117 / 119
8章 勇者の国
99.既知の来訪者
しおりを挟むマーリ屋敷の襲撃から一週間。
ついに王選、その当日がやってきた。この国の行く末が決まる日だ。
「・・・もう今日か」
「ああ、やれるだけの事はやった。後はーーーお祈りでもするかね?」
マーリは明快に笑うとソファに落ち着く。しかし目の下の隈は誤魔化しきれないようで、流石のマーリも眠れなかったらしい。
王選は貴族の投票、商人達の投票、国民の投票が今日という日に一斉に行われる。票の操作を防ぐためらしいが、そのおかげで色んな所が大忙しだ。
「・・・・」
緊張からか、普段は騒がしい部屋の中が無言に包まれる。
投票は午前中。開票は夕方。それまでやる事は何もない。
俺は無音の部屋を出ると、廊下をただ歩く。
緊張しているのは俺も同じだ。今更ながら俺の目的はマーリの当選ではない。
合法的にアリア王国に入ることなのだ。そのための大切な手段が無くなっては困る。
とはいえ、ここまで一緒に頑張ってきた仲だ。マーリには勝ってもらわないといけないだろう。
マーリも俺も今日という日に指針が揺らぐのだから。
ーーーと、そんな緊張感の中、1人の女性が廊下を歩いてやってくるのが見えた。
スラッとしていて緑色の長髪がやけに鮮やかだ。
まさしく美人というやつかーーー
・・・ん? 緑? 緑の髪?
しかもあの容姿。どこかで見たことがーーー
「って、あれ? あの人どこいった?」
少し目を離した隙に姿はない。怪しい。俺の記憶が正しければ自称最強の魔法使いの人もあんな容姿だったはずだ。
一体どこにーーーー
「ひっさしぶりぃぃ~~~!!!」
その時、突然背後から手が伸びてきた。ニョキッと伸びてきた手は俺の体を乱暴に抱擁してくる。
ーーーそして後頭部に感じる柔らかいモノ。おおっふ。
「やあ~~~、本当に久しぶりだねぇ! 覚えてる?覚えてるよね? まさかこのナイスバディーで華麗な魔法使いちゃんを忘れてる訳ないよね?」
「ええ、覚えてますとも。散々人を弄んだ上に貫禄の"か"の文字もありゃしない最強の魔法使い様ですよね?」
「ひっどーい!!」
ようやく抱擁がなくなり、俺は改めてまじまじと彼女を眺めた。
あの時と変わらない緑色の髪。そのテンションは相変わらず鬱陶しい限りだ。
「ーーー久し振りです、マーリンさん」
「やあ!元気にしているようだね!」
自称最強の魔法使いーーーマーリンは俺の手を強く握る。
この様子だとマーリンも元気が有り余っているようだ。鬱陶しいぐらいにな。
「ーーーで? なんでここに?」
本当に、なんで?
マーリンとはほとんど会っていない。確かマーリンも迷宮攻略に組み込まれていたなーーその程度の認識だ。
当然マーリンが俺の居場所を知るはずもない。
それに、戦乱のアリア王国がマーリンのような重要人物を放っておくはずが・・・・いや、俺だったら放っておくか。
だがそれ以前にここにいるのは余りに不自然すぎる。
しかし、マーリンはにへらと笑って再び手を強く握ってくる。
「なんで? そんなの決まっているでしょー? 君に会いたーーー」
ガチャン!
花瓶が落ちたような音が響き、マーリンの言葉が途絶える。そして、何かがドサッと壁に寄りかかる音が聞こえた。
えーっと、まずいですよ。
「レ、レイさん・・・?」
ギギギとゆっくり振り返ると、何故か衰弱した様子のカルナが青ざめた顔で俺を見ている。マーリンは俺の手を握ったままだ。
普通に考えれば「久しぶりの再会に喜ぶ2人」に見えるはずだ。
カルナだってそう・・・思うよね?
「アレ? あの美少女ちゃんは君の知り合い?」
「ま、まあ・・・」
何も知らない能天気マーリンさんはカルナに手を振る。流石別称天雲の魔法使い。何考えているのか雲のように掴めない。
「こんにちは! 私は地上最強の魔法使い、マーリン! よっろしくね~....って聞いてる?」
マーリンはカルナが落としたであろう花瓶を簡単に元通りにしながらカルナに近づく。
これが爆弾が爆弾に近づく瞬間である。
「・・・レイさん、この人誰ですか?」
返答次第では刺されそう!
「あー、王都・・・アリア王国にいた時に知り合った同僚みたいな感じ?」
「同・・寮?」
カルナは訝しげにするも理解しーーーーかけた瞬間、余計な言葉が入った。
「そうそう! 同じベッドで寝た仲だよねー!」
「~~~っ!!!」
この瞬間、俺は間違いなく今までで1番殺意を覚えたであろう。
まさに蛇足。言わぬが花。口は災いの元。
「ベッ・・・ド?」
カルナの目が黒く渦巻きだし、その目から光が消えた....ように感じる。
そのうち包丁でマーリンの腹を掻っ捌いて俺の首を切り取り、船で海へ出そうな勢いである。
「ね、寝たと言っても本当に寝ただけだからな!?」
「そうそう! あの時は気持ちよかったなぁ」
「フカフカのベッドが!ね!」
絶対楽しんでやがるこの女・・・。
「で?彼女は君の何なのかな?」
もう楽しめたのか、にっこり笑顔で俺を見る。
ーーーいや違う!恐ろしい気配を放つカルナを直視できないだけだ!
「何? 何って・・・・・」
チラッ。
「ーーっ!」
カルナをそっと見るといつの間にか側まで寄ってきていた。俺の袖を掴み、そっと耳打ちしてくる。
「あとで婚約者らしく楽しいことしましょうね?」
ヒィィィィィィ!!
「こ、婚約者です」
一応紹介しておいた。
「ふーん、婚約者ねぇ・・・」
が、マーリンは笑いつつも冷たい目で俺を見ている・・・ような気がする。目の奥を覗き込まれ、真実を暴かれようとされているような気分だ。
「ま、いいよ。私は別に用事があって来たからね。それにイチャイチャを見るのは目に毒だ」
急激にテンションが下がったマーリンはそれだけ言うと踵を返した。
玄関の方向である。
「あれ・・・ここに用事があるんじゃないんですか?」
「違うよ? 他だよ他! あ、でもそうそう!君には伝えなくちゃいけないことがあるんだ!」
思い出したようにマーリンは俺の元へ近づき、真面目な顔になって耳元で囁く。
「今、王都は君でも危険だ。正直君では王都に入れもしないで殺されるだろうね。
ーーーでも、それでも行くと言うのならーーー私が手を貸そう」
「・・・・・」
「それだけっ」と軽く言うとマーリンはパッと笑みを浮かべ、足取り軽く去っていく。
「あ、そーそー! 君たちのとこに火神君が居るみたいだけど、彼を余り頼りすぎたらダメだよー? いざという時には彼は動いてくれないからね!
まあ過信したらダメってこと!火神だけにね!」
背筋がブルッと震える。
あれ?今日ってこんな寒かった?
「じゃあねーー!!」
そして、元気な挨拶をするとマーリンは瞬く間に姿を消した。
現れるのも一瞬、消えるのも一瞬。全く身勝手で変な人だ。だが頼もしくもある。正直さっきの言葉は力強かった。
・・・が、それにしても俺の足がカルナに踏まれすぎて痛い。今のは普通に話してただけなんだが。
これもカルナなりの愛なんだろうか。
そのカルナは呆れた目でマーリンが消え去った空間を眺めていた。
「・・・なんなんですかあの人?」
「わからない。でも変人だな。ほんとに。全く」
こればかりは全会一致である。
ーーーーと、その時、マーリンと入れ違うようにドタバタと1人の男がやってきた。
手には紙束を持っていて、血相を変えて走りこんでくる。
そして、ビリビリと響く声で大きく叫んだ。
「開票結果が出始めました!!!」
「「ーーーっ!!」」
いよいよだ。
窓から空を見るといつの間にか太陽はもう真上に登っている。
この太陽の下で乾杯ができるのか、はたまた献杯を上げることになってしまうのか。
今日、決定するーー
11
お気に入りに追加
5,125
あなたにおすすめの小説
神に同情された転生者物語
チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~
柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。
想像と、違ったんだけど?神様!
寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。
神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗
もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。
とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗
いくぞ、「【【オー❗】】」
誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。
「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。
コメントをくれた方にはお返事します。
こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。
2日に1回更新しています。(予定によって変更あり)
小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。
少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_
スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます
銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。
死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。
そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。
そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。
※10万文字が超えそうなので、長編にしました。
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる