちらから『これを使ってください』と申し出があり事足りたため、男性職員はハサミとナイフを取りに駆け出した。

「あの職員の方が戻り次第処置をします。奥さん以外は離れて下さい。……いえ、奥さんも怖いようでしたら離れていて下さい」

「怖くなんてありませんっ、主人の傍にいます!」

奥さんは振り絞るように語気を強めたが、それを掻き消すように双子兄弟が小さく叫んだ。

「僕もここにいる!」
「僕も離れないっ!」

「ごめんね、君達には見せられないんだ」

静かで優しい声だった。

双子ちゃんはべそをかきながら、なんで、絶対やだ、ここにいる……矢継ぎ早に言葉を投げ、お母さんも子供達の意思を尊重したいようで、「ダメですか?」と問い掛ける。

「申し訳ないのですが、ショックを受けて心の傷になるかも知れませんので、子供には絶対に見せられません」

きっぱりと断られしゅんとする双子に、「でも」と穏やかな声がかけられる。
声の主を見つめながら、小さな四つの瞳の奥が微かに煌めいた。

「後ろを向いて手で目を隠して、絶対に見ないと約束してくれるなら、そこにいても良いよ」

「「約束するっ!」」

子供達は強い声で即答し、先生は念を押すように「男同士の約束な?」と。

先生は、真剣な眼差しで頷く子供達に微笑しつつ、長い指を胸のポケットへ持ってゆき、スティックタイプの飴の包みを取り出した。

レモンの絵が描いてある。さっきマズいと言った飴だ。

スティックをふるふる横に振りながら、「この飴美味しいんだ、俺のお気に入り」って、ん? 美味しい? お気に入り? 

一瞬疑問符が湧くも、言ってる事がめちゃくちゃなのは今に始まった事じゃない、と右から左へ受け流す。

「君達にあげる。一粒食べてるあいだに、お父さんの処置終わらせるからね。男同士の約束だ」

木漏れ日のように柔らかな表情から目が離せなかった。

先程から子供達に接する態度が優しくて内心驚いている一方で、この人らしいと言えばそうなのかも知れないとも思った。

「……ず子、……数子」

え…っと小さく驚いた私に、先生は特に何かを気にする風でもなく「子供達にあげて」と飴の包みを手渡し、
「あと、処置するあいだ、その子達の傍についててあげて」
と、さらりと付け加えた。

怖い? とか、怖くない? とか、私の都合を聞かずにごく自然に頼んでくれた事が、信頼されているようでかえって嬉しかった。

小間使いだし図々しいし、気遣う価値も無いと思っているのかも知れないけれど、それでも良いと思った時、職員の男性が荒い息をしながら走って戻って来た。







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