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8章 勇者の国
90.談話
しおりを挟む演説会が行われた昼下がり、王候補のレストの使者と行き違いにある少年がやってきた。
どちらも私を引き込もうとする交渉の話だ。
こんないい天気に政治の話。まったく嫌にもなるがそれも無理はない。私は下院貴族のNo.2、シュルベート家の当主なのだから。
「どうも、私はレイ・スペルガーと申します。シュルベート伯爵につきましてはご機嫌麗しゅう」
「おう、その旗印マーリ殿のものだな。"師"という文字見覚えがある」
「おや、知っておられたのですか」
「なにぶんこの王選でこの家の行く筋は決まってくるものでな」
そんな雑談を交わしながら、すでに交渉は始まっている。少しの失言も許されない、そんな世界の始まりだ。
目の前の少年は14か15あるかないかぐらいの年端もいかない子供だ。しかし、情を誘うために子供を使う。よく取られる手段である。
もっとも、その子供がボンクラでは成功するものも成功しないのだが。
「今日は何の用で?マーリ殿と言えば商会で有名。金の力で私を動かそうと言うなら帰ってもらうが」
そう挑発するも、目の前の子供はビクともしない。
なかなかやる少年だ。普通なら当たっていなかったとしても主人を貶められる発言。多少は反応するらずだが。
「はは、ご冗談を。あの聡明で潔癖で知られる伯爵にそんな真似致しませんよ。
しかし、見事本筋は射抜いておられる。今日は選挙の話でまいりました」
そう言いながら何ともなく部屋を見渡しているのを私は見逃さない。
部屋の調度品、家具のブランド、使っている香水など、機嫌をとるための献上品のヒントにするために部屋を見渡されることはよくある。
しかし、この部屋はあえて質素に整えられたもの。しかし、それでいて施工は凝らされているものばかり。それを勘違いしてか質素なものを献上してくる馬鹿者はいるが、さて、この少年はどう見るか。
「しかしこの部屋。伯爵にしては質素な部屋でございますね。こういうものがお好きなのですか」
・・・やはりこの少年もただの人。大した者ではなかった。
ーーーと、私が思いかけた瞬間
「と、見せかけておるのでございましょう?」
「・・・ほう」
その鋭い視線に思わず背筋が凍る。
「自分の手内を見せないその用心深さ。そして質素に見えつつしかし丁寧に施された豪華な装飾。・・・試されているのですね?」
「ははっ!見事であるぞ。その通りだ」
これを見抜かれたのは初めてだ。この少年、面白い。
「いいだろう、話を聞こう。レイ・スペルガーと言ったな。お前はどんな条件を提示する?果たして私を納得させられるものかな?」
「きっとお気に召すと思いますよ?」
久しぶりの良人に心が躍り、そして身構える。その少年の体からどんな言葉が飛び出てくるか。楽しみでもあり、恐怖でもあった。
ーーー
交渉に必要なのは他と群を抜いて魅力と思わせるカードの切り方だ。大富豪で例え最強のジョーカーを持っていたとしても考えもなしに出せば諸刃の剣。タイミングが大事なのだ。
反対に、使い勝手のいいカードはどんどん切っていく。
例えば先ほどのこの部屋の秘密。アレは事前にシュルベート伯爵が野心家と聞いて元々予想していた最初のカードだ。そのカードを簡単に出すことで向こうも交渉に乗りやすくなる。
「ではレイ・スペルガー。君の願いはもちろん私に1票入れさせることだとは思うが」
「その通りです」
「では対価として私に何をくれる?レストは私に大臣の座を、ハガーリーは国益の一部献上を申し出てきている。それに見合う、いやそれ以上の価値がないと靡かないのは当然。
それに選挙に勝てる根拠も是非教えて欲しいねえ。1票入れたところで勝てなければ逆に私が危ういのだから」
伯爵の口元がニヤリと歪む。さあ、私の欲しい答えを言い当てられるかな?と言っているみたいに。
「対価ですか。そうですねぇ、そういえばマーリ様は商人や他国の王とのコネはあっても自身の配下にされるような優秀な者とのコネはありませんでした」
「・・・だからそれ相応の官職には必ずつけると?」
いささか不満そうな顔をしている。しかし食いついてくるのが早い。
「いえいえ、そんなものではありません。官職など適当にやらせればいいですから」
「ではなんなのだ?まさか側近などと言うんではないだろうな」
基本、王の側近というのは王に近しいだけで権力も金も大したことがない。便利のいい世話役である。
「まさか!しかし伯爵閣下は随分と小さくまとまるおつもりで。私なら伯爵閣下の能力なら間違いなく貴族としてそばに置きますがねぇ」
「!?ま、まさか」
俺はニヤリと笑う。
「そういうことです」
「ふ、ふふふふふふ!わかっているじゃないか!」
伯爵は俺の手を強く握る。
「では勝てる策はどうなのだ?もちろん凄いのがあるのだろう?」
「ええ、それはもちろん」
もちろん知らない。まあバーニング野郎が考えているはずだ。
が、まさか言えるはずもないので誤魔化しておいた。
「それは一体ーーー」
「おっと、もうこんな時間ですか。失礼ですがここらでお暇させて頂きます」
「なに?もうか?」
怪訝そうに俺を見る伯爵。
「策のお話はまた後日に。票の件、宜しくお願いします」
「・・・ああ、善処しよう」
戸惑いながらもそう答えてくれた。
俺はそれを聞き、挨拶だけ交わすとさっさと部屋を立ち去る。
もちろん時間なんてものはどうでもいい。ただ、後日へと伸ばすことで期待を膨らまし、そして他の候補に取り入られないようにキープするためだ。
「しかしアイツの言葉はよく当たるな」
"貴族として側におく"。伯爵を下院貴族から上院貴族へと押し上げることを匂わせるが、別に約束はしていない。
言質は取られず、しかし相手を釣ることはできる。
全てあのバーニング野郎が言ったことだった。ああ見えてよっぽどの頭脳家なのかもしれない。
・・・・いや、それはねえか。
ともかく、バーニングもこの時間は他の王候補と対面してるはずだ。
威圧されるようなことは無いと思うが、うまくやれているだろうか。
そんな思いを胸に俺は邸を後にした。
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空気が重い!
次回からちょいちょい軽くしていきます汗
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