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8章 勇者の国
100.遷移の冒頭
しおりを挟む「・・・一体何がどうなっている?」
冷たく湿った地下牢。最低限の設備はあるものの貴族にとっては豚小屋のようなものだ。そんな牢獄に閉じ込められ、リーベットは困惑していた。
アイドレース家による突然のガルフォンス家の掌握から3日。未だにリーベットは状況を飲み込めずにいる。
「おい貴様。いい加減私に事情を話せ。私を誰だと思っている?」
「・・・・・・」
リーベットは見張りの鎧騎士にしつこく問うも返ってくるのは静寂のみ。流石に根負けしたのか無残にもリーベットは冷たい床に腰を下ろした。
「(なぜだ?なぜバレるはずのない証拠をアイドレース家は知っていた?なぜだ?なぜ破れるはずのないレストが帰ってこない?)」
彼が、その真実を知るのは王選が全て終わった数日後のことである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺の、目の前で修羅場が起こっている。
「はぁ? だから何が言いたいんだお前は!?」
「だから言っているだろう? 私達アイドレース家は貴君、マーリ公を新たな王として認めることは出来ない」
「・・・はぁ?」
年配のアイドレース家の君主、ベルディーユ公爵の後ろには鎧騎士が数名。対するマーリの後ろにはか弱い乙女が2人。ピリピリした雰囲気ではあるが争ってどちらが勝つかなど火を見るよりも明らかだ。
「私は上院貴族、アイドレース家として王選のやり直しを提言する!」
「はぁ?」
つまりアイドレース家はゴネているのだ。
マーリが新たな王となる事に。自慢の王候補の負けを認める事に。
確かにマーリは王選に勝利したのにも関わらず。
流石にマーリもベルディーユ公爵の不可解な提言に苛立ちを覚え、反論する。
「だがシュウスイの法に倣って俺は勝利した。違うか? 商人票だけではあらず国民票の大部分を占めて俺は勝利した。違うか?」
「しかし貴族の支援は薄いではないか。そんなもの認めん!」
「はぁ?」
つまりゴネているのである。
「確かに貴君は最有力候補レスト公を蹴落とし、我らアイドレース家までもを利用した。悔しいが貴君の腕は確かなようだ。
だがしかし! 貴君は圧倒的に貴族を軽んじている!そんな者にこの国の政治は任せられん!」
「なるほど、一理あるな」
「ちょっ、レイ?」
貴族は大事。確かにマーリは貴族を軽んじている所はあるかもしれない。貴族の支援なしでは国は動かせない、ベルディーユ公爵はそう言いたいんだろう。多分。
「・・・まあ、確かに俺は貴族のことなんて知らん」
「それ見たことか!!」
咄嗟にベルディーユ公爵が追撃する。しかしマーリは狼狽えもしなかった。
「だがな、俺は知らないがレイなら知っている。ハクリも、トールストンもな。俺には理解不能でも俺には彼らがいる。国って言うのはそうやって足りない部分を補って強くなっていくもんじゃないのか?」
「・・・なるほど」
「だから俺にはアイドレース家の力が必要になるし、他の貴族の力もいる! 軽んじてなんかいない! お前達の力が必要なんだ。だから、その力を貸してくれないか?」
「・・・・」
詭弁とも言える攻勢に出たマーリの説得に、ベルディーユ公爵は無言でずっと考えていた。視界の中に誰も入っていないように虚ろに目を開き、時間を過ごしていく。
そして微かに頷いたかと思うと突然立ち上がった。
「帰る」
そう言いシルクハットを被って、マーリをジッと眺めた。
「協力・・・してくれるか?」
嘆願とも命令とも取れる言葉にベルディーユ公爵はスッと笑う。
「さて、若輩者の国王のために老骨もまだまだ働かなければなりませんな」
後ろ姿に見えるベルディーユ公爵の姿はやけに若々しく見えたーーーー
「さて、面倒ごとも終わった事だ。改めて紹介しよう」
とある個室。ベルディーユ公爵を面倒ごとと切り捨てたマーリ以外にも数々の面々が揃っている。
つまりこれが『シュウスイ政府』となる面々。これからの同僚である。
「まずは俺、"第2代"シュウスイ国王、マーリ・スプリングスだ。よろしく頼む」
マーリの自己紹介とともに大きな歓声と拍手が沸く。シュウスイ2代目の新たな王の誕生だ。盛り上がらないわけがない。
が、マーリは手を上げて歓声を止めた。
「あー、歓声は嬉しいが時間も勿体ないので次に行こう。次は"左大臣"、我がマーガレット商会の頭脳、サハリンだ!」
紹介に預かったサハリン氏は華麗なお辞儀を見せると無表情のまま定位置に戻った。
サハリン氏は今回王選のためにマーリの抜けたマーガレット商会を1人で切り盛りしていたらしい。世界有数の商会を1人でだ。末恐ろしい立派な社畜である。
「次は"右大臣"ーーーーーー」
国王自らの司会のもと、人事紹介は進んでいく。流石に商会や貴族関係者が多く、見慣れない顔ばかりだ。
ちなみに俺は外交官なので呼ばれない。紹介されるのは重要な人事だけだからな。カルナは熱望していた俺の補助に、アンは防衛軍の一員になっている。
ハクリはーーー、あれ、ハクリは?
「次は"外務大臣"、ハクリ・デル・ヴァンディル」
「よろしく頼むのじゃ」
「ーーーはい?」
拍手のシャワーを終え、何食わぬ顔して戻ってきたハクリ。俺は何も聞いていない。
「え?」
「すまないの。外務大臣の枠が空いていたみたいで妾に付かせて貰ったのじゃ」
ハクリ曰く、その方が俺をアリア王国に派遣しやすい、との事。だが全く怪しいものだ。ああいうのは権力を欲しがるタイプだからな。
マーリンとか火神みたいな強いやつは特にーーーー
「って、そういえば火神は?」
部屋には見かけられない。そういえば最近姿を見ていない気がする。どこ行った?全く、これだから変人は.....
「以上! このメンバーがシュウスイの中枢だ! 働きには期待している!」
「「「「「ハッ!!!!」」」」」
最後はマーリが国王らしくそう締め、人事発表は終わりを告げた。最後まで火神やマーリンの姿は無し。最強組は鳴りを潜めているようだ。
だがともかく、長かったがコレでアリア王国に乗り込める算段は終了した。あくまで合法的に、安全で安定してエミリアを救えるのだ。欲を言えばウルスア領も復興できるかもしれない。
"外交官"として俺はアリア王国に乗り込み、エミリアを救い、ウルスア領を手助けする。全ての目的はそれであり達成すべき事だ。
アリア王国を襲ったクーデター。黒幕が誰なのかは知らないが俺の"恩人"とも言えるファクトリア家の面々に傷をつけたことを後悔させてやるーーー
「ーーーさん、レイさん!!」
「ーーーーん?」
ハッとして肩を揺さぶる影に目をやるとカルナが焦ったような顔で俺の手を握っていた。
「外が、外が凄いことになってます!!!」
「凄いこと?」
確かに耳を澄ませば国民の悲鳴.....いや歓声?ともかく"凄いこと"が起こっているのは間違いなさそうだ。
ひとまず復讐の思いは隅へやり、"凄いこと"に対応すべく部屋を出て外へ向かう。
唖然として動けないのか玄関付近で立ち止まっている人々を押しのけ、やっと外へ出る頃には王であるマーリもやってきていた。
そして、目には信じられない光景が飛び込んでくる。
「ド.....ラゴン?」
赤い、火神が討伐したようなドラゴンが一体二体三体.....、空を埋め尽くすほどの大きさと数が集まったドラゴンは空を赤く染めている。
それだけでも十分"凄いこと"ではあるが、本当の"凄いこと"はドラゴンの背中にあった。
「さあ、世界を変えるのは誰だ?」
騒めく群衆の中でも響き渡る声。声の主はひときわ大きなドラゴンに乗った1人の男だ。そして、彼の言い表すことのできない雰囲気を、俺は確かに知っていた。
俺の心臓が脈打ち、全身が叫ぶように熱くなる。
「レイ・スペルガー。ふふ、良い復讐心だ」
彼は俺を見つけ、確かにそう言う。
底知れぬ恐怖に体が固まった。
「初めまして....いや久しぶりかな?」
群衆の目が俺に集まる。それと同時に彼の近くから大きな大きな黒き死神が姿を顕現させた。
あの死神だ。
まるでモヤが晴れたような感覚に納得がいく。ああ、そうだったのかと。
「さあ、僕と一緒に世界を変えよう!」
意気揚々と言う男。いや、復讐と闇の神、ゲアボルグと言うべきか。
彼の、ゲアボルグの声、雰囲気、そしてモヤが取れたその姿。
それは、紛れもなく夢で見たあの自称神であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
第2部 完
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