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混線 3(数子)
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「そぉ……。ねぇ今日はいつから近くにいたの? もう教えてくれても良いでしょう?」
「下の名前で呼んでくれたら教えてあげる。苗字じゃ遠い感じがして嫌なんだ」
『付き合ってなんて言わない』と言ったばかりだし、友達になりたいのだろうか?
でも、それも無理だ。
「中沢さん、もともとご飯付き合ったらって約束だったでしょ? それに私達の間には、深くて大きな溝があるから、遠い感じ大正解です。教えてくれないならもう帰るから」
ついつい強い口調になってしまった。
「ホント優しいなぁ……。休出を2時で切り上げて、数子の使ってる駅へふらっと行って、ベンチで本読んでたら数子が来て、それでつい……」
「つい私の後をつけちゃったの!?」
彼は無言でこくん。
「それって軽くストーカー入ってるでしょー!!」
店内は贅沢に空間を取った席の配置になっていて、近くに人はいなかったけれど、声を潜めて非難するように言った。
あ、最近お得意の叱られた子犬みたいな顔で、しょんぼりした。
「ごめん……逆の立場だったら俺もかなり引くと思う……」
本当にビックリな告白だったけれど、プライドの高い彼が正直に話してくれた事にも驚いた。
もう嘘をつきたくないそうだけれど、情に訴えても絆されませんから!
でも、そんな風に何度も謝られると、私も鬼じゃないし……。
「一度だけ許してあげるから、もう絶対しないで!」
「うん分かった……。ところであの、もう後付けたりはしないから、俺と一緒にロンドンに行って欲しいんだ!!」
優君は、一年半前私に交際を申し込んだ時以上に、顔を真っ赤にしている。
「えっ……ろ、ろん……?」
今、唐突に凄い爆弾が飛んで来たような?
何が何だか分からず、目を見開いた。
「いつ切り出そうか迷ってたんだけど、昨日部長に呼ばれて、11月からロンドン転勤って言われたんだ。……数子、俺と結婚して? もう絶対に裏切らないし、幸せにするから…一生傍にいて…下さい」
驚愕の急展開について行けず、頭は真っ白になり数秒言葉を失ったけれど、心臓だけは嵐のように、胸の内側を激しく叩き続けている。
「驚かせてごめん……。でも、俺を選んで良かったと思って貰えるように努力するし、一生大切にするから……数子、オレの嫁さんになってよ」
懇願するような声を聞きながら、これがもしお付き合いしている頃で、お父さんの病気のことがなければ、きっとその場でOKしていただろう、と思った。
目の前のこの人の事を、心から好きだったから。
でも今はもう、あの頃とは状況が違う。
元気そうに見えていたお父さんは大病を患ったし、こうしている今も先生のことが頭から離れず、私を裏切ったなんて何かの間違いであって欲しいと、消えそうな思いを抱き続けているのだから。
「ごめんなさい。気持ちは嬉しけれど(自尊心をくすぐられ、困惑しつつも嬉しかったのは事実)、もうあなたに恋愛感情は」
「無い?」と優君が言葉を遮った。
「今の彼氏の事が好きだから、だよね? 妬けちゃうな……。でも、あいつも数子を裏切ったよ? こうしている今だって……」
ズキリと心臓に痛みが走った。
泣きそうになるのを堪えたけれど、瞼の淵に涙が浮かぶ。
零れ落ちる寸前、優君は小さく嘆息し私の方に手を伸ばした。
「酷いこと言ってごめん」
言いながら、指で私の頬を拭う。
「あいつを好きなままでも、俺に気持ちが無くても、それでも良いよ。数子が傍にいてくれるだけで十分だし、もう絶対傷付けないし大切にするから、新しい場所で一からやり直そう?」
「……」
「返事は俺がロンドンに行く直前で構わないから、その間、ずっとずっと俺の事考えてて……。ね?」
迷子の子供のように不安な表情で言われては、邪険になど出来ない。
私は小さく2度頷き、「分かりました」と静かに口にした。
こんな風に絆されるなんて、一緒に食事なんてするんじゃなかった……。
気まずい思いのをしている私の目の前で、優君はまた日本酒を飲み始めた。
「やっぱり『酔心』は旨いな。数子も飲もうよ」
優君は、気まずさを埋めるように一段と饒舌になり、私達はそのあと三、四十分お店にとどまった。
「下の名前で呼んでくれたら教えてあげる。苗字じゃ遠い感じがして嫌なんだ」
『付き合ってなんて言わない』と言ったばかりだし、友達になりたいのだろうか?
でも、それも無理だ。
「中沢さん、もともとご飯付き合ったらって約束だったでしょ? それに私達の間には、深くて大きな溝があるから、遠い感じ大正解です。教えてくれないならもう帰るから」
ついつい強い口調になってしまった。
「ホント優しいなぁ……。休出を2時で切り上げて、数子の使ってる駅へふらっと行って、ベンチで本読んでたら数子が来て、それでつい……」
「つい私の後をつけちゃったの!?」
彼は無言でこくん。
「それって軽くストーカー入ってるでしょー!!」
店内は贅沢に空間を取った席の配置になっていて、近くに人はいなかったけれど、声を潜めて非難するように言った。
あ、最近お得意の叱られた子犬みたいな顔で、しょんぼりした。
「ごめん……逆の立場だったら俺もかなり引くと思う……」
本当にビックリな告白だったけれど、プライドの高い彼が正直に話してくれた事にも驚いた。
もう嘘をつきたくないそうだけれど、情に訴えても絆されませんから!
でも、そんな風に何度も謝られると、私も鬼じゃないし……。
「一度だけ許してあげるから、もう絶対しないで!」
「うん分かった……。ところであの、もう後付けたりはしないから、俺と一緒にロンドンに行って欲しいんだ!!」
優君は、一年半前私に交際を申し込んだ時以上に、顔を真っ赤にしている。
「えっ……ろ、ろん……?」
今、唐突に凄い爆弾が飛んで来たような?
何が何だか分からず、目を見開いた。
「いつ切り出そうか迷ってたんだけど、昨日部長に呼ばれて、11月からロンドン転勤って言われたんだ。……数子、俺と結婚して? もう絶対に裏切らないし、幸せにするから…一生傍にいて…下さい」
驚愕の急展開について行けず、頭は真っ白になり数秒言葉を失ったけれど、心臓だけは嵐のように、胸の内側を激しく叩き続けている。
「驚かせてごめん……。でも、俺を選んで良かったと思って貰えるように努力するし、一生大切にするから……数子、オレの嫁さんになってよ」
懇願するような声を聞きながら、これがもしお付き合いしている頃で、お父さんの病気のことがなければ、きっとその場でOKしていただろう、と思った。
目の前のこの人の事を、心から好きだったから。
でも今はもう、あの頃とは状況が違う。
元気そうに見えていたお父さんは大病を患ったし、こうしている今も先生のことが頭から離れず、私を裏切ったなんて何かの間違いであって欲しいと、消えそうな思いを抱き続けているのだから。
「ごめんなさい。気持ちは嬉しけれど(自尊心をくすぐられ、困惑しつつも嬉しかったのは事実)、もうあなたに恋愛感情は」
「無い?」と優君が言葉を遮った。
「今の彼氏の事が好きだから、だよね? 妬けちゃうな……。でも、あいつも数子を裏切ったよ? こうしている今だって……」
ズキリと心臓に痛みが走った。
泣きそうになるのを堪えたけれど、瞼の淵に涙が浮かぶ。
零れ落ちる寸前、優君は小さく嘆息し私の方に手を伸ばした。
「酷いこと言ってごめん」
言いながら、指で私の頬を拭う。
「あいつを好きなままでも、俺に気持ちが無くても、それでも良いよ。数子が傍にいてくれるだけで十分だし、もう絶対傷付けないし大切にするから、新しい場所で一からやり直そう?」
「……」
「返事は俺がロンドンに行く直前で構わないから、その間、ずっとずっと俺の事考えてて……。ね?」
迷子の子供のように不安な表情で言われては、邪険になど出来ない。
私は小さく2度頷き、「分かりました」と静かに口にした。
こんな風に絆されるなんて、一緒に食事なんてするんじゃなかった……。
気まずい思いのをしている私の目の前で、優君はまた日本酒を飲み始めた。
「やっぱり『酔心』は旨いな。数子も飲もうよ」
優君は、気まずさを埋めるように一段と饒舌になり、私達はそのあと三、四十分お店にとどまった。
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