1 / 1
優しい隣人
しおりを挟む鮎川リンコはしがない会社員だ。
実家を離れて東京のアパートに一人で暮らし、家と会社を往復する日々を送っている。
ある日、リンコがいつも通り錆びた階段を登っていると、ある異変に気が付いた。
彼女の部屋のドアが、わずかに空いているのだ。
家を出る時、確かに鍵は閉めたはずだった。田舎にある彼女の実家が開放的だったため、都会に出たら注意しろと散々に言われていたのでそれだけは忠実に守っていた。
しかしドアが空いている。
これは変だ。
強盗かもしれない。
リンコは携帯を手に持ち、すぐにでも通報する準備を整えながらドアを開ける。
中は暗い。人の気配もない。
しかし、朝とは何かが違う違和感がある。
「だ、誰かいますか?」
そう暗闇にかけても返事はない。物音もしない。
ドアを開けたまま中へ入り、電気を付けるとリンコは目を見開いた。
物が飛び散らかした部屋、ズタズダに切り裂かれた壁。
タンスや机の引き出しが乱暴に開かれ、中はグチャグチャに乱されている。
さらには台所のシンクから水が溢れ出て、部屋中水浸しだった。
信じられなかった。
思わずリンコは携帯を床にゴトンと落とし、ヘナヘナとその場に座り込んでしまう。
誰がこんなことを...。
強盗?
まさか自分がこんな目に遭うなんて思ってもみなかった。
そ、そうだ取り敢えず警察に通報しないと...。
取り乱したリンコが慌てて携帯を探そうとした時
「あのー大丈夫ですか?」
そう背後から声が聞こえ、リンコは飛び上がった。
戻ってきた強盗かもしれないと震えながら恐る恐る振り返る。
すると、そこには心配そうな顔をした女性が立っている。
白い、長い裾のワンピース。どう見ても強盗ができる格好ではない。
それによく見れば、何度か顔を合わせたことがあるアパートの住人だった。
確か隣人の...高宮と言ったか。自分より少し年上の美人という印象で覚えていた。
「これは...どうしたんですか?」
高宮はリンコの部屋の惨状を見て驚いているようだった。
玄関からでもわかるほど、部屋は酷い。
「たぶん......強盗かもしれないです」
「ええっ!」
強盗かもしれない。
そう言葉に出すと恐怖で思わず声が震えた。
リンコの目にじんわりと涙が浮かぶ。
それを見た高宮はハッとして急いで駆け寄り、リンコの手を握った。
「落ち着いて、大丈夫よ。落ち着いて」
手を握られ、それから高宮に大きく抱擁されたリンコは思わず高宮の胸にしがみついて大きく息を吸った。
それだけ恐怖だった。
自分の家に害意をもった誰かがやってくるというのは恐怖でしかない。
高宮に抱擁されることでその恐怖が少しずつ和らいでいくのをリンコは感じた。
「取り敢えず私の部屋に来ない?
ここにいるより......一旦気持ちを落ち着かせたほうがいいわ」
「あ、ありがとうございます。
じゃあそれに甘えて...」
「うん」
今のリンコにとって高宮は誰よりも安心できる存在だった。
自分の場所がめちゃくちゃにされ、そこへ居場所を与えてくれる人がいれば当然安心する。
リンコは高宮に抱き支えられた形で立ち上がり、そのまま部屋を出た。
夜風は冷たい。
しかし高宮の温もりが逆に際立って感じられた。
そのままリンコの隣の部屋、高宮の部屋に入るとリンコの緊張の糸が切れた。安堵の波が襲ってきて、リンコはその場でぺたんと座り込んだ。
ここは安全なんだ。
そんな思いで力が抜ける。
「大丈夫?」
そう言って再び高宮がリンコを抱擁する。
それがリンコにとって何よりも安心するものであった。
恐怖というより安心の涙をリンコは拭き取る。
「......もう少し、このままでもいいですか?」
「もちろんよ。落ち着くまで......ずっとこのままでいいのよ。落ち着いてからもずっと......」
高宮はリンコの髪をゆっくりと撫でる。
リンコはその優しい温もりを感じながら、ゆったりと力を高宮に預けていく。
「ずっとこのままで.......ずっと.....」
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


私の日常はバイクと共に
木乃十平
キャラ文芸
父の形見であるバイクで旅をしていた綾乃は、その道中に出会った家出少女、千紗と出会う。母の再婚を機に変化した生活が息苦しくなり、家を出ることにした千紗。そんな二人の新しい日常は新鮮で楽しいものだった。綾乃は妹の様に千紗を想っていたが、ある事をきっかけに千紗へ抱く感情に変化が。そして千紗も、日々を過ごす中で気持ちにある変化が起きて……?
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる