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約束(司)
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朝の回診 海老沢先生の病室
「……夕方また来ますけど、何も起こらなければ明日午前中に退院って事で」
「良かった、やっと帰れる……。君のお陰だよ、本当に有り難うな」
嬉しそうな顔に微笑み返す。
「大した事はしてませんよ。そうだ先日もちらっと言いましたけど、僕は明日外勤(外病院勤務)ですが、七時ちょっと前に顔だけ見せに来ますね」
「ああ、忙しいのに朝早くから済まないな……。本当に良いのか?」
俺が来たいんです。
心の中で言って、微笑しながら頷いた。
「ところで昨日見舞いに来た星野先生、どうやら数子の事を気に入ってるらしいんだよ」
「ふぅん、そうですか」
俺はざわつく心を隠し、偽りの笑みを浮かべた。
「病気は災難だったが、数子と星野先生が知り合えたから、悪い事ばかりじゃ無かったよ。案外あの二人運命かも知れないな。昨日も先生に言われてLINEの交換してたし」
数子、今度会ったらお仕置きしてやる!!!
「でも数子さんには、相思相愛の彼氏がいますよね?」
『相思相愛』を強調する。
先生は二度頷いてから、
「まあな……。けど数子の彼氏がどんな奴かは知らないが……」
目の前にいて、今あんたとトーク中だ!
「私は数子は星野先生と一緒になる方が良いんじゃないかと思ってるんだ。彼は好青年だし、安心して数子を任せられる。ここだけの話、私は密かに彼を応援してるんだよ」
おまっ、この裏切り者! 退院させてやらねぇぞ!
いや、星野が来るのはマズい。
「いやぁでも『ほしのかずこ』って、売れない演歌歌手か、一昔前の漫才師みたいな名前ですよねぇ、数子さん嫌なんじゃないかなぁ」
お互いハハハと笑い合ったが、直ぐにしじまが訪れる。
「夜中一人になると、嫌でも自分がいなくなった後の事を……、数子の事を考えて、眠れなくなるんだよ」
「止めて下さい、未だ検査もしてないのに」
無意識に少し強い口調になってしまった。
先生は作り笑いを浮かべ、「そうだな」と静かに言った。
「……そう言えば、君が医学部に受かった時、時々は私に会いに来ると言ってくれたんだ。珍しく素直な口調でね。覚えてるかい?」
忘れるわけがありません。
「さあ、良く覚えていませんね」
俺は何処までも天邪鬼だ。
「ははは、そうか……。私はその時、『どんな世界でも十年経ったら本物だから、君も大学を出て、医者になって十年経ったら会いに来い。それまでは来るな』って言ったんだよ」
ええ、覚えてます。
「そうですか」
「そしたら君はね、『エビ先、ビックリするくらい立派になって会いに行ってやるから、待ってろよ!』って。君、医者になって未だ九年目だよな?」
「えぇ……そうです」
目頭が熱くなるのを感じながら、俺はゆっくり頷いた。
医者になってからの年数まで、覚えていてくれたなんて。
「実は私はね、君が会いに来てくれるのを密かに楽しみにしてたんだよ。ははは、君は覚えていなかったか」
忘れた事なんて無い。俺もずっと楽しみにしてたんだから。
「ええ、全然」
「いずれにしても未だ一年以上あるのに、来るなと言った私の方から会いに来て、世話ぁないよな。けど神様が『早く行かないと間に合わないぞ』って会わせてくれたような気がするんだよ。君は本当にビックリするほど立派になって」
「先生、なに感傷的になってるんですか!」
俺は先生の言葉を遮りながら、せり上がって来る涙を瞬きで押し戻した。
「あの時貴方はこう言ったんです。『でも困った時はいつでも連絡しろ。すっ飛んで行くから』って、忘れたんですか?」
「君……」
「僕が事ある毎に貴方を思い出して会いたがっていたから、お人好しな貴方は僕の心の声をSOSだと勘違いして、昔みたいに体を張ってすっ飛んで来てくれたんです。ただそれだけの事で、他に意味なんてありません!」
押し戻したはずの涙が一粒、玉となって零れ落ちた。
「君、覚えててくれたのか……」
小さな声に気づかない振りをして、
「医者は患者に涙を見せてはいけないのに、僕も未だ未だだな……。先生のおっしゃる通り、やっぱり十年経たないと本物にはなれませんね」
俺は指でそっと涙をぬぐった。
「……夕方また来ますけど、何も起こらなければ明日午前中に退院って事で」
「良かった、やっと帰れる……。君のお陰だよ、本当に有り難うな」
嬉しそうな顔に微笑み返す。
「大した事はしてませんよ。そうだ先日もちらっと言いましたけど、僕は明日外勤(外病院勤務)ですが、七時ちょっと前に顔だけ見せに来ますね」
「ああ、忙しいのに朝早くから済まないな……。本当に良いのか?」
俺が来たいんです。
心の中で言って、微笑しながら頷いた。
「ところで昨日見舞いに来た星野先生、どうやら数子の事を気に入ってるらしいんだよ」
「ふぅん、そうですか」
俺はざわつく心を隠し、偽りの笑みを浮かべた。
「病気は災難だったが、数子と星野先生が知り合えたから、悪い事ばかりじゃ無かったよ。案外あの二人運命かも知れないな。昨日も先生に言われてLINEの交換してたし」
数子、今度会ったらお仕置きしてやる!!!
「でも数子さんには、相思相愛の彼氏がいますよね?」
『相思相愛』を強調する。
先生は二度頷いてから、
「まあな……。けど数子の彼氏がどんな奴かは知らないが……」
目の前にいて、今あんたとトーク中だ!
「私は数子は星野先生と一緒になる方が良いんじゃないかと思ってるんだ。彼は好青年だし、安心して数子を任せられる。ここだけの話、私は密かに彼を応援してるんだよ」
おまっ、この裏切り者! 退院させてやらねぇぞ!
いや、星野が来るのはマズい。
「いやぁでも『ほしのかずこ』って、売れない演歌歌手か、一昔前の漫才師みたいな名前ですよねぇ、数子さん嫌なんじゃないかなぁ」
お互いハハハと笑い合ったが、直ぐにしじまが訪れる。
「夜中一人になると、嫌でも自分がいなくなった後の事を……、数子の事を考えて、眠れなくなるんだよ」
「止めて下さい、未だ検査もしてないのに」
無意識に少し強い口調になってしまった。
先生は作り笑いを浮かべ、「そうだな」と静かに言った。
「……そう言えば、君が医学部に受かった時、時々は私に会いに来ると言ってくれたんだ。珍しく素直な口調でね。覚えてるかい?」
忘れるわけがありません。
「さあ、良く覚えていませんね」
俺は何処までも天邪鬼だ。
「ははは、そうか……。私はその時、『どんな世界でも十年経ったら本物だから、君も大学を出て、医者になって十年経ったら会いに来い。それまでは来るな』って言ったんだよ」
ええ、覚えてます。
「そうですか」
「そしたら君はね、『エビ先、ビックリするくらい立派になって会いに行ってやるから、待ってろよ!』って。君、医者になって未だ九年目だよな?」
「えぇ……そうです」
目頭が熱くなるのを感じながら、俺はゆっくり頷いた。
医者になってからの年数まで、覚えていてくれたなんて。
「実は私はね、君が会いに来てくれるのを密かに楽しみにしてたんだよ。ははは、君は覚えていなかったか」
忘れた事なんて無い。俺もずっと楽しみにしてたんだから。
「ええ、全然」
「いずれにしても未だ一年以上あるのに、来るなと言った私の方から会いに来て、世話ぁないよな。けど神様が『早く行かないと間に合わないぞ』って会わせてくれたような気がするんだよ。君は本当にビックリするほど立派になって」
「先生、なに感傷的になってるんですか!」
俺は先生の言葉を遮りながら、せり上がって来る涙を瞬きで押し戻した。
「あの時貴方はこう言ったんです。『でも困った時はいつでも連絡しろ。すっ飛んで行くから』って、忘れたんですか?」
「君……」
「僕が事ある毎に貴方を思い出して会いたがっていたから、お人好しな貴方は僕の心の声をSOSだと勘違いして、昔みたいに体を張ってすっ飛んで来てくれたんです。ただそれだけの事で、他に意味なんてありません!」
押し戻したはずの涙が一粒、玉となって零れ落ちた。
「君、覚えててくれたのか……」
小さな声に気づかない振りをして、
「医者は患者に涙を見せてはいけないのに、僕も未だ未だだな……。先生のおっしゃる通り、やっぱり十年経たないと本物にはなれませんね」
俺は指でそっと涙をぬぐった。
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