1 / 1
欲深い男
しおりを挟む「やあやあシリングさん、お元気そうで」
ある男がそう言葉をかけると、死の床に臥していた老人の手がピクリと動いた。
シリングという老人の家族たちは、男のあまりに非常識な言葉に眉を顰める。
シリングは大金持ちの老人だった。
若い頃に高利貸しで財を成すや、貧しい者も助けず、教会や他の団体に一文たりとも寄付をせず、これまで生きてきた。
その結果、死に際のシリングの手元には大量の金と貴重品が残っていた。
「約束通りに来ましたよ。あなたのためにね」
男は神父の装いをしていた。
シリングは宗教上の罪である高利貸しで金を得たにも関わらず、贖罪行為をしてこなかったのでこのままでは地獄に落ちてしまう。
そのため、シリングは死ぬ間際に神父の手を借りようと呼び寄せていたのだ。
「・・・あれ?どうしましたシリングさん?」
「親父はもう喋る体力もないんですよ。余計なことを言う前に親父に祈ってあげてくれませんか?」
シリングの息子、シリングソンは無礼な神父の男を睨みつける。
その言葉を聞いた神父はニヤリと笑みを浮かべた。
「それはいけませんな。シリングさんを天国に導くにも手順がありますから。口がきけないようでは困ります」
「そんな...」
狼狽えるシリングソンを見て、神父の男はたった今思いついたように手をポンと叩く。
「これではどうでしょうか?
私が今からシリングさんに質問をします。それに対し彼が『ウー』と唸ったら承諾したということにしましょう」
その提案に、シリングソンは何も言えず「それなら...」と頷いた。
それから、神父の男は死に体のシリングに問いかける。
「あなたは霊魂を神の手に、肉体を母なる教会に委ねますか?」
シリングの手がピクリと動き、なんとか『ウー』と唸った。
神父の男はゆっくりと頷く。
「あなたは教会のうち、自分が埋葬される経費についての40ポンスを遺しますか?」
シリングはピクリとも動かない。
シリングソンは困ったように眉を寄せた。
すると神父の男はシリングの耳をぐいっと引っ張った。
『ウー』
なんとかシリングは唸った。
「はい、40ポンスですね。確かに」
そう手帳に書き残すと、続けて神父の男は問いかける。
「教会にはたくさんの本があるのですが、収納する本棚がないのです。この家には立派な本棚がありますね。そこでお伺いします。
あなたは私たち教会があの本棚を本の収納のために使うことを望みますか?」
老人はもちろんピクリとも動かない。
神父の男はシリングソンが狼狽えているのを横目に見ながらシリングの耳を強く引っ張った。
『ウー!』
シリングからそんな唸り声が出た。
「はい、本棚をありがとうございます」
そう手帳にサラサラと書き込む。
流石にシリングソンは声をかけた。
「ちょっと神父様、それはどうなんですか?」
「何がですか?シリングさんは確かにウーとおっしゃったのですからね」
そう言われるとシリングソンは何も言えなかった。
ほくそ笑む神父の男はさらに続ける。
「最近教会にも人が増えましてね。新たに宿舎を建てたいのですが土地が足りません。そういえばこの家は中々の広さがありますよね。そこでお伺いします。
あなたはこの家を教会の宿舎のために譲ることを望みますか?」
返事はなかった。
神父の男はシリングの耳をギュッと、血が出るほどに強くつまみ引っ張った。
すると老いて弱っていた老人が突然叫んだ。
「この欲張り野郎め!神にかけて1ポンスたりともお前にやるものか!」
そう言うとシリングは祈りを唱え、そのままパタリと倒れ込むと息を引き取った。
そういうわけで、老人の全ての財産はシリングソンに受け継がれることになったのである。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

若返って、常世の国へ仮移住してみました
九重
キャラ文芸
『若返って”常世の国”に仮移住しませんか?』
『YES』
日々の生活に疲れ切った三十歳のOLは、自棄でおかしなメールに返信してしまった。
そこからはじまった常世の国への仮移住と、その中で気づいたこと。
彼女が幸せになるまでの物語。

下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン歯科医の日常
moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。
親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。
イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。
しかし彼には裏の顔が…
歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。
※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。
転校先は着ぐるみ美少女学級? 楽しい全寮制高校生活ダイアリー
ジャン・幸田
キャラ文芸
いじめられ引きこもりになっていた高校生・安野徹治。誰かよくわからない教育カウンセラーの勧めで全寮制の高校に転校した。しかし、そこの生徒はみんなコスプレをしていた?
徹治は卒業まで一般生徒でいられるのか? それにしてもなんで普通のかっこうしないのだろう、みんな!

こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる